勇者(仮)対勇者諜報員(仮)
山の頭が歩き出したかのように、巨大生物アルゴスは凄まじい地鳴りを起こしながら、最初に目に付いた勇者一行に向けて侵攻する。
体にある巨大な触手が一振りすると、それだけで凄まじい暴風が吹き荒れ、守りを固めていたボリス一行の重戦士2名は、まるでトマトのように潰れて、鎧と肉片が山の斜面を転がってルーシュ達の眼前を通り過ぎて、山の下の方へと消えて行く。
どう考えても人間では戦えるレベルではない。
「止めないと街が壊れるどころか、グランクラブが崩壊しないかな」
レナは淡々とぼやく。
既に戦闘以前に、戦う士気さえ失って、ただただ恐慌状態になって逃げるボリス達勇者一行。そんな中、アントンがアルゴスの侵攻方向に立っていたので簡単に触手で踏み潰されるのが見える。
アルゴスの威嚇のように手を振り回すと、それだけで暴風が発生して多くの人間が山から吹き飛ばされそうになる。運の悪い冒険者はその暴風によって山の上から転がってくる岩に潰されて簡単に命が損なわれてしまう。
火を吐くと一瞬で岩山がとけて溶岩となる。人類の想像を遥かに超えたモンスターだった。
もしもレナが土砂崩れを避ける為に、大きく遠くへ飛んで逃げていなければ、アルゴスに目をつけられて80人ほどの冒険者集団があっさり消えていただろう。最初のちょっとした大暴れで全滅していたのは確実だった。
冒険者達もまた恐慌状態に陥って、山の麓の方へと全力で逃亡する。
護衛すべき調査団の事など、すでに忘れているようであった。
クロードは調査団の面々と一緒に、黒馬ロベールにマリエッタを乗せて、手綱を引いて逃げる。調査団の面々もこの斜面を馬に乗って逃げる度胸はない為、馬車から馬だけを切り離して自分の足で逃亡する。
ルーシュはレナを背負い、頭の上にスコールとハティを載せて、クロードに合わせて走るロベールと併走していた。
「神聖教団の勇者も、流石に本物の勇者の前では成す術ないか…」
「だからあれは勇者様じゃないのです!」
ルーシュの言葉にマリエッタが譲れない部分があり一生懸命になってアルゴスが勇者でないと訴える。
「だって、僕の描いていた勇者像にそっくりだよ!驚きだよ!これ見てよ!」
ルーシュは自分のメモ帳を再び開いて、クロードとマリエッタに向けて得意げにする。それどころではないのに。
「そ、そーだね」
クロードも逃げながらも引き攣って同意する。
「そ、そうだ。勇者様!きっと預言者様はあのモンスターを倒せると思って送り出したのでは?」
「絶対に無理だから!そんな素敵スキルがあるんなら、僕はこんな所で冒険者なんてしてないよ!」
クロードの叫びにルーシュも同意する。さすがに勘弁願いたい化物だった。
「ねー、ルーシュなら勝てない?」
ルーシュに背負われているレナは訊ねてみるのだが、ルーシュはアハハハハと笑い飛ばす。
「勇者様に僕みたいな一介の魔族が勝てるわけないでしょ!」
「だからあれは勇者じゃないのです!」
マリエッタはあくまでも、ルーシュがアルゴスという巨大怪物を勇者だと断じるので抗議を続ける。
クロードはというと、無駄口を叩いて逃げるルーシュとマリエッタを見て、(意外に余裕があるなぁ)と傾斜のきつい山の下りを走っていた。ロベールは足場の悪い場所でもたくみに飛んで走る。中には逃げながらも足を滑らせて斜面の奥へと転げ落ちて命を失わせる冒険者も出てくる。もはやこの調査団は壊滅したと言える状況だった。
「でもルーシュ。あの子、生物じゃないっぽいよ」
「生物じゃない?勇者なのに?」
ルーシュはもはやアルゴスが勇者だと断定していた。
だからか、生物では無いというのは驚きだった。ルーシュは走って逃げながら後ろを振り向く。天を揺るがすような咆哮を上げるアルゴスという怪物は、大気を震わせるような音を立てて、大地を揺らしながら近付いてくる。
「あ、ほんとだ。なんだ、あれ……頭についている宝石みたいなのが魔法石だ。スライムや骸骨兵と同じ無機生物かぁ」
珍しくレナが良い指摘をするので、ルーシュはアルゴスを見て、確かにレナの言う通りだと思い至る。
「あれを壊せば、止まるかなあ」
「……勇者が魔法生物とすると……魔力循環は……魔法石の中で精霊達を強制的に暴走させている可能性がある。ふーむ……うん。あの魔石を破壊すれば恐らくエネルギー源を消失させて生命活動を停止するね」
ルーシュは逃亡しつつも、目を細めて背後の怪物を眺める。
「そんなのも分かるのです?」
マリエッタはルーシュの目の良さに感嘆する。
「魔力や精霊を見るのは得意だから。基本、自分より魔力の高い相手を察知は出来ないけど、人生の中で察知できなかった魔力はウチの集落の叔父さんくらいかなぁ」
((それ、もう魔王じゃないの?))
クロードとマリエッタは同時に心の中で呟く。
だが、こんなポンコツでお人好な甥っ子を持つ魔王がいる筈もないので口にはしなかった。子犬と女の子を抱えて、勇者(仮)から逃げる魔王の甥がいるなら会って見たいものだろう。真実を突いていたが気づかれない程度にルーシュは残念な子だった。
「わうわう!」
スコールがルーシュの頭をガジガジ甘嚙みしながら何かを訴えてくる。
「え、俺様に任せろって?大丈夫か?危なかったら逃げんだぞ」
どうやらスコールはアルゴスに戦いを挑みたいと訴えていたようで、ルーシュは危険を促しつつも止められる相手でもないので安全だけは確保するように言い聞かせる。
するとルーシュの肩の上に乗っていたスコールが回転して地面に下りる。
「え、ちょ、子犬が落ちたよ!?」
「魔石を壊すだけで良いなら、俺様があの野郎をぶち殺してやるぜぇって、スコールがなんだかバトル小説の三下キャラ風に僕に訴えていたから取り敢えず試すだけ試して貰おうかと」
ルーシュの言葉にマリエッタは大いに心配そうな顔をしていた。可愛いワンちゃんという印象しかなかったからだろう。
だがクロードはスコールとハティの凶悪さは見ていたので、なんともいえない表情で見ていた。とはいえ確かにタダのうぬぼれなのではと感じる。アルゴスの巨体はスコールのような小柄な子犬にどうにかできるとは思えなかった。力の一端を見たとしても、あれでは到底傷1つ付けられないのは目に見えていた。
するとスコールは爆発音を残して、一瞬で山頂から近付いてくる巨大生物の額にある魔石へと、衝撃波を残して頭から突っ込む。アルゴスは魔石を庇うように膨大な触手で防御態勢に入る。
だがスコールはそれらを貫いて、アルゴスの露出してある魔石と正面衝突する。
世界中に響き渡るような衝撃と爆音が木霊する。
大地が削れ、岩が抉られ、両者のぶつかった間で地面が裂けて、一瞬にして岩山に巨大な谷が生まれる。
だがアルゴスの魔石の前には強力な魔法障壁が現れており、スコールの攻撃は山が砕けど、アルゴスの額の魔石には傷1つ付いていなかった。
「だろうね。瞬間最大魔力は魔公の最高位に匹敵するスコールの物理攻撃で無理なら、もう手は無いよ」
ルーシュは想定の範囲内だと感じて呟く。スコールは空を舞い、クルクルと回転してルーシュの右肩に着地する。
「くーん」
悔しそうな声を上げるスコール。
「仕方ないってば。スコールはまだ子供なんだから。あれは恐らく偶然に生まれた産物なんだろうな」
ルーシュはアルゴスをチラチラと見ながら分析を続けていた。
「お兄さんは分かったのです?」
マリエッタはルーシュの方を見る。
「あれは恐らく暴走した大量の精霊が魔石に封じられて、様々な死骸とかを取り込んで巨大化した生物だよ。戦時中に封印されてるって事は、人間が対魔公として生み出した失敗作とかそんなんじゃないの?」
ルーシュの言葉に、偶々近くを馬に乗って逃亡していた調査団の老人が耳にして振り向いてくる。アマンド達、聖職者や学者達の面々はまだ無事だった。
「ほほう、そういえば200年前にそのような研究がありましたな。このさらに北にある200年前に滅びた対魔族用魔導実験施設があったとか。あながち間違いではなさそうな推理ですぞ」
「ルーシュが珍しく賢い!?」
「珍しいは余計だよぉ!魔法分析は僕の方がレナより1000倍成績良いんだからね!」
「100点満点のテストしか受けてないのに、1000倍とかありえないから。やっぱりバカだ」
レナの突っ込みにルーシュはかなり凹む。
「倒せる術は無いと?」
「ここらへん、半径200キロくらい死の土地に変えて良いなら倒せると思うけど。下に下りて避難を呼びかける方が先だと思う」
「る、ルーシュ」
「もうあんな魔王だか竜王クラスの化物相手に力を隠すなんて無理でしょ!僕がやらなきゃ、大陸が滅びるよ」
ルーシュは分析を終えて、諦めるように口にする。
ルーシュとてあまり周りに恐れられたくもないし、任務も忘れている訳でもない。だが、魔族とて人類4種族の1種である。当然だが、人としての優先事項を間違えるほど愚かでもなかった。
「っていうか…神聖教団の勇者達も、もう少し事前情報を吟味してほしいよ。アルゴスを倒して英雄になるつもりが、アルゴスがあまりに強すぎて世界の破滅を齎すとか…あれが勇者なの!?」
クロードは泣きそうな顔で呻く。
それにはルーシュも同意だった。
全員が急斜面を逃亡しており、しぶとくもボリス・ノイバウアーも生き残っていた。もうほとんどの勇者の仲間はアルゴスに殺されているようでもあったが。
だが、アルゴスはその巨体からすれば蟻の様に小さい冒険者達を確実に始末しようと恐ろしい事をしでかす。
アルゴスは大きくジャンプして黒い翼で空を飛び、逃亡しているその先に落下してくるのだった。
着地と同時に大きい震動が起こって山があちこちで崩落していく。
逃亡中の冒険者達一行は、慌てて足を止めるのだが、崩落によって転んでしまいそのままアルゴスの触手に踏み潰されてしまうものが出てくる。
翼は有れど、あの巨体が空を飛ぶとは誰もが思っていなかった。
「あ、ありえない。何だ、くそ!聞いてないぞ!あんな化物!モンスターってのはあんなでかい生物じゃないだろうが!」
ボリスは恐慌状態に陥って頭を抱えて叫ぶ。
自分達がやらかした事なのに良い迷惑である。周りの逃げ道を失った冒険者達は、この神聖教団の勇者に殺意を抱くが、今は自分達が生き残る事で精一杯だった。
「そ、そうだ!そこの魔族!あんたエアウォークでオレら全員をあのモンスターの先に連れて行ってくれよ!そうすれば逃げ切れるはずだ!」
レナを指差す冒険者達。だがレナは首を横に振る。
「私、もう魔力切れだし」
「僕はそんな魔法使えないし」
レナとルーシュはブンブンと首を横に振る。
「くそ!何だよ!死にたくないよ!」
「くそっくそっくそっ」
「勇者とかふざけやがって!」
周りからは怨嗟の声が立ち込める。冒険者達は退路を立たれ、ゆっくりとだが近付いてくる異形の怪物にただただ殺されるのを待つのみとなっていた。
「ルーシュ…」
レナはルーシュを見ると、ルーシュは溜息をつく。
「まあ、強者は弱者の尻を拭くのは世の常だから。本気で戦うなんて、3年前におじさんと喧嘩した以来だからなぁ。勇者と戦うのはやはり魔公のお仕事なのかなぁ」
「あくまでもアレは勇者なのかぁ」
クロードは呆れてぼやき、マリエッタは指摘するのをもはや諦めた。
「ハティ。スコール。皆を守ってあげて」
「わう!」
ルーシュの肩から降りると任せろといわんばかりに返事をする。レナもルーシュの背中から降りて、不安そうに幼馴染を見上げる。
「頼もしい!」
ルーシュはハティとスコールの2頭の頭を撫でてから、1人でアルゴスの方へ歩いて進む。
そして右手を掲げると、目が潰れそうなほど輝く大きな光の玉を10ほど空中に浮かべる。
「光撃<レーザー>」
ルーシュが手を振ってアルゴスへ指し示す。
10の光の弾丸が、大気を爆裂させて、大地を抉ってアルゴスの体に命中する。アルゴスは悲鳴を上げ、防御していた触手に穴が空けられ、巨大な体を後退させる。
「消滅<イレイズ>」
黒い空間がアルゴスの目の前に現れて、そしてそれが大爆発するとアルゴスの体の半分が吹き飛ぶ。
大爆発による振動は山をも揺るがし、誰もがその衝撃にただただ呆然としていた。
冒険者達はアルゴスよりも恐ろしい何かを見る様にルーシュを見上げる。その瞳はもはや恐怖以外の何者でもなかった。
さっきまで一緒に逃げていた魔族の少年が放った魔法は、山のような巨大な体を持つモンスターをあっさりと破壊する大規模魔法だった。しかも魔法陣なしで長い呪文も使わずに、聖なる魔法とも呼ばれる光の魔法を使っていた。
クロードも口をパクパクさせてレナを見る。
クロードはルーシュが強いだろう事は想定していた。獣は自分以上の強者しか懐かない事は、牧場育ちのクロードにとっては当然の摂理で、スコールとハティの能力はそこらのモンスターが束になっても叶わないものだから、ルーシュはその上にいるほど強いのだろうと薄っすら理解していた。
だがあんな怪物を一方的に魔法で叩きのめすような能力がルーシュに存在していた等とは想定していない。魔神だの魔王だのと言われた方がまだ納得する。
クロードからすれば、ルーシュは勇者を恐れていたが、ルーシュの能力の前では勇者なんて束でかかっても叶う筈さえ無いと思えるほどだった。
「えと、言いたいことは何となく分かりますけど…。ルーシュは全力で戦ってないですよ?」
レナの言葉にマリエッタとクロードは絶句する。
「全力で?」
「本気だったら、一瞬で私達を巻き添えにして山ごと消し飛ばしちゃうし。だからみんなが避難してくれないと戦えないって言ってたんです」
「もはや魔王だといわれても疑わないよ。っていうか、そういえば魔神の血を引いているって言ってたな…」
「っていうか、…アルゴスはあの程度じゃ多分、死なないんじゃないかな?」
レナが言うように、ルーシュに削り取られた体はほぼ瞬時に回復する。
「あ、あんなんに勝てるのか?」
「ルーシュの魔力って、私達魔族から見てもほとんど無限みたいなものなんですよ。ただ、ルーシュはアルゴスの総体魔力が自分と大差ないって言ってたから、消耗戦だと何十日も続いちゃうと思います。なので、私達はとにかくここから逃げないと。ルーシュは周りに被害を出さないように気を使う分、消耗も大きくなって勝てる可能性がどんどん減っていっちゃう」
レナは心配そうにルーシュの背中を見る。
勇者(仮)と勇者諜報員(仮)の戦いが火蓋を切ったのだった。
ルーシュは翼を広げて空を飛び、アルゴスと対峙する。アルゴスは魔法生物程度の知能であっても、ルーシュという脅威に反応して、他には目をくれずに最大の脅威に対して排除を行なおうと動き出す。
アルゴスはルーシュのいる空へと向けて灼熱の炎を吐き散らす。
「障壁<バリア>」
ルーシュは光の障壁でそれを防御する。
「光撃<レーザー>」
光の障壁とほぼ同時に反撃をする。だが、アルゴスはその攻撃を食らって体が吹き飛ぼうが、触手を伸ばしてルーシュの体を絡めとろうとする。
触手はルーシュの右腕を一瞬で溶かしてしまうが、ルーシュは飛んで体を掴まれるのだけは回避する。
ルーシュは空を飛びながら、光の魔法で失われて腕を復元させる。
ルーシュとアルゴスは互いに幾度も体を吹き飛ばされながらも一進一退の攻防を繰り広げていた。
それを見ている生き残った調査団一行や冒険者達はどちらを応援すべきなのかも分からず、ただアルゴスを迂回するようにして必死に逃げようとしていた。
冒険者たちは逃げ出した。しかし、勇者(仮)は回り込んだ。
回り込み方ハンパネェ!数百メートルの巨体が飛んで目の前に。某RPGの魔王が回り込むとこんな感じなのでしょうか?回り込むだけで世界が破壊されています。
そして、ついに勇者(?)と諜報員(仮)の戦いが始まる。って始まっちゃダメでしょ!諜報員は諜報活動に終始してください。
さて、ついにルーシュの戦闘能力が今、明らかに。
手加減しても、つ・よ・す・ぎ・る。
こうして見ると、RPGの魔王って何で勇者がLv1の頃に倒しておかないんだろうって思うけど、戦った瞬間に最初の町とかが一瞬で吹っ飛んで消え失せるんじゃないのかな?だから早いうちに芽を摘みたいけど、俺が今戦ったら、征服したい場所が消し飛ぶからやめておこう、的な事を考えているのかもしれません。




