マリエッタ
「勇者様!」
ルーシュよりも明らかに年齢層の低い幼女は、嬉しそうにクロードの胴体に抱きついた。というよりは頭で鳩尾を頭突きした。クロードはやはり痛かったようであるが、少女の手前、我慢している。
「ゆーしゃ?」
ルーシュは知っていたもののついついクロードを見て復唱してしまう。だがクロードは周りを見て、慌ててルーシュと幼女の口を手で塞ぐ。
「しーっ!やめてよ!そういうのは!違うって言ってるでしょ!」
クロードは口元に指を当てて2人に対して黙る様に本気で訴える。
「でも勇者様は勇者なのです」
修道服を着た幼女は両手を組んで祈るようにクロードを見上げる。そしてうるうると涙目になる。
「だ、だから…わ、わかったよ。でも勇者様なんて言わないでよ!だ、誰も聞いてないよね?」
クロードは周りを見渡して少し注目を浴びているのを気にする。とはいえ、勇者に関してはあまり気にしていないの様子なので、ホッとしたように胸を撫で下ろす。
「勇者?」
ルーシュは取り敢えず確認を取るのだが、クロードは首をブンブンと横に振る。若干恐れているようにも見える。
「勇者じゃないよ!」
クロードの言葉に再び修道女が泣きそうになる。如何すれば良いのか分からず、クロードはうろたえてしまっていた。
「と、とにかく、どこか話せる場所は…」
クロードは困り果てていると、教会の入り口の前に1人の修道女現れて、苦笑する様にしてクロードを手で招く。
クロードとルーシュと2頭の子狼は修道女に導かれるようにラフィーラ教の教会へと入る。
この世界には神聖教団とラフィーラ教の教会が存在しており、実際にこの街にも神聖教団の教会も存在している。だが、ラフィーラ教区内であるピドの街で最も大きい教会はこのラフィーラ教の教会である。
「すいませんね、クロードさん」
迎えてくれた修道女は、申し訳なさそうに頭を下げる。茶色い髪をした細身の中年女性である。
「いえ、仕方ありません。彼女は…。ただ、その…さすがにその呼び名を大きい声で呼ばれてしまうと…」
「マリー、ダメでしょう?勇者様を困らせては」
「でもぉ」
少女を叱る中年の修道女と叱られても不満そうにする幼女がいた。ルーシュは話がサッパリ分からないのだが、やはりクロードは勇者だったらしい。
「でも、勇者……って事は、あれか!先日、僕らの家を荒らしていった盗賊でもあるんだよね?」
「だあああああああっ!ち、違うってば!凄い誤解だよ!」
ルーシュはこの町に着て早々に家が勇者に荒らされていた事を思い出す。
「多分それは人違いだと思います」
中年修道女が指摘する。
「違うの?でも勇者でしょ?」
ルーシュは不思議そうに首を傾げる。ハティもスコールモ不思議そうに首を傾げる。
「クロード様はラフィーラ教で預言された勇者ですが、その存在は今のところ一部にしか伝えられてません。勇者というのは恐らく神聖教団の勇者でしょう。彼らは魔物討伐の為にあらゆる権限を与えられており、他人の家に入って物を奪って行っても許される存在なのです」
「何その神聖教団公認の泥棒って。泥棒OK的な宗教なの?」
「さあ、あの教団のことは私もよく分かりませんので」
修道女は肩を竦めて首を横に振る。色々と思うところはあるのだろうが、口に出すと侮辱に当たるのだろうなとルーシュも理解する。
クロードも誤解が解けた様子に胸を撫で下ろして、それぞれに紹介をする事にする。
「こちらの修道女さんはアマンドさん。この町に最近派遣された教会のまとめ役をしている人。こっちの小さい子がマリエッタ。ラフィーラ教の中央から派遣されてきた修道女らしい。こっちはその前に一緒に冒険をしたルーシュっていう魔族の友達だよ」
クロードは一通り説明する。
「そしてこの子達は黄金の狼ハティと白銀の狼スコール!」
「「わうーん」」
2頭はルーシュの両肩にのって、何やら決めポーズをする。
「賢いのですね」
「賢いだけじゃないんですけどね…」
修道女は感心するようにハティとスコールを眺めるのだが、クロードはその本性を知っているだけに素直に可愛いと眺めることはできない。
「わんちゃん」
マリエッタと紹介された幼女は手をハティに差し伸べる。だがハティはプイッとそっぽ向く。
「ごめん、この子達、僕以外に懐かないから」
「うー」
マリエッタは恨めしそうにルーシュを見上げる。
「ところで…何でクロードが勇者なの?」
ルーシュはアマンドの方を見て訊ねる。アマンドは落ち着いた女性らしい柔らかい微笑を見せて頷き、説明を始める。
「実は…それこそがマリーの仕事なのです」
アマンドはチラリとマリエッタを見る。
小さいマリエッタはクロードの手にしがみつきながら、右手をハティのほうへ差し出しているのだが、ハティはツーンとそっぽ向いたままルーシュの肩の上から降りようともしない。
「マリーはラフィーラ教本部のあるこのイヴェール王国の大貴族メルクール家の末っ子なのですが、預言者様の遣いとしてこちらのほうに来たのです。勇者に仕えるために」
「勇者」
ルーシュはクロードを見るのだが、クロードはブンブンと首を振る。
どうやらクロードはよほど勇者にはなりたくないらしい。だがそもそもその預言者様が言ったからこそルーシュもここにいるのだ。否定されてしまうと困ってしまう。
「というかね、勇者なんて何の権威もないし、街でそんな事を言われたら勇者詐称罪として逮捕されかねないよ!言ったでしょ?勇者は他人の家に押し入っても許されちゃうんだから!このラフィーラ教区内で行ってしまえば暴力を振るう盗賊の代名詞みたいなものじゃないか!」
「ああ、そうか。勇者じゃない人が押し入ったら犯罪。ようするに勇者の偽者は犯罪者予備軍」
ルーシュは納得とばかりに手を打つ。
「ラフィーラ教区内ではあるけど、神聖教も広まっている。なので間違っても勇者だなんていわないでよ。大体、僕は魔王を倒したりそんな大それた冒険をするつもりは無いんだから」
クロードはブンブンと手を振って否定する。
言われてみれば、ルーシュもその事実を思い出す。ダンタリウスに言われた事だ。勇者と言われても何の益もないし、戦う相手もいないのに、何故に勇者なのかと。当人も困惑して勇者である事を隠しているという。
「てっきりウチの集落の叔父さんでも倒しに来るのかと」
「魔族の長で魔王って事?何もしてない無害な魔族をいじめるのはもはや犯罪者だよね!?」
「だよね」
ルーシュは取り敢えずクロードが本当に何も分かってない人間なのだとはっきりとした確証を得て頷く。腹芸が出来るような男じゃないのは短い付き合いでも分かってしまった。自分同様に、世間知らずな田舎出身の少年なのである。
「でも私を助けてくれた勇者様には違いないのです」
マリエッタはピョンピョンと飛び跳ねて訴える。
「そうなの?」
ルーシュはマリエッタに尋ねてみると、マリエッタは子犬2頭に懐かれているルーシュを羨ましそうに見上げながらコクリと頷く。
「預言者様は言ってました。冒険者の町ピドに行って勇者様の神官になりなさい、と」
「ほうほう」
「勇者様は貴女が困った時に必ず助けてくれるヒーローなのです、と」
「へー」
「私はさっぱり分からなかったのですが、たくさんの護衛の方々をつれて王都からピドの村に向かいました。そしたらモンスターに襲われてしまったのです」
「モンスターに?」
「はい。そうしたら黒い馬に乗った勇者様が颯爽と現れて、モンスターを倒して助けてくれたのです。だからきっとこの人が勇者様に違いないと」
「いい加減だなぁ…」
「ですけど、預言者様は小さい頃から何でもかんでもお見通しなのです。学校に行くときも、朝食の時に忠告を貰うのですが、忠告を忘れて遊んでいると、うっかり失敗という事がよくありました」
「それは預言者じゃなくてもうっかりやらかすんじゃ…。って、預言者様って随分偉い人だって聞いてたけど、何でそんなにアットホームな感じなの?」
ルーシュは驚くようにして目を白黒させる。
そこをフォローするように説明をするのはアマンドであった。
「実は、マリーは幼い頃にメルクール家の使用人から生まれたそうなのですが、母親が亡くなってしまい、養護施設に預けられたそうなのです。そんな所で、預言者様が引き取って育てたそうです」
だが、それではまるで、勇者の従者を育てる為に引き取ったようにも聞こえる。マリエッタにそれ程の価値があるのかと、ルーシュは不思議に思う。正直に言えば、魔族ならば魔力の強さで才能を測れるが、それ以外の能力者のはかり方を知らないので、マリーを見ても何がどう優れているかは分からなかった。
「彼女はマリエッタ・R・メルクールという名ですが、Rは預言者様の遣いであるという証で、王国では最上級貴族と同じ扱いを受ける事になります。なので慌ててメルクール家は再び家に迎え入れようとしているらしいです」
「なんだか自分勝手だなぁ」
ルーシュは貴族メルクール家とやらが余りにも都合よい振る舞いに呆れてしまう。
「本人の身分証明書の保証人として預言者様の証明であり、ラフィーラ様の保証を受けるRの文字が入っているので、少なくともラフィーラ教区内では優遇される筈です。悪者を倒しても逆に悪者扱いされるようなことは無いでしょう」
「へー、偉いんだー」
マリエッタという幼女はどうやらかなり偉い身分のようだ。
ルーシュは自分がバエラス家の主であると身分証を見せたら、自分のところの領土の人間に『バエラス詐欺』として鼻で笑われたことを思い出し悲しくなる。
「とは言っても、ラフィーラ教は全ての民に平等の愛をというのが教えなので、別に偉くは無いのですよ?」
「でも、私はかつてのイザベラ様のように勇者様に仕えよと預言者様に言われたのです。勇者様の従者なのです!なんだか偉そうでしょ?」
ピョンピョン飛び跳ねるマリエッタ。
「イザベラ?」
ルーシュは幼馴染の母親の名前を思い出す。レナからよく聞かされた亡くなった大好きなお母さんの話である。そもそもルーシュの母親はレナの母親と親友だったらしい。レナを実の子供以上に可愛がっていた。いや、むしろ実の息子を蔑ろにしていた。
「じゃあ、クロードはラフィーラ教の勇者だってのは間違いないのかぁ」
とルーシュはぼやくと、そこで、ハタとマリエッタはルーシュを見る。
「そうだ!そっちのお兄ちゃんにお手紙があるの!」
「僕に?」
初対面の少女にいきなり手紙と呼ばれて首を傾げる。
「ま、まさかの一目ぼれ?ラブレターとか?でもさすがにウチの妹と同列の幼女は…」
「何を言っているの?」
マリエッタは袖の下から封筒を取り出す。
「?……えーと…これは?」
「さあ。預言者様がね、勇者様と一緒に歩いている魔族の子供がいたら渡してあげてねって言ってたから」
「まさか、手品師じゃあるまいし、僕の引いたカードは何々ですとか書かれているのかな?」
マリエッタから封筒と受け取ったルーシュは半ば呆れながら手紙を取り出す。手紙は2枚入っていた。
首を傾げるクロードとマリエッタだが、アマンドだけはそんな手品も王都で見たなあと心の中で呟く。
だがルーシュはその手紙をみて一瞬で青褪める。何度も瞬きをして首を横に振り、ゴシゴシと目を擦る。そして、再び首を横に振ってから、鼻で笑いつつ、二枚目をめくる。
「ぎゃあっ!」
ルーシュは涙目になって悲鳴を上げながら手紙を握りつぶす。
「な、何が書いてあったの?」
クロードは驚いたようにルーシュを見る。ルーシュは涙目のまま恐怖に震えてクロードを見上げる。
「きっとこの預言者は悪魔か何かに違いない」
ルーシュは断定したように恐れおののき口にする。
「ラフィーラ教会における聖人なのだけど…」
「何で?どうして?おかしいよ!」
ルーシュはチラリとマリエッタを見る。
「気持ちは分かるのです。預言者様は凄いのです」
手紙の内容は知らなくても、マリエッタは長らく預言者と暮らしていたので、現在ルーシュが恐慌状態になっている理由を何となく察しているようだった。
「何で僕の事を知ってるの?未来予知というより、小さい頃から監視されていた気分だよ?」
「預言者様はラフィーラ様から不思議な力を授かったと言われるハイエルフで、とってもとっても優しいのです。たまにお菓子を焼いてくれるのです」
「普通にアットホームな人だ」
マリエッタが自慢するように語ると、ルーシュは何となくルシフォーン3世を思い出す。彼も魔王といわれながら普通に家事をこなす優しいお父さんだ。そもそもルーシュに家事を教えたのはルシフォーン三世と奥方であるアイリーンである。
「なので、今度は私も一緒に冒険したいのです。役に立ちます。精霊術も光の魔法も使えるのです!」
マリエッタはピョンピョン飛び跳ねてクロードに訴える。だが…クロードは渋い顔をする。
「さすがに…子供は…」
クロードの言葉にマリエッタはしょぼんとする。
「クロード様」
「?」
そんな折、アマンドがクロードに対して諌めるような口調で口出しをしてくる。
「預言者様は勇者様の従者神官としてマリーを指名してますし、危険があるとは思えません。何より…マリーは人間ではありますがハイエルフに匹敵する高度な精霊術を保持してますし、経験を積めればとても役に立つでしょう。預言者様はこれから起こる未来を見渡す力がありますので、可愛い娘同然のマリーをみすみす死地へ送るとは思えません」
「むう。とは言っても…。まあ、考えておきます。というか、勇者になる気なんてこれっぽちもないのですが…」
「ですよねー」
クロードの言葉に、アマンドは苦笑して追従する。そもそもクロードは勇者になる気が無いのが一番の問題なのである。
「ふむ」
ルーシュは手紙を道具袋に押し込むと、マリエッタを改めてよく見る。
マリエッタは不意に視線を変な方向へ向ける。人間でも何もないものだ。ルーシュはそれで気付いてしまう。マリエッタはかなり特殊な存在であると。
「あのさあ、マリエッタさん?」
ルーシュは自分の気づいたことを訊ねようと、マリエッタに話しかける。
「?…マリーでいいのです、魔族のお兄さん」
「じゃあ、僕もルーシュで良いよ。あのさ、もしかしたらだけど、マリーは風の精霊が見えてるんじゃないのかなって?」
「!」
ルーシュの質問にその場で全員が絶句する。精霊を見る事が出来る存在なんて聞いた事が無かったからだ。
「えと………で、でも、それは預言者様に見えるなんてほかの人に言ったらダメだよって言われたし。他の人にも気味悪がられてたし、嘘つきだって言われたし。だから見えないのです」
「あ、やっぱりそうなのか。んー、じゃあ、こいつと話せたり出来ないの?」
ルーシュは空中にいる風の精霊を摘んでマリエッタの前に突き出して尋ねる。
同時にマリエッタはギョッとする。
一方で、クロードとアマンドは不思議そうにしていた。ルーシュが空中にいる虫か何か摘んだような様子をするのだが、手には何も持っていないからだ。
そして、ルーシュの行動で驚くというのは、ようするに風の精霊が見えているという証拠でもある。
「も、もしかしてルーシュお兄さんは見えるのですか?」
恐る恐るマリエッタは尋ねる。
「というか、僕の場合、風の精霊だけじゃないんだよね。魔神シャイターンの血を引いているって話だから、その所為だとは皆に言われてたけど」
ルーシュは正直に話す。それは預言者からの手紙を見るに、王都にいるという預言者とやらに聞いてしまえば何から何までこちらの事情を話されてしまうからだ。ならば多少の話を漏らしても構うまいと腹を括ってしまう。
「魔神の子孫って本当?」
少しクロードは驚きを露にする。
「んー、先祖に200年前の魔王がいるって聞いてるけど。魔王は魔神シャイターンの子孫だって言うから多分そうだよ。真実は闇だけど。さすがに僕はその頃まで生きてないし」
「そりゃそうでしょ。魔王の子孫は聞かないけど、地上でなくなったって言うバエラスを名乗る人はたくさんいるし」
クロードのぼやきにルーシュは引き攣ってしまう。まさか親族がいるのかっていう驚きなのだが、さすがにそれは言えない。預言者の手紙がショッキングすぎて情報の選別ができないでいた。
ルーシュは風の精霊をほいとマリエッタに渡す。マリエッタはそれを受け取り嬉しそうにする。
「クロード、預言者様って人は信用できるかはともかく彼女は力にはなると思うよ。どの程度かも僕は分からないけど…風の精霊が見えるって事は風の精霊を使役できる、つまり風の支配者って事を意味するのだから」
ルーシュの提案にクロードは困った顔を見せる。
確かにこのような幼女を冒険に連れ歩くのは不安な気がする。そもそも能力があるならクロードに助けられる事もなかっただろう。
「まあ、その内ね?」
クロードはポンポンとマリエッタの頭を撫でると、マリエッタは嬉しそうにはにかむ。




