預言者の大預言
ルーシュとクロードの2人は教会を出て街を歩く。
「それにしても、どうして彼女の肩を持ったの?」
不思議そうにクロードが訊ねるので、ルーシュは空中のあちこちで楽しそうに動いている精霊を捕まえる。だがその精霊達はクロードには見えないものなのでルーシュは何をしているのかと首を傾げる。
「僕もあまり詳しくは無いよ。地元に同じ境遇の子ってほとんどいなかったから。ただ文献だと、精霊が見える目を持ってるって事は精霊にも好かれやすいと思うんだ。おーい、姿を現せ」
ルーシュは摘んでいる精霊をつんつんと突くと、精霊は現実の世界に色を帯びて現れる。
それにはクロードも驚いて後退る。
精霊召喚は世界でも数少ない使い手で、魔導師と精霊術士の共通の奥義とされている。10代の小童が使っていい技術じゃない。
「精霊が見えるって事はこいつらが好きな事を理解できるって事。仲良くなれば魔力なんて使わなくても呼び出せる。僕も小さい頃、魔法を教える先生に驚かれたし」
「そ、そりゃ驚くよ!今、腰が抜けるかと思ったよ!」
クロードはルーシュに訴える。
だがクロードはここでようやく気付く。ルーシュが2頭の化物染みた魔狼の子と仲良くしている理由を。当人が戦わないのだが、その気になったら2頭に匹敵する能力があるという事だろう。魔王の子孫というのもあながち嘘とは思えないと感じてくる。
そんなクロードの考えている事などお構いなしにルーシュは話を続ける。
「僕からすれば、そもそも魔法みたいな非効率な方法は苦手なんだ。直近くにそれをかなえる奴があちこちいて、ちょっとお願いすれば何でもしてくれるのに、わざわざ詠唱して精霊を呼びつけて、魔力を使って魔方陣を書いて無理やり精霊達を従える。彼らは気の良い奴らだからそんな事で怒ったりしないけど、見えている身としてはいい気がしない。僕からすれば小さい頃からずっと遊んでくれた友達みたいなものだから、無理やり従わせるようなやり方はねぇ」
ルーシュは寂しそうな顔をする。
「なるほど。まあ、僕はそもそも精霊に避けられてるような気がするんだよね。魔法使えないし」
「うん。さっき気付いたけどクロードは僕と真逆なんだよね。そういう意味でもあの子がクロードに仕えるよう送られたなら一緒に旅をするのはありだと思ったんだよ。精励に嫌われていると、一人歩きは非常に不便でしょ。単純にそれだけだよ?出来ない事を出来る人がするのは基本でしょ?」
ルーシュは道具袋から『冒険者入門』という小冊子を見せて言う。
冊子の中には『出来ない事は出来る人に任せるのがパーティの基本です』と書かれていた。それにはさすがにクロードも苦笑せざる得ない。
「でも……さすがにあんな小さい子を守れる自信はないよ。ただでさえ…………いや、なんでもない」
クロードは話しながらもこれ以上言うまいと首を横に振って俯く。ルーシュはそんなクロードの様子に首を傾げる。
「僕は家に戻るから、何かあったら教えてね。それじゃー」
ルーシュは去っていく。
クロードはルーシュを見送ると冒険への準備を始めるために自分の泊まっている安宿へと戻る事にする。
ルーシュは自分の家に戻ると直に全員を召集させる。
「今日クロードに会ってきた」
「またですか。あまり勇者と接触しないように…」
ダンタリウスは呆れるように口にするのだが、ルーシュは手紙を広げながら首を横に振る。
「そこで、クロードを勇者だという預言者の遣いという少女がいたんだけどね、どうやら彼女も僕と似ていて精霊が見えるみたい。風の精霊だけだったようだけど…エルフでも魔族でもなく人間だった」
「高位のエルフ族や一部の魔族は、稀に一定の精霊を見る事が出来ると聞きます。実際にシャイターン様は4種の精霊を見る事が出来たとも聞きますが」
「僕の知る限り、水の精霊を見る事が出来るレヴィア様と、火の精霊を見る事が出来る魔王様くらいで、風の精霊を見れる存在は初めてだった。まさか、こんな遠くに僕らと同じ目を、しかも人間族でいるなんて思わなかったからびっくりしたよ。で…その預言者についてなんだけど…何者なのさ?」
ルーシュの差し出した手紙には
『拝啓 魔公王子 ルーシュ・バエラス三世閣下
はじめまして。
突然のお手紙をお許し下さい。私は預言者と名乗るものです。
200年前、私の力が足らず、貴方の曽祖父君や魔族の方々を含め、多くの関係者各位に大きい迷惑をかける事になった事を心よりお詫びいたします。
貴方がダンタリウス様や我が義子イザベラの娘レナと共に、勇者を監視する為に来た事は承知しており、これを決して止めるものではありません。
無論、貴方達は200年前の私の預言を知るものとして疑念を抱き敵視している可能性を考慮してご連絡させていただきます。
クロードは200年前にルシフォーン様を倒した勇者の遠い末裔です。彼が勇者より受け継いだ魔力無効化体質は神にさえも抗える可能性を持つものです。
彼が勇者であるという預言は真実ではありません。そして彼は魔族を殺すものでもありません。ですがこの言葉によって彼が後に多くの功績を残していけると考えて我がラフィーラ教の信徒へ預言として伝えた言葉です。』
そんな手紙の書き出しに嘘くさいなぁと怪しむ一同がいた。ルーシュは一度読んでるので淡々としたものだ。だが2枚目に目を移すと…
『あ、今、嘘くさいって思ったでしょう?
ですが大きい可能性でもあります。貴方達はそれを信じないかもしれませんが、それは彼の人柄を知る事になったルーシュ様がよく存じていると思います。彼が1人で冒険者をしている理由も、いずれ知る事になると思います。
現在、世界は大きく変わりつつあります。恐らく人間、亜人、獣人、魔族に加え竜族までが加わった未曾有の危機が訪れる事になります。クロードには過酷な運命が待ち受けています。彼を見守ってあげて欲しいと存じます。
ラフィーラの名において、私は、ジブリード神の転生であるスコール様とハティ様と共に歩けるシャイターンの予言の御子であるルーシュ様に私は全てを託したいと存じます。』
「スコールとハティはそうなのですか?」
ダンタリウスは険しい顔で手紙を見てから、次いで、子狼達へ視線を移す。
「さあ、あ、でもフェンリルは、自分は獣神の生まれ変わりみたいな何かだとか言ってたような気がする。まあ、でもこの毛並みの素晴らしさは神だと言っても過言ではあるまい」
「…毛並みはどうでもいいんですけどね…」
ダンタリウスは呆れるようにルーシュを見る。
「お母さん、預言者さんの義理の子供だったのかぁ。って事はルーシュの出会ったマリエッタちゃんって子は…私の叔母さん?」
レナはとんでもない事実に気づいてしまう。レナ自信が預言者の義理の孫でもあるからだ。
「それを言ったら、さすがにショックだろうね、彼女も」
ルーシュはレナが自分よりも年下の幼女に対してとんでもない発想を抱く事に呆れてしまう。
そんな中、話に入っていけないでいたミレドは、ルーシュがテーブルの上に適当に置いた紙袋の方に目が行く。
「ところでルーシュ様。そちらの袋は…?」
「あ、忘れてた。皆にお土産だよ。アップルパイっていうなんだかいい匂いのする食べ物があ
ルーシュの取り出したアップルパイをテーブルの中央に置く。
「魔力は足りなさそうだけど?」
レナは首を傾げる。
「おいしそうだったから買って来たの。これを参考に銀の林檎を調理しようかなって。まあ、まだ暖かい内に食べようよ。危うく忘れる所だった。くっ…預言者恐るべし。どうせなら手紙に忘れないように書いておいてくれれば良いのに」
ルーシュは頬を膨らませてとんでもない責任転嫁を始める。レナは笑いながらアップルパイを手に取る。
「ほうほう、これは中々美味ですな。少し甘すぎるような気がしますが」
「甘いリンゴを甘く煮たら甘甘になりますよ」
「逆に酸っぱい銀の林檎だったら美味しいかな?」
「作り方はわかりますか?」
「うーん、知ってる人に教わるしかな…」
ルーシュは手紙をそろえて、再び封筒に突っ込もうとすると、そこで凍りつく。そして冷たい汗をダラダラと流して絶句していた。
レナはどうしたものかとルーシュの肩に顎を乗せて折りたたんでいる手紙の裏側を見ると、そこにはアップルパイのレシピが書いてあるのだった。
「いやあああああああああああ!やだ、やだやだやだやだ!怖いよ!この預言者って人何なの!?」
「僕に聞かないでよ!ここまで来るとホラーだよ!」
ルーシュとレナは半ば恐怖に震えてしまう。
するとダンタリウスは手紙の裏側のレシピを見ながら苦笑する。
「神は様々な力を有していると聞きます。魔法や精霊術とは神の真似事でしかありません。勇者の持つ魔力無効化体質、ルーシュ様の持つ精霊を見る瞳、レナの持つ雷を扱う力、いずれも半神半人とも言うべき神の血縁だからこそできる能力です」
「私、そうなの?」
「詳しくは知りませんが、イザベラ様はラフィーラ教の高等司祭でラフィーラ様の子孫だと呼ばれていた人ですから可能性が無いとは言えません。魔公の膨大な魔力もシャイターン様の魔力を与えられたですから。そして…預言者の能力はようするにルーシュ様の持つ精霊を見る瞳と同じように、先を見る瞳を有しているのだと思われます」
ダンタリウスは怯える2人を落ち着かせるように話す。
「なるほど。じゃー、友達になれそうな気がしてきた!」
ルーシュはムフーと鼻息を荒くする。
「預言者の友達になるなんて言いだすのはルーシュ様だけですよ。それよりこの手紙をどう受け取るかの方が大事ではないでしょうか?預言者に従うのか、それとも従わないのか」
ダンタリウスはルーシュに訊ねる。だがルーシュは不思議そうに首を傾げる。
「まさか従うのですか?ラフィーラ教の預言によってルシフォーン様は滅んだと行っても過言ではないのです。信用できるとは思えません。確かに敵であった訳でもありませんし、この手紙はそれを否定してますが…」
「何を言っているんだ、ダンタリウス先生。相手が何を言おうと、その真偽なんて分からないんだから、会った事もない人間の話なんて真に受けないよ。ただ自分達が正しいと思うことをやれば良いんじゃないの?その結果として預言者と同じ行動をして失敗しても、それは仕方ないじゃないか」
ルーシュは何でこんな当たり前の事に悩むのか理解できないという顔で不思議そうにしていた。だがそんなルーシュの言葉にダンタリウスは過去の主の姿を重ねてしまう。シャイターンはそうやって皆を導いていた。自分が神であろうと失敗した存在であろうと、最善をただ尽くすのみだと眷属たちに語りかけてきた。
1000年の時を経て、まさか子供に言い聞かされるとは思いもしなかった。シャイターンの転生だと書いてある手紙が、まるで真実実を帯びさせるように。
「仰せのままに」
ダンタリウスは、ただ頷き跪くだけしか出来なかった。ルーシュこそが自身の仕えるべき主なのだと思い出させてくれる言葉をくれたからだ。
「もう、大袈裟だなぁ。それはそれとして、僕はアップルパイ増産計画を考えていたんだよ。銀の林檎の種を埋めて、もっと林檎を増やせば、さらにそれを収穫して、一石二鳥だと。見ててねー」
ルーシュは台所に向かって行き、銀の林檎を1つ手に取ると、林檎を床において光の魔法をかけようとする。
レナはそこで気づき、慌ててルーシュを止めようとする。
「って、ちょ、ルーシュ様。ここは…」
ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ
ここはただの一軒家である。そんな所に光の魔法を使って種から木へと育てようとするものなら…当然樹が家を貫くのは当然の帰結といえるだろう。
床を貫いて根っこが地面を伝い、天井を貫いて2階に生える枝には銀の林檎がなっていた。
「あれ?」
「ここでそれをしたら家がぶっ壊れるに決まってるんじゃないですか!っていうか、普通は、魔法1つで種から木に実を付けさせたりしませんよ!どんだけバカ魔法なんですか!アホですか!ちょっと見直したと思ったら、すぐさまにこれですか!感動を返してください!」
ダンタリウスは怒鳴り散らすのだが、ルーシュもまさか家が壊れるとは思って無かったので唖然としていた。
「そうはいわれても…」
「仕方ないよ、ダンタリウス先生。ルーシュは基本的に単細胞だから」
レナの言葉にダンタリウスは納得して項垂れるしかなかった。
「おーい、水の精霊さんと土の精霊さん」
ルーシュは声を掛けると木の根元から水色の小人と茶色の土竜みたいな精霊が1体ずつ現われる。
「この木の面倒をお願いね。君は枯れない程度に水をあげて、君は栄養を他の土から分けてあげてね」
ルーシュは精霊達にそれぞれ指を差してお願いすると、精霊達は嬉しそうにルーシュと指を合わせて喜び合い、そして嬉しそうに木の幹の方へと消えていく。
「取り敢えず、これで何の面倒も無く木は維持するでしょ。銀の林檎をたくさん売って、お金を作れば弁償できるかなぁ」
もはや文句を言う気力も失せたダンタリウスとレナが溜息をついてルーシュの言葉に頷くしかなかった。ミレドは状況そのものを理解出来て無かった。
「……ところで、今度から魔法を使うときは相談してください。ルーシュ様の魔法が強力すぎて、我々の想像の埒外の事が起こりすぎです」
「えー、精霊魔法じゃなければ良いんじゃないの?」
「光の魔法や闇の魔法もです。どれだけご近所に迷惑をかけようとしているんですか。この地上では、人助け以外の魔法禁止」
「がーん」
ダンタリウスに言われてルーシュはショックを受ける。そしてとぼとぼと手帳を広げて禁止事項を書き始める。
『地上では人助け以外の魔法禁止』




