魔王が現れた
ルーシュたちが魔王の間へと続く扉を開ける。
軋む音と共に開いた扉の奥には魔王が玉座に座っていた。
血のように赤い絨毯の続く先に、黄金で装飾された玉座に座る男。野放図に伸ばした黒髪を後に流し、長い耳を持ち、白い肌を持つ若々しい姿をした魔族である。魔王と呼ぶにはいささか歳が若いが、威風堂々としたその姿は王者の風格を示していた。
魔王は立ち上がると、黒いマントを背後に翻す。
「ふははははははははははっ!よくぞ、来たな、魔公王子ルーシュよ!我こそは魔王ルシフォーン3世である!この度は…」
「叔父さん、魔王様ごっこは良いから、シホは?魔王様に呼ばれたって聞いたから、シホに会いに来たんだけど」
魔王のノリを完全に無いものとして、ルーシュは玉座の横に立と周りを見渡しながら訊ねる。
「って、ルー君!ちょっとは乗ってよ!最近、魔王扱いされてないんだから!」
「でも、200年前、勇者に敗北してから、魔王制度は撤廃させられて、魔王はシンボルだとか、訳のわからない法律を人間に押し付けられたじゃん。ようするにただの飾りでしょ?」
「何故に、自分の後継者候補だった甥っ子に飾り扱いされねばならないの!」
魔王は小柄な甥っ子の足にすがり付いて涙目で訴える。
今の魔王には一切の魔王の風格がなかった。どちらかと言えば蔑ろにされて然るべき存在にも見える。 魔王がいうように、ルーシュはかつてルシフォーン4世と呼ばれた存在だ。数少ない魔王と対等に話せる存在でもある。勿論、対等で話せる理由は魔王がこんなにも残念な男だからだ。
「大丈夫です!無い方が良い飾りって皆も口々に言ってますよ、魔王様!」
レナは魔王が可愛そうなのでフォローしているつもりなのだが、全然フォローになっていなかった。
崩れ落ちて両手を両膝を床につけて、愕然とする魔王の姿がそこにあった。
ルーシュもまた、天然でトドメを刺すような恐ろしい突込みを放つ幼馴染に対して、戦々恐々とするように顔を青ざめさせていた。
「良いもん良いもん。どうせ仕事できないし、渡される仕事はハンコを押すだけだし…。だが………我は負けない!」
大魔王は拳を振り上げて立ち上がる。
「でも、その前にシホがぼやいてたよ。200年、ハンコを押すだけの仕事しかしてないのに、なんであんなに判子を押すことさえ下手なのかと」
ルーシュはそんな頑張り屋さんにとどめの一言を突き付ける。
「甥っ子が苛めるよぉ。うううう、アイリーン、最近、ますます家族からの風当たりが厳しいよ。帰ってきておくれよう」
「いつまでもそうやって亡くなったお嫁さんの遺影を持ち歩くから、娘が父親に冷たい目を向けているんだと思うんだけど」
「うぐっ」
魔王は胸元から取り出した奥さんの遺影に泣きついているので、魔王としての威厳も父親としての尊厳も色々と台無しだった。
200年前、勇者によって大魔王ルシフォーンが討伐されて以来、大魔王の孫であるルシフォーン3世は神輿の様に魔王として担がれていたのだ。
悲しい事だが、無能呼ばわりはむしろ慣れていた。
「最近、娘や甥っ子にさえ蔑ろにされる僕の気持ちが分かるかい?いっそ、旧主派について皆に一矢報いたくなるよ」
「そんな事したら、母上にダメ兄貴呼ばわりされるよ?」
「既に呼ばれてるよ!」
哀れに見えるくらいポンコツ魔王である。
これが暗黒世界最強の男とは誰もが思えないだろう。駄目な大人を見上げながらルーシュとレナはこっそり溜息をつく。
魔王は圧倒的に強い存在であるが、戦いの無い世界になっている以上、強いだけでは無能な大飯喰らいに他ならないのだ。魔王は膨大な魔力を持っているので、その魔力(命)を維持するには、膨大な魔力源となるものを要する。
だが、この魔王は省エネルギー生活方法をマスターしており、かつての魔王は膨大な魔力を維持する為に暗黒世界にある膨大な魔力源を必要としていたが、現在の魔王はその量が圧倒的に少ない。
そしてその省エネで過ごす方法を魔王に継ぐ力を持つ子供達が教わっているから、平和が続いている。
かつての暗黒世界は強力な魔公の人数はかなり少なかった。何故なら互いに魔力を欲するので奪い合いの戦いとなってしまう。
前魔王ルシフォーンのさらに親の世代では何度も子供を作っては失敗を繰り返しており、結局ルシフォーンの父親は自身の死によってルシフォーンを世に送り出した。
魔力資源は暗黒世界において重大な問題である。
魔王とは別に魔公貴族同士による戦乱の時代が確かに存在していた。
前魔王である初代ルシフォーンはこの戦争を止め、さらに多くの魔力を獲得すべく暗黒世界から地上界へ乗り出したのである。そして、人間との戦争になり敗北を喫した。
今の魔王であるルシフォーン3世の省エネ魔力運用の開発は魔族たちにとって大偉業なのだが、誰も認めてない状況にある。
単純に『省エネ=働かない』という図式になってしまうからだ。
ようするに『怠けてないで仕事しろよ』って事なのである。
特に魔王とは強力な魔族という意味で同類であるルーシュも分かっているから、決して魔王を尊敬していない訳ではない。このポンコツながらも優しい魔王がいるから平和に生きている事を自覚している。小さい頃、自分をここまで育てたのは両親ではなく魔王である事を覚えている。
だが『仕方ないから働かない奴』と『働けない仕方ない奴』とではちょっと意味合いが違うのだ。
そんな遣り取りをしていると魔王の間の奥にある階段から1人の少女が現れる。
「シホ!」
ルーシュはやってきた少女の方を見る。
黄金のティアラを頭にかぶった背の低い幼女である。黒髪は長く、背中まで伸びてキッチリ切り揃えられている。銀色の肩当てのついた黒い魔導師のローブを着ているが、これは魔公貴族の正装である。
ルーシュとレナは思いっきり庶民と同じ綿と麻で作られた安ぼったい服を着ていた。彼らに魔公貴族としての自覚が少ない。さらに言えばルーシュは魔王家の人間である自覚もないのである。
因みにシホという名は、ルーシュが名付けた愛称でもある。ルシフォーン3世の娘で、ルシフォーン5世を名乗る。血縁関係を紐解けば、ルシフォーン3世の腹違いの妹がルーシュの母親である。
何故ルーシュがルシフォーン4世だったかといえば、200年間王家に後継者が生まれてこなかったので先走ってしまった為だ。その直後に、ルシフォーン3世はアイリーンという魔公貴族と結婚してシホが生まれた。
立て続けに魔王一族の子供が生まれる事は過去に無く、しかも魔王家を名乗れる能力を生まれる例は一切存在しなかっただけに誰もが想定外だったとも言える。
「ルー兄か、ようきたの。父上なんぞと遊んでないで仕事の話をしようぞ」
シホによる父親への配慮の無い言葉に、魔王はシクシクと玉座の上で足を抱えて横向いたまま泣き出す。
だがルーシュもレナもシホもいつもの事として勝手に話を始めようと場所を変える事にする。
暗黒世界で大魔王が倒れてから200年、かつてない程に平和な時代が訪れていた。




