勇者様
ルーシュはアップルパイを買った後、フラリと散歩してから家に帰ろうとする。
すると、武器屋の目の前で剣を見てにらめっこをしている男がいた。勇者クロードである。
「クロードだー。やっほー」
ルーシュはもはや自分が勇者の諜報員である事を半ば忘れて、友人に声をかける。仮にも諜報員のはずであるが、当人はあまり関係なく振舞っていた。
「やあ、ルーシュ。どうしたの?」
「銀のリンゴを食べる方法を探すべく、おいしそうなリンゴの調理方法を見て回ってたんだ」
クロードは武器屋から目を離してルーシュの歩く方向へそのまま一緒に歩き出す。ルーシュは別に行き先等無かったので、それにしたがって隣を歩く。
クロードは歩きながらも、ルーシュのもってる紙袋の中に入っているパイ生地の食べものを見て少し懐かしそうな顔をする。
「アップルパイかぁ。懐かしいなぁ」
「食べた事あるの?」
「裏手の山がリンゴ園で、よくお裾分けしてもらってたんだ。まあ、僕としてはちょっと甘すぎるけど。シナモンの香りが格別でねぇ」
「シナモン?あのピリピリした奴?」
シナモンもまた嗜好品である。ルーシュの知る限りでは、グランクラブのどこかで作られている香辛料だったと認識している。いい香りがするのだが、ペロリとなめると舌が痺れるので、ルーシュはそこまで好みではなかった。
「匂い付けにちょっと粉末を振るだけだよ」
「ふーん、覚えておこう。頭を吹き飛ばされると記憶が飛んじゃうからメモにして…」
「頭が吹き飛んだら死ぬよ!」
ルーシュのボケボケに対してクロードは随分と慣れてきて、即座に突っ込みを入れる。
「ところで何を見てたの?」
「いやー、やっぱり強いモンスターと戦うには良い盾が欲しいなぁと思って。まあ、あと鎧と、長い剣とか、色々。強くならなきゃ…。少なくともそこの子達より!」
金と銀の狼の子供を指さして訴える。
ルーシュはツツツと背筋に冷たいものを感じる。そして1つの考えが過ぎってしまう。やはりクロードは勇者なのだ、と。
この可愛らしい2頭は暗黒世界でもトップ10に入る猛者である。ルーシュ的にその愛らしさは暗黒世界のツートップであるのだが。その2頭を倒せる力を手に入れると言う事は、すなわち魔王を打倒できるレベルだ。無論、魔王はハティやスコールと違ってほぼ天井知らずの魔力を持っているので戦って勝利出来ても殺すことは不可能と思われるが。
「くーん」
ハティは目を潤ませて訴える。
「いや、君達におんぶにだっこでクエストをクリアさせてもらったみたいで格好悪いからね。別に君達と戦おうとかそういう事じゃないよ」
慌ててクロードは両手を振って否定する。
ルーシュは額の汗をぬぐいながらクロードを見る。だがスコールはクイクイと前脚をこまねく。いつでもやってやるぜといった意気込みを表したつもりのようだが、どう見ても甘える子犬にしか見えなかった。
「そういえば……クロードの周りって、精霊とかがこれっぽちも感じないんだけど」
ルーシュはクロードを見て不思議に思う。冒険の時もあまり気にしていなかったが、クロードといると魔物の出てくる確率が多すぎた。まるで自分の魔力の波動が、薄まってしまった為にモンスターが近付いたかのように感じていた。そして街で出会ってクロードの周りだけ特別精霊が感じないので質問をぶつけてみた。
クロードはウッと呻いて口を噤む。
ルーシュは精霊を見ることが出来る。精霊術の使い手であるエルフであっても、精霊の気配は感じても見る事が出来ないので、ルーシュはかなり特殊なのである。精霊は、世界中に埋め尽くされているように存在し、彼らは自分の好き勝手に動いている。だがそんな彼らはクロードの発している魔力に対しては避けるように走り回っていた。
「小さい頃からね、魔法の才能が全く無いらしいんだよ。近所に住んでた魔族のおじさんに基礎からたくさん教わってたけど、さっぱりだった。まあ、牧場の跡取りだったし、モンスターなんかに羊や牛が襲われたら戦わないといけないから、狩りとかは大人達に連れて行ってもらったりしたけど」
「…」
魔法の才能などあるはずもない。精霊がさけるのだから、精霊の力を借り受ける四大要素の魔法を使うには、よほどの技術が必要になる。まるで周りの魔力がクロードの魔力に反発しているような流れをとっている。ルーシュもこういう例は初めてなので驚きだった。
精霊や魔力が何故かよってくるルーシュとは真逆の存在だった。
「まあ、魔法は苦手な人とかもいるし。僕も魔法がヘタクソだから、母上に『精霊魔法の禁止』って言われちゃったし」
とルーシュは答える。
「精霊魔法?」
「ん?ああ、こっちはどういう風に魔法を行っているのか知らないけど、僕の地元では火、水、風、土の4種類の魔法を要素魔法とか精霊魔法って呼ぶんだ」
「へー、僕らは火、水、風、土、聖、氷、木それに雷の8つの属性魔法があるって教わったけど」
魔法は土地や種族によっても異なる魔法理論があるので、はっきりとした答えがない。
「雷の精霊なんているのかな?そもそも使い手だってほとんどいないでしょ?」
ルーシュは幼い頃、どうしても精霊が4種類しか見つからなかったので不思議に思って雷の精霊を見るべく、空を飛んで雷雲をくまなく探したものだ。火の精霊ばかりが目に付いて、雷の精霊は見つからなかった。ただ、自分には見えなかっただけなのかもしれないとは思っているが。
「まあ、確かに魔法の奥義でもある精霊召喚は火、水、風、土の4系統しか開発されていないから、そういう風に呼ばれてしまうのかもね」
「逆に、光系統なんてたくさんだけどね。光系統は生物を元気にさせるエネルギーを分けて、操る力だから。植物を操ったり育てたりするのも光系魔法なんだよ、僕らの理論では」
「へー。植物を操るのは木系魔法じゃないのかな?エルフ達は、木の精霊とか口にするのを耳にした事があったけど」
「まあ、色んな理論の先生がたくさんいたから、僕は辛うじて覚えてる先生の授業の事だからなぁ」
「そんなに魔族の集落に人がたくさんいたの?」
「んー、たくさんいる集落だったから。人里下りるまで、他種族に会った事無かったし。犬耳の人良いよね。自分の耳の毛並みを撫でて幸せになれるなんて」
ルーシュはあくまでも犬好きのスタンスを変えない当たりが、クロードは苦笑してしまう。
「僕の集落には魔族もエルフも獣人も皆普通に暮らしてたからなぁ。外の世界は迫害されたり大変だからって外には出たがらなかったんだよ」
「へー」
「北の大陸のラフィーラ教区画だったからなんだろうけど」
「ラフィーラきょうくかく?」
「僕らの住む北の大陸は元々ラフィーラ教信仰だったんだけど、随分昔に東の大陸にある帝国と戦争があって、一番豊かな南東地区を切り取られちゃってるんだよ」
クロードは世間知らずなルーシュに歴史の事を教えてくれる。
ルーシュは親切だなぁと思う一方で『切り取られた』という言葉を本当に切り取ったと思っていた。決して人間にそんな恐ろしいまねは出来ないのだが。
「そういう事で、北の大陸の東部は神聖教団を信仰している人間も多いんだ。神聖教団は魔族を迫害するから、実質、奴隷以外の魔族は北の大陸の西部でしか人間と同じ集落に住んでないんだよ。って、まあ、先生の受け売りだけど」
「先生?ああ、そっかー、クロードは学校にいたんだよね。ふーむ、どうでも良いとは思っていたけど、こうして外に出て何でこんな変な事がまかり通るのだろう思ったりすると、やっぱり歴史って必要なんだねぇ。昔の事なんてどうでも良いじゃんって思ってたけど。なんて傲慢だったのだろう」
ルーシュが自分の適当な生き方を反省する。
歴史なんて覚えたって食事をするのに困ることは無い。ルーシュの母は厳しくしつけるだけで、その理由を教えてくれなかったし、ルーシュの父は息子に興味があるのか無いのか当人が適当な人間なのでどうでも良いとばかりに肯定していた。
「僕の集落はそれこそ全ての種族がいたからね。学校も差別とか無かったし。先生も魔族もエルフもいたし、狩りに出かける時だって、皆で協力してた。獣人族は身体能力が高いから、狩りの時は凄く頼りになるし、エルフは山奥や林の中でも不思議と迷わないし探し物を探すのが得意だったし、魔族は魔法が上手いから援護も上手だし。人間をリーダーにして皆で協力してって感じだね。やっぱり神話にもあるように人間が一番頭が回る人が多かったかな?」
「…クロードもリーダーだったの?」
ルーシュも自分とクロードのどちらがリーダーに向いているかと聞かれたらクロードの方が頼りになるだろうと思ってしまう。そもそもルーシュは無計画でも生きていけてしまうから頭を使う必要性を感じたりしなかったのだ。その所為か、最近は色々と知恵が欲しいなぁと思っていた。
「まさか。僕は牧場の家の子だよ。狩をするのは自警団の団長で、男達はいつでも戦えるように狩りに連れて行かれて戦いを覚えるんだ。まあ、牧場って言っても家畜の世話をして、家畜を狙うモンスターから守るのが仕事だからね」
「家畜…ああ、あれだ。ぐへへへ、ひき肉にしてやるぜって奴?」
「何でそんなにえげつない発想をするの!確かに食肉の牧場もあるらしいけど、ウチは家畜を殺さないよ!牛や馬や羊、牛乳を出して、軍馬を育てて傭兵やハンター達に売って、羊達から毛を刈って羊毛として売るんだ」
「じゃあ、あの黒い馬もそうなの?」
「そうだよ。ウチの中でも期待されてたんだけどね。あれだけ大きくて立派な馬なら王都に高値で売れるんじゃないかって。大きくなったらプレーヌ平野にでて売ろうって大人達は計画してたんだ」
「へー」
ルーシュは相槌を打ちながら少しだけ首を傾げる。クロードと出会ってから話してみて、クロードは何故か実家の話をする時は過去形が多いのだ。
2人は歩きながら進む。とはいえルーシュはクロードについて行ってるだけなので、目的は特に無い。
「そういえばルーシュはどこに行くの?」
案の定訊ねられてしまう。
「さあ、何となく散歩してたら、そのままクロードと出会って、付いて行っちゃっただけなんだけど」
「冒険者の館に行く積もりだけどルーシュも来る?」
「おおー、良いね、冒険。って、勝手に家を空けたら皆に怒られるから、まあクエストとか見てこよう」
ルーシュはクロードについて一緒に冒険者の館へ向かう事にする。
2人は冒険者の館に辿り着くと張り紙を見て目を細める。
「やっぱりめぼしいのはないかぁ。ここ数日、モンスターがへってるらしいんだ」
「ああ…」
「ここら辺で何か大きい災害でも怒る前触れなのではないかって言われてる。こういう時に野生の生物やモンスター達は大移動をするらしいから」
深刻そうにぼやくクロードなのだが、恐らくルーシュは犯人が自分である事をなんとなく理解する。正確には自分とハティとスコールの三者だ。強力な魔力を持つ存在がいるとモンスターは近付かない。過去に人間は、『魔族がモンスターを使役している』とされたのも、魔力の高い魔族にモンスターが逆らわず逃げるからである。実際には単純に魔力の高い魔公を恐れていただけなのだが。
「北には大きい火山もあるし、噴火の予兆だろうかって声もある」
クロードの言葉にルーシュは遠い目をする。視線の先にはクエストに『火山調査』というものも確かにある。火山近隣の領主から出ている依頼である。
(まさか僕が火山と同レベルで扱われる日が来るとは思わなかったなぁ)
ルーシュは悲しくなってくる。その気持ちを察したハティとスコールは二頭ともルーシュの肩によじ登りペロペロと両方の頬をなめて励ましてくれる。
クロードは何やらクエストを手にしてそのままルーシュに声をかけて外に出て行くので、ルーシュも一緒に付いて行く事にする。何か良いクエストを見つけたようだった。
「何を見つけたの?」
先を歩くクロードについていくルーシュは町の中を歩きながら訊ねる。
「ん?ああ、モンスターが少なくなると人間が犯罪も増えるんだよ。盗賊退治とかがあるからそっちに行こうかなって」
「何でモンスターが少なくなると人間が犯罪するの?襲われなくて幸せじゃないの?」
「モンスターがいなくなると活動しやすくなるでしょ?そうすると商人は今が稼ぎ時だと馬車なんかがたくさん出るんだ。そうすると盗賊たちもそこを襲う」
「なるほど。っていうか、モンスターに費やしてた力を余ったら人間に費やすって、折角なら違うことをすればいいのに。他人を襲ったって、恨みしか買わないのに。皆仲良く出来ないのかなぁ」
ルーシュは呆れるようにぼやく。
「皆ルーシュみたいに平和主義なら良いんだけどね。でも、まあ、盗賊だって少なくとも好きでやってる人は少ないよ。でも人を殺すような盗賊は捕えないとね」
「盗賊って職業じゃないの?」
「いやいやいやいや、意外と農家とかが食い詰めて山に篭って人里を襲うだけだった事の方が多いね」
「他の町に移ってやり直せば良いのに」
「それこそ移民なんて領主が許さないよ」
「…ああ」
ルーシュはここが暗黒世界と違うのだと思い出す。
暗黒世界は居住の自由があり、好きな領主を選べる。領主は多くの民を持つ事で力を得る。だが人間の世界はそうじゃない。
「土地から出れず、食べていけないんじゃどうするの?」
「だから盗賊するんだよ」
「……なんだか世知辛いんだねぇ、この辺は」
「この辺はまだマシだよ。ウチの方なんて田舎過ぎて領主さえ見たこと無かったし。王国の管轄の外にある辺境なんてもっと酷いからね」
「そっかぁ」
2人と2頭で街を歩いていると、大きい教会の前に差し掛かる。ラフィーラ教の教会は真っ白い壁に六<ヘキサグラム>の形をした紋様があちこちにある。教会の屋根の頭についているのもこの形だ。ルーシュが聞いた話では、何でも太陽を模しているらしいというのがダンタリウスの説明だった。ダンタリウスは200年間、地上と暗黒世界を行ったり来たりしているだけあって、地上のことは結構詳しかった。
(それにして…本当にクロードが勇者なのだろうか?魔族と同じ集落で一緒に暮らしていたのだし、特定の種族とかに喧嘩を売るような子じゃないんだけどなぁ)
ルーシュはクロードが実は勇者ではないのではないか、そう思いつつあった。とても良い人である。叔父(魔王)とも仲良くなれそうだ。魔王と仲良くする勇者ではちょっと話が変わってしまうという思いがもたげる。
すると教会から1人の幼女が大きい音を立てて扉を開けて現れる。白い修道服を身に纏う緑の瞳と緑の髪を持つ少女だ。
幼女は両手を広げて嬉しそうに喜びクロードのほうへと駆け寄る。
「勇者様!」
そんな想いとは裏腹に幼女はクロードに抱きつき「勇者様」を連呼する。




