火山探索前夜
この日の西ボルカンにある冒険者の館は賑わっていた。元々冒険者を集めて飲み屋をしながら情報交換をするような場所なので、100人近く集まっての宴会状態である。
護衛部隊は山道が細い為、先行偵察部隊、調査団の護衛として左翼と右翼、それに第1前衛と第2前衛、それに後衛と後方対策部隊いった形で7部隊に分けられる。
先行偵察部隊は魔族10名によるもので、無人の山岳地帯なので罠の心配というよりは、前方の危険察知の為の部隊で、ほとんど通行の際に危険そうな熱湯やガスが噴出すような場所を通る際の実験台のような役割である。
そんな先行偵察部隊であるルーシュ達を含む魔族10人ほどが冒険者の館の端の方に集められていた。
「良いか!勇者一行の1人であるこの俺様が陣頭指揮を取る。活躍した者は俺から勇者ボリス様に進言し褒美を取れるように言ってやる。しっかり働けよ」
胸を張ってビールジョッキ片手に語るのは勇者一行の中にいる魔族である。神聖教団の魔族なのだから奴隷のはずなのだが、無駄に偉そうである。
ルーシュとレナは年齢の都合上で酒は飲めないので端っこで紅茶を飲んでいた。
「神聖教団だから魔族は端なのかな?」
レナは不思議そうにする。
「だろうね。クロードは別部隊みたいだし」
ルーシュはチラリと人間や獣人、亜人の集まっている場所にクロードがいるのを確認する。
クロードは調査団の第1前衛、ようするに最初の盾となって守る部隊に所属している。実際に大きい鉄の盾を渡されており、厄介な仕事を引き受けさせられているようだった。
「そこ!俺の話の途中に勝手に話すな!」
魔族部隊のリーダーらしき男が怒鳴り散らす。
「俺は冒険者の階級においてもA級の階級を持つ魔族最高の冒険者、アントン・バエラス三世だ!かの名高き初代バエラスの孫に当たり、東大陸の神聖教団に証明されている由緒正しき血筋の者だ!」
魔族部隊のリーダー、アントンは高らかに自身の血筋を述べ、他の冒険者魔族達もおおおと声を漏らす。
「なっ」
ルーシュは驚愕した。レナも同様に驚愕した。周りにいた魔族達のように恐れおののくような驚きの声とは別である。
ルーシュの膝の上で丸まってるハティとスコールは全く動じなかった。
「我ら魔族において英雄とも呼ばれるバエラス様の孫なのですか?」
1人の魔族の男がアントンに対して尊敬の視線を向けて尋ねる。
「その通りだ。それ程の力が無ければ勇者ボリス様の部下等務まる筈が無いだろう」
アントンはやけに誇らしげに語る。それに魔族達もまた一緒になって盛り上がる。
握手を求める男達もいる。英雄の孫というのはそれだけ凄いらしい。この世界<グランクラブ>において魔族の立場は悪い。だが魔族において最も尊敬されている存在はバエラスだという。それは絵本のお陰でもあるが、200年前にも略奪や無駄な殺生をせず、戦っていたバエラスに対しては、一定の敬意を示されている。
アントンの話を聞く限り、魔族という奴隷階級において、神聖教団は彼に名誉魔族という意味の分からない称号を与えているらしい。
「明日にも、この俺様の華麗な魔法によって貴様らも驚く事になるだろう。尽くせば相応の報酬も渡そう」
アントンは酒を飲んで気をよくして話す。
略奪をしなかったバエラスという武人がいたが、その子孫は勇者の手下として略奪に加担している点に関しては、誰も突っ込んでいなかった。
勿論、ルーシュとレナが驚愕したのは別の事である。二人はコソコソと小声で話し合う。
「(ねえ、ルーシュ、まさかとは思うけど…)」
「(分からないよ!でもバエラス家は王家に隠れて暗黒世界の外に出る事が出来る土地を持ってるし、僕らが生まれる前にこっそり外に出て子供を作っていたとしてもありえない話じゃないよ!だって…僕の父親だよ?)」
ルーシュとレナは目の前にいるアントンが自身の父親の隠し子という説が浮上した為に驚いていたのである。実際、バエラス二世はキャバ嬢に子供を作って、ルーシュの母に三行半を言い渡されて、当主を放り投げて蒸発している。ならば、それ以前にアントンという隠し子がいてもおかしくはない。それほどまでに女性に対してはだらしない男だった。何せキャバクラ君主の異名を暗黒世界に轟かせていたダメ魔公である。
「良いか!俺様についてくればよい目を見せてやる。ちゃんと今回の任務では俺のいう事を聞いて尽くせよ!」
偉そうに話を続けるアントン。
「(やはり、あの人は本当に僕の兄なのか?)」
という思いがルーシュの中に過ぎり、ポケットから出したハンカチで額の汗をぬぐい小さく呟く。
レナも流石にまさかという思いもあるが、何せルーシュの父親は女性関係に対しては限りなくだらしない。バエラス2世はある程度分別があり、無理やり女性をものにするような事は決してしない紳士であるが、息子の友人であっても女であれば本気で口説く。政略結婚でバエラス2世は魔王の妹であるメリッサにルーシュを生ませているが、結婚前までの間、どこでどんな子供を作ってきたかなどわかったものではない。
「(ルーシュ。顔は似てないよ?バエゼルブの血筋は基本的に美形)」
レナはルーシュに指摘する。
そう、バエラスはバエゼルブという初代魔公の子孫であり、現在はそのバエゼルブ一族の主家となっている。バエゼルブというルーシュの祖先は伝説的な美男子だった。
バエラスがグランクラブで人気を持っているのは、実の所、騎士道精神に溢れ圧倒的な力を持ち、主君への忠誠の為に無くなった悲劇の将軍であっただけでなく、超絶イケメン男子だったからだ。
バエラス2世はろくでなしの女たらしで有名な領主であったが、暗黒世界随一の美男子でもある。細身ながらも屈強な肉体、整った顔立ち、長い睫に二重瞼、切れ長な美しい目、白い歯をいつも輝かせて上品に笑う美男子は、女性達を魅了するか美しさに嫉妬される。しかも彼は面食いで美しい女性ならば見境が無く口説く。そんなバエラス2世の子供が美形でないはずがないのだ。
残念ながら暗黒世界基準で言う所のアントン・バエラス氏はブ男である。細身というよりはガイコツチックな肉体、整ってない顔立ち、ギョロっとした目、並びの悪い黄色い歯。
「(相手の人がそういう系統なのでは?)」
「(基本的に小父様は面食いだよ?誰にでも優しいけど、口説くのは綺麗な女性だけだよ)」
「(でもレナを口説いてた事もあったじゃん)」
ピシャッ
レナはルーシュの手を握ると同時に凄まじい電撃魔法でルーシュを焼き焦がす。ルーシュは抗議も出来ずにぐったりとテーブルの上に倒れる。今のは間違いなく殺意ある電撃だった。
ルーシュは自分の発言を思い返し、自身の失言に気付く。あの言葉ではまるでレナは綺麗な女性じゃないと言ったように聞こえてしまう。自身の父親がレナを口説いていたのは10歳くらいの頃なので、綺麗な女性ではなく可愛い女の子という意味合いだから微妙に違う積もりで言ったのだが、どうもレナは侮辱されたと感じたようだと理解する。
後から謝ると余計面倒になるのでこの話はこれ以上は深堀りしない事にする。
ルーシュは人生において、母やレナという理不尽の塊みたいな女性ばかりしか知らないので、基本的に女性全般を恐れていた。とはいえ、女性扱いの上手な父に倣おうかと口にすると、母は激怒するので、それも今までにした事が無い。
今後の作戦を伝え述べたアントン・バエラス3世は酒を煽っていた。周りの魔族達も彼に取り入ろうと酌をしていた。周りの魔族達は冒険者レベルが低いらしく、大先輩なのだそうだ。
冒険者ランクはGから始まって、F、E、D、C、B、Aと上がっていき、最上位をSとしている。ちなみにクロードはEでルーシュとレナはF。クエストを1度もこなした事のない冒険者はG、1度でもこなせばFになり、コツコツと仕事を続けていくとEになる。これ以降は国家や領地や傭兵団や会社といった大きい枠組みからの依頼仕事でも大きい仕事をこなすとさらに上へと上がるらしい。今回のような仕事はランクアップのチャンスである。
ランクが高いほど国家間の行き来が楽になるので、ルーシュ達にとっても都合がよかった。
その為、魔族達はアントンの尻馬に乗って点数稼ぎをしたいのだ。彼のランクはAランク。他大陸では不遇な魔族でAランクというのは破格なもので偉そうにしているのではなく、実際に冒険者の中では偉い部類にある。
(ウチの父の子というだけあって小物臭いけど、やっぱり凄いのかなぁ)
ルーシュは自分を棚に上げてアントンを見る。
するとアントンはこちらの方にもやってくる。
「何だ、貴様。酒も飲んでないのか」
「未成年なので」
「ふん、情けない。こんな情けない男と一緒におらずこっちにこい、女。中々器量が良いじゃないか。俺の妾になれば良い思いをさせてやるぞ」
「お断りします」
アントンはドカッとルーシュとレナの間に座り、レナに対して口説き始めるのだが、レナは笑顔のままズバッと切り落とす。
「貴様、この俺を知らないのか?」
「はあ。でも、私、ルシフォーン王族の婚約者だし」
レナは素直に答えてしまう。一応、ルーシュの婚約者という立場にあるのでルシフォーン王族の婚約者である。嘘はついていなかった。ルーシュの母とレナの母は親友で、勝手にその約束を取り付けたようである。もうどちらも家庭が崩壊しているので、その約束が有効かどうなのかはルーシュも理解していない。
だがそんなレナの話をアントンは冗談と感じたようで、大笑いする。
「ルシフォーン王族とは思い切ったな。くははははははっ!」
ルーシュは困ったようにアントンを見る。そもそもレナを口説くには魔人であるアントンには荷が重過ぎる。レナは気を張ってないと触れるだけで相手から魔力を吸ってしまう。彼女と男女の仲になるというには、魔力の低い魔人族では一瞬で魔力を失って廃人になってしまう。
「本当なのにー」
レナは頬を膨らませてぼやく。
アントンはめげずにレナの胸元をチラチラと見ながら鼻の下を伸ばして口説いていた。
だが、レナは言葉巧みにかわしている。そもそも実家では暗黒世界でも稀代の好色男、バエラス2世を完璧にかわした女である。アントン程度の経験値しかない魔族を嫌われないようにかわす等、造作もないのだ。
会議も終わって解散となりルーシュとレナは宿屋に戻る事になる。
「顔は似てないけど、あの小父さんは確かにバエラス小父さんの子供かもしれない」
レナのぼやきに、ルーシュは両肩にハティとスコールを乗せたまま、同意するように頷く。
「にしても父はどこにいったやら。会えたら問いただしたい所なんだけど。もしかして父もこっちにきてやしないか?淫魔の新しい奥さんと一緒に蒸発しちゃったけど、暗黒世界にいて僕らから1年も逃げ続けられるとは思えないんだよね。殺されているんだったらベリオールト家かバエゼルブの実家が嬉々として報告しただろうに」
「何故、バエゼルブ分家が喜ぶの?」
レナはルーシュの不穏な言葉に驚きを見せる。
バエゼルブは魔神シャイターンより魔公貴族にしてもらった24魔公の1人で、バエラス家の本流である。彼の子孫がバエゼルブ家として存在しており、初代バエラスはバエゼルブ家の分家の1人であった。初代バエラスはルシフォーンが国をまとめる際に最初に頭を垂れた72魔公の1人で、暗黒世界統一の際に、バエゼルブ領の当主に任命されている。バエゼルブ家からすればバエラスは魔王に尻尾を振ってバエゼルブ本家を裏切った存在なのである。バエゼルブの実力そのものを受け継いでいたのはバエラス家であるから、多くの魔族からすれば当然の帰結だと考えているが、バエゼルブ家からすれば面白くない話であった。
「父は敵を作らなかったけど、バエゼルブ家を優遇すべき立場にあるのに、中立に徹していたから」
「ほほう。まあ、ダメ領主であっても、あの共和制度の君主を200年も務めていたし」
「それを考えると…僕はどっちかというと領主会議の言いなりだから、もっとバエゼルブからすれば気にいらないのかもしれないけど」
「あはははは、その内、サクッとやられちゃうんじゃない?」
レナは友人の命が危ういとばかりにケラケラ笑う。酷い婚約者がいたものだ。だがレナがこれを笑えるのは、ルーシュに何をしてもたかが魔公如きに殺すすべがないという絶対的な信頼があるからでもある。
バエゼルブ連邦領は複数の国家領土の領主達よって経営されており、ルーシュはその領土の代表、すなわち君主である。父の後を継いだ形なのだが、これは血縁というよりもただの飾りであり、もっとも武力のある魔族が立つ位置なのである。逆らう相手を強制的に従わせる立場でもあるので、影響力が非常に大きい。結果として君主は自身の意見を会議に大きく反映できる立場にある。ルーシュは自身の意見を会議に反映させないので、会議の中立性を完全に守っているともいえる。
腹芸の利かないルーシュは、腹に落ちない事はとことん質問し続けるので、領にとって正しい仕事をしているのだが、その正しさは政治の世界において忌々しく思われがちなのであった。
そこでルーシュはふと考えてしまう。
「もしかして、僕、上手くやれてなかったからこっちに回されたのかなぁ」
「領地はよくなってたと思うけど…」
「政治の事とかよく分からないから…、領地がよくなれば良いのかなって思ってたけど。なんだかたくさんの人に嫌われてたし」
「?………少なくとも領民からは嫌われてなかったと思うけどなぁ」
「そーお?避けられていたような」
「まー、ルーシュの悪行は結構有名だからね。間違えて山を消し飛ばしたとか」
「ううう」
良い領主だと分かっていても、天災のような人間が街を歩けば、誰だって怖いに違いない。
「はあ、他の勇者に、兄かもしれない人が現れたりで、なんだか面倒なのに、今になって領地が気になってきたよう」
「ホームシック?ルーシュはお子ちゃまだなぁ」
「ほえ!?」
ルーシュは悔しがる。
だが、レナはホームシックに掛かるにも、本当の意味のホームを既に失っている相手なので、その件については甘んじて受け入れるしかなかった。
とある日の勇者ボリス
ボリスはとある小さな民家に土足で入り込む。そこにはなぜかメイドがいて、家事や掃除を行なっていた。
ボリスはタンスの中を調べた。薬草を手に入れた。
ボリスは本棚を調べた。ミレドの詩集を手に入れた。
ボリスはツボを持ち上げて投げた。
パリン
中からヘソクリが出てきた。ボリスはヘソクリを手に入れた。
ボリスはクローゼットを開けた。布団が落ちてきた。
ボリスはタンスを調べた。女性ものの下着を手に入れた。
ボリスは女性ものの下着を使った。残念、下着は頭に装備できない。
メイドは箒をもって顔を真っ赤にして怒っているようだ。
ボリスは逃げ出した。
ジャカジャカジャカ
以上が、ルーシュ達がアジトに到着する前に、勇者によってアジトが荒らされたとか、そうでなかったととかいう真偽の分からない話であった。




