西ボルカンの町
北の大陸の北部にモンターニュ山脈、その最西端にある最も大きい火山が存在する。ボルカンと名付けられたその山は、標高4230メートルもあり、北の大陸で最も有名な温泉地帯でもあり、観光地にもなっている。
最近、この近辺で妙な地鳴りが起こるという事で、山に最も近い西ボルカンの町から火山調査の依頼が出ていた。西ボルカンの町ボルカン山由来最大の温泉地でもあり、イヴェール王室御用達の別荘が存在する。
地理を説明すれば、北の大陸の北側はモンターニュ山脈が東西に走っており、そこより北は寒くて人間が住む場所ではない。大陸南西部は小国家群が乱立するプレーヌ平野、平野より東側のプラー川を越えるとイヴェール王国という南部最大国家が存在する。ルーシュ達が現在住んでいる場所もそこだ。南部は大森林と呼ばれる針葉樹林帯が広がり人はほとんど住まない土地となる。
北の大陸西部地域はイヴェール王国を代表して、人間と魔族の戦争が起こってから200年経つが、様々な人種が住んでいる。
だが小国家群は何度と無く戦争を起こし、200年前とは全く異なる国家で切り分けられている。
イヴェール王国は基本的に専守防衛を旨とし、様々な人間を受け入れてしまう移民国家でもある。世界でも数少ない資本主義が根付いている事から、経済力は世界トップクラスに位置する。
戦争をしないものの、世界各国からは『眠れる獅子』と呼ばれる程の大国として恐れられていた。多くの国において神聖教団の信仰が広がる中で、ラフィーラ教を国教とする数少ない国家でもある。過去に何度か小国家群や海の外の国が土地を切り取ろうと川や海を越えて戦争をしかけたが、その戦争において敗戦を喫した事はこの200年では一度もない。
イヴェール王国の国教でもあるラフィーラ教は全ての人間の平等と権利を与える宗教である。
このラフィーラ教の教主が預言者であるのだが、この人物はほとんど人間と接しておらず遣いの者からの言葉だけが伝わる存在とされている。代替わりをしているのか、ハイエルフという寿命の長い種族だからかは誰にも明らかにされていない不思議な存在でもある。だが、預言者は王都と大森林の中央にあるユグドラシルと呼ばれる大樹を行ったり来たりしており、実際的な権威を持っていないが、イヴェール王国という形を見事に数百年と支えていた。
その為、世界中の信仰が神聖教団へと移りつつあっても、この国におけるラフィーラ教の教えは揺るがない。他国に住む不条理な扱いを受ける種族達は『いつか国を抜けてイヴェールへ移民したい』と口にする程らしい。
ダンタリウスら暗黒世界の魔公たちは、多く奴隷として不遇な目にある魔族達を、解放もしくは略奪して、その魔族達を冒険者登録させて元の身分を隠し、この国に入国させている。ダンタリウス曰く『私は他の国ではほとんど指名手配犯ですな』と笑っていた。意外と剛毅な爺である。
そんな王国の北部にあるボルカン山では最近、地鳴りなどが鳴り響いており火山噴火が起こるのではないかと近隣の町では懸念されていた。
それによって火山探索というクエストが出される事となり、冒険者達は大人数でのイベント事として賑わっていた。
ルーシュとレナの2人はハティとスコールの2頭を連れて、そのクエストに参加すべく、ピドの北西にあるボルカン火山の最も近い位置にある西ボルカンの町へやって来ていた。
ルーシュは始めてやってきた町の賑わいに、楽しそうにキョロキョロと周りを眺めながら歩いていた。レナも同様で、この2人は完全に田舎者丸出しといった感じであるが、西ボルカンも王都から比べればかなりの田舎である。
とはいえ、ルーシュ達がこっち側の世界<グランクラブ>にやってきてから、どこよりも栄えた町である。大通りは特産品の店や工芸品の店、旅館などが並んでおり、雑多な露天や屋台が出ている町とは異なり、上品な雰囲気を受ける。
ルーシュの知る大きい町の大通りというと、バエゼルブ領もそうだが、たくさんの露店や屋台が出ており、毎日バザーをしているような感覚だが、ここはちょっと違っていた。
「温泉かぁ」
「混浴がある!一緒に入ろう!」
「えー、やだー」
レナの提案にルーシュは即決即断で拒絶する。
「普通は男の子が喜ぶ所だよ!」
「見たらエッチな人呼ばわりされて、見なかったら見なかったでヘタレ呼ばわりされるんだもん。混浴とかこの世から無くせば良いのに」
ルーシュ・バエラス3世14歳は世界中の男性に対して宣戦布告を行なう気でもあるのだろうか?とんでもない発言をする。
「でも、ルーシュのことだから間違えて温泉かと思って入ったらマグマだったりするのでしょう?」
「ぬな!?ままままま、まさか魔王様がチクッたのか!?そんな間違いをした事があると何故に知っている!?」
「したのか~」
レナは適当にぼやいた言葉だったが、まさかルーシュが既に実践済みだったとは思わなかったので、大いに呆れてしまう。
「いやー、体が溶けたときは焦ったよ」
「普通は死ぬよ!」
「わう?」
不思議そうに首を傾げるハティとスコール。
「マグマ如きで体が溶けるとは柔だなあって言われても、僕は健全な魔族だからね!」
ルーシュはうんうんと頷き、ルーシュを励ますようにルーシュの両肩に乗るハティとスコールはルーシュの頭を前脚で撫でる。
「そーか、ルーシュの勘違い人生を助長していたのは、フェンリル達だったのか」
レナは冷たい視線でこの三者を見ていた。
マグマによって溶けない狼と、溶けても死なない魔族というのはどうなのだろう、というのが常識人たるレナの意見であった。が、この三者には何を言っても無駄なので諦める。
ルーシュ達は噴水のある広場にやって来ていた。火山調査をする為に、たくさんの冒険者達が広場に集まっている。
クロードは黒い馬ロベールにマリエッタを乗せてやって来ていた。
「おーい、クロード。クロードも参加するの?」
ルーシュはクロードを見つけたのでブンブン手を振って声を掛ける。
「あれ、ルーシュ。何で参加しているの?」
「あ、アップルパイ屋さんなのです」
ルーシュは、まさかマリエッタにアップルパイ屋さん呼ばわりされるとは思わず、複雑そうな表情をする。マリエッタはどうやらルーシュがアップルパイを売っていたのを知っているようだった。
「連れてきたの?」
ルーシュはマリエッタをさして訊ねる。
「アマンドさんは王都の修道院からピドの修道院に引っ越してきたんだけど、どうもアマンドさんも調査団に加わるらしくて、マリエッタまで一緒に付いて行くとかで、成り行きで僕まで一緒に」
どうやら勇者として探査に出るのではなく、アマンドとマリエッタに誘われて一緒に行く羽目になったようだ。
これも預言者の導きなのだろうかとルーシュは勘ぐるのだが、考えた所で無駄なので直に考える事を辞める。
「ルーシュは何でまたこんな冒険に?」
「冒険は男のロマンだからだよ。なあ、スコール」
「わう~?」
鳴いたのはスコールでなくハティだった。かなり疑念を抱いたような鳴き声である。…スコールはルーシュの頭に上ろうとヨジヨジ動く事に夢中で、ルーシュの言葉に対してあまり気にしていないようだった。
「ふふふふ、所詮は畜生か」
「「わう!?」」
同意してくれないだけで畜生呼ばわりされて、スコールとハティは慌ててルーシュに抗議の鳴き声を上げる。
「アップルパイ屋台はどうしたの?随分盛況だったみたいけど」
「ん?あれは余った林檎を処分する為に売っているのであって、食用としては十分に確保出来てるから。こうして資金を着実に溜めて、僕は経済で世界を支配するのだった!魔王と呼んでも良いよ」
「おおおお、魔王と勇者様の邂逅なのです」
マリエッタはルーシュの発言にうれしそうにする。だがクロードは複雑な表情を見せる。
「マリエッタ。勇者って呼ばないでよ」
「そうでした、クロード様。勇者は内緒なのです」
マリエッタは口元に指を当てて思い出したように頷く。
以前は、それを拒否していた筈である。ルーシュは2人の間で何かしらの協定が結べたのだろうかと考える。
「アマンドさんは?」
「調査団の馬車にいるのです。私はロベールと仲良しになっている途中なのです」
マリエッタは黒い馬の背中を撫でながら話す。
「へー」
「神聖教団に認定された勇者が来ているんだ。さすがに勇者詐称罪で捕まりかねないからね」
「むう。最初に勇者を認定したのはラフィーラ教なのですから、元祖勇者はこちらなのです。向こうこそ勝手に勇者を使うのはいけないのです。こっちの断りも無いのはどうなんでしょう?って思うのです」
「ウチが元祖だとか言い張るあたり何か郷土料理みたいだね」
プンプンと頬を膨らませて怒るマリエッタ。
反してルーシュは、この街に着いてからよく見かける『元祖・ボルカンクッキー』とか『元祖・ボルカン石焼きスパゲッティ』とかよく分からない郷土料理を売り出しているのを眺めていただけに、勇者が郷土料理のように感じてしまう。
広場の入り口から見て奥の方にある大きな祭壇があり、祭壇の下には100人近い冒険者が集まっていた。そんな中で、壇上に白衣の老人と幾人かの白衣の学者然とした者や聖職者達が現れる。その聖職者達の中にはアマンドも姿を見せていた。ラフィーラ教は基本的に白が多く、学者も白い服を好んで来ており、白ばかりである。
祭壇の下には数人の冒険者と思われる戦士達が立っていた。
「皆のもの。この度は我らの調査に帯同していただきありがたく思う。我らは王都より依頼された火山調査団である。私は調査団のリーダーを務めるクリストフ・アングレームである。これより我らは火山の状況を確認する任を受け、頂上まで登る事になる」
壇上に立ったお爺さんは話を始める。
だがルーシュは頭の上にクエッションマークがいくつかあがる。火山調査に何故聖職者まで同行するのか不思議でしょうがなかった。更に言えば学者がいるのも理解していなかった。
そこでルーシュは壇上で訓辞みたいなものを述べている学者の長と思われる男の言葉を聞き流して、物思いにふける。これこそがルーシュの頭が悪いと呼ばれる一端でもあった。
ルーシュは1人で勝手に火山調査に学者と聖職者が向かう理由という謎を説くべく考えこんでしまう。
今回の調査目的は勿論、火山の爆発の危機を察する為だと推測される。だが、預言者がいるなら分かるんじゃないのかという思いがある。ならば今回の事は預言者のあずかり知らぬ所で動いているか、預言者にも見えないものがあるのだと考えられる。では学者とは爆発の予見が出来るのだろうか。これに関しては分からない。こっち側の世界<グランクラブ>では火山を見て、いつ爆発するとか分かってしまうような学者がいるのかもしれない。だが、少なくとも火山がたくさんある暗黒大陸においてはそのような学者をルーシュは見た事が無かった。さらに言えば聖職者がいる理由も皆目検討がつかなかった。徳が高そうだが、そこに調査は関係ないような気がする。まさか聖職者の徳の高さが火山爆発させない呪い的な効果があるのかといきなり明後日の方向で勘ぐる。『恐るべしラフィーラ教』と慄き、ルーシュは額の汗をぬぐう。するとやはり学者は火山の状況を見て火山爆発がいつなのか分かるに違いないと感じてしまう。いつ爆発するかなんてそれこそ神のみぞ知るという思いだが、恐らく学者達はマグマのグツグツ感からみて、『あと1週間ですかね』とか分かってしまうのだろう。まるで鍋を見守る主婦の眼力のように。
「そうか…火山のマグマは鍋のスープだったのか」
いきなり突拍子もない事を口にするルーシュにレナとクロードとマリエッタ、さらにはハティとスコールどころか人の言葉が分かっているのかロベールまでギョッとしてルーシュを見る。
「あの、ルーシュの頭の中はたまに変な方向でグルグル回るので気にしないで上げてください」
レナはいつものようにフォローをするのだが、ルーシュはさりげなく酷い事を言われて一人傷ついていた。だが、マリエッタとクロードは納得したように頷く。
「これから行なう封印の儀は、聖職者達によって行なわれるので彼らを守って頂きたく存じます。また火山帯はまれに熱のあるガスや温水が噴出す場所がありますので、学者が知っている限りの情報を先頭の隊列に注意を呼びかけますので皆さんは指示に従って護衛任務をお願いします」
壇上の老人はそんな説明をしていて、ルーシュはがっくりと肩を落とす。
「全然違った…。そうか、やっぱり火山は鍋じゃなかったのか」
「それ以前にどういう発想から火山が鍋になるんだ?」
クロードの突っ込みは的確すぎて、レナは同志がいたと思い嬉しさ余ってうんうんと体と一緒に首を縦に振る。一緒にレナの胸も揺れ、周りの男達がチラチラとみていたが、当人はそれに対しては全く気にしていないようだった。
ルーシュは不思議そうに首を傾げる。また変なことを考えてるとばかりに全員が呆れ、ルーシュから視線を外す。
すると壇上には新たな人物が上がり出る。
年齢は若く20歳程の筋骨隆々な人間族の男。物語に出てくる勇者のような軽装の鎧に青いマントを羽織っているが、見た目はどうみても戦士といった雰囲気だ。体長はルーシュより頭1つくらい大きいので180センチ以上はありそうな男である。
「俺の名はボリス・ノイバウアー!ガイスラー王国ノイバウアー伯爵家の血筋にして、神聖教団より北方の勇者の称号を戴いたものだ!」
自己紹介を始める。
「あれが勇者か。最近、こっちの国にやって来ているとは聞いていたけど」
「あれが勇者か。ウチの家を荒らした犯人だな」
クロードとルーシュが同時にぼやく。ルーシュのボヤキを耳にして、そういえばそんな話もしていたなぁとクロードは思い出す。
「ふふふふふ、我が教団の勇者は略奪なんてしないのです」
マリエッタは自慢にならないことを自慢げに胸を張って口にする。
だが、200年前の戦争では中央大陸では大量の魔族が拉致されて奴隷階級に落とされ、非戦闘民であっても容赦なく殺されている。ルーシュはラフィーラ教団も嘘臭いなと心の中で呟く。だが子供の夢を壊すのは悪いのであえて口にしない事にする。
預言者の文にも『私の力が足らず』という点が書かれていた。何かしら失敗をして魔族が滅ぼされかけたという事なのだろうか。それともそれそのものが嘘なのかもしれない。
「でも、何で神聖教団の勇者は略奪してるの?」
「勇者は東大陸国家連合の推薦と神聖教団の認定によって、大きい功績を持つ冒険者に授けられる称号なんだよ。神聖教団の認定は多大な寄付金が必要だって話ではあるけどね。世界には6人の勇者がいるって聞いてるよ。彼は北の大陸の東部にあるガイスラー王国の排出した勇者なんだ。彼の行動は神聖教団において聖なる行動として認められていて、他人の家に入って略奪をしても、それは世界平和に役立つ事とされているって訳」
クロードの説明にルーシュは断片的に頭の中に入れてなるほどと頷く。
「ようするに…神聖教団は強い人に略奪手形という勇者の称号を売ってるって事?」
「ぶっ」
慌ててクロードはルーシュの口を手で塞いで周りを見る。ルーシュの言葉は聞いていなかったようだったので、ほっとする。
端的に言えばルーシュの言う通りなのだが、そんな事を言えば神聖教団への誹謗中傷であり、勇者の取り巻きが多くいる場所でそんな発言をすれば、周りの人間にどうされるか分かったものではない。
ルーシュの頭は決して悪い訳ではない。時に凄まじい真理をついてしまう。だからこそその正しさを否定する人が多くいるから余計に混乱させてしまうのだ。
「(こ、ここは勇者の下について一角千金を狙う冒険者達が多くて、神聖教団の信徒も多く要るんだ。そんな事を口にしたら殺されるよ)」
クロードはかなり真面目な顔でルーシュの耳元で忠告する。
「あ、そっか。ごめんごめん。むー、なんだろう。もっと皆で仲良くすれば良いのに」
クロードの忠告に、ルーシュは困ったようにぼやく。
実際の所、ルーシュとクロードは性格的に相性が良かった。クロードは大人達と違ってルーシュの正しさを否定せずに諭すし、ルーシュの誤りに対してしっかりと突っ込みを入れる。
だからか、ルーシュは完全にクロードに懐いているのである。しかし、ルーシュは一応、クロードを諜報する任務を受けて、ここに派遣されている。当人はそれを完全に忘れているように見えるのは多分気の所為である。
現在、壇上に立つ勇者は今後の作戦についてを説明していた。
出発は明日の朝から。隊列は自分達の指示に従ってもらう。モンスターを倒したら全て勇者一行が素材のギルドに売る。活躍に見合った割り振りは勇者達のパーティが行なう。役割は今夜、冒険者の館に集まってそれぞれ振り分ける。
勇者は自分の部下を紹介しつつ契約概要や、作戦概要を話す。
もとより、今回の作戦は、神聖教団の勇者であるボリスが火山を調査をする旨をイヴェール王国に提出し、その為にイヴェール王国は派遣調査団の護衛という形で彼らに同行するという形にしたという事だった。




