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勇者諜報員(仮)の黙示録  作者:
第1章 勇者誕生
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魔王城到着

 ルーシュとレナの2人が魔王城の前に着くと、そこには見上げてしまうほど巨大な城門が聳え立っていた。

 空を飛んできているので、飛び越えても良かったのだが、門を潜って入る決まりがあるので、2人は面倒くさいながらも城門の前に降り立つ。

 城門の前には巨大な犬が立ちはだかっていた。

 体長は10m程度、巨大な城門を塞ぐように四本足で立っており、その頭は3つもついている。犬の名前はケルベロス。地獄の番犬として暗黒世界の魔族からも恐れられる凶暴な魔狼である。

「ケルちゃんだー。ほーら、よしよし」

 ルーシュは嬉しそうに手を出すと、ケルベロス達は3つの首を差し出し喉をなでてもらう。

「うはははは、可愛いやつめ」

「っていうか、ルーシュはよくそんな危険生物に近づけるね…」

 レナは少し距離を取ってルーシュに訴える。

「えー、危険じゃないよ。このモフモフ感のすばらしさが分からないかなあ」

 ルーシュは3つの首の根元にぶら下がるように抱きしめて毛並みを堪能しながらレナを見て訴える。

 レナの目はかなり冷たかった。


 200年前、魔王城へ向かう人間の軍隊を悉く駆逐した番犬の子孫である。高位の魔公貴族さえも越える力を持ったモンスターは非常に稀有だ。その数少ないモンスターの中で唯一、魔王家によって飼いならされているのが、この多頭狼族とも呼ばれる強大な狼である。

 だが、仰向けになって、ルーシュにお腹を撫でられて、目を細めて喜んでいる様は、もはや多頭狼族の頂点に立つ威厳を失った情けない犬コロにしか見えなかった。


 それでもレナは近寄らない。このケルベロスという生き物は並の魔公貴族を簡単に食い散らかす能力があり、魔王一族以外には決して懐かないモンスターである。

 ルーシュは一応、魔王一族にして第二王位継承者なのでケルベロスは従順である。


 ルーシュはケルベロスと戯れ終えると、顔をきりりと締めて魔王城を見上げる。

「じゃあ、そろそろ魔王様の所に行こうか」

「一体、どれだけケルベロスを撫でるの。余裕のあった時間がギリギリになってるよ」

「ふふふふふ、犬の毛並みは世界を制するからね」

 決して犬の毛並みは世界を制したりはしないのだが、ルーシュは犬が大好きである。または大の犬好きである。

「早く行こうよ。今度からはケルベロスと戯れるの駄目だからね」

「レナ、……ぼ、僕にケルちゃんとのコミュニケーションを削って魔王様風情と早めに会いに行けと?」

 ガクガクブルブルと犬禁断症状でも出したかのように恐怖で震えるルーシュ。

 レナは呆れたように溜息を吐く。

 魔王様風情呼ばわりが出来る魔族はルーシュだけである。何せルーシュは生まれて直に親元から離れて魔王に育てられたのだ。ルーシュにとって魔王は気のいいお兄ちゃんか父親代理程度の認識しかない。


 2人は要塞の如き石造りの魔王城の正門から入ると、歩いて魔王城の中へと入っていく。壁には魔法による照明がならび、城の中は比較的明るい。

「どうせ時間潰すなら異次元図書館でも良いのに」

 レナは犬より本が好き。その為、無駄な知識をたくさん持っている。

 異次元図書館、魔王城の最下層にある扉から繋がっている、どこの時代のどこの世界のものかも分からない、見た事もない文字や絵が入った本が無限に置いてある図書館で、永遠に続く螺旋回廊には大量に本が貯蔵されている。

 魔王城でも魔王一族しか開く事が出来ない開かずの扉の奥にあり、異次元の門の奥にある場所である。その為、レナはよくルーシュと一緒に図書館に出入りをしていた。



 ルーシュとレナは魔王城を歩いて頂上にある魔王の間へと向かう。

 魔王城は勇者達を苦しめた過酷な罠が待ち受ける大迷宮なのだが、空を飛べる魔公貴族からすると、非常に単純である。最初の巨大な吹き抜けになっている部屋、そこで空を飛んで最上階まで登ると、何の罠もない普通の道を真っ直ぐ進むだけになる。


 魔王のいる玉座の間へ向かう途中、ちょうど脇の道から、仕事をしに来ていた男達がノシノシと歩いてやってくる。

 長い黒い髪をオールバックにして後で束ねており、眉根に深い皺が刻まれている中年男性といった容貌である。無論、魔公貴族であるため、年齢は見た目と一致しない。黒いマントの上には黄金と宝石の数々で装飾された首飾りをかけているおり、魔公貴族でも高位である事が窺える。


 ルーシュはその人物が誰なのか直に理解し挨拶をする。

「こんにちは~」

 挨拶した相手は、魔族の3大派閥の1つ、旧主派の首領ベーリオルトである。与党である穏健派の代表がルーシュであるなら、ベーリオルトは野党の代表とも言うべき大魔族だ。

 かつて大魔王ルシフォーン直下の四天王として、しかも大魔王ルシフォーンが生まれる前の時代から暗黒世界北部の強力な王として君臨していた。

 戦時下では、ルーシュの祖父バエラスと唯一肩を並べた偉大な魔族である為、現在の魔族事情では最も有力な存在として崇められている。

「ふん、バエラスの小僧か。貴様、新参の癖にいい気になるなよ。我々は貴様など認めんからな!」

 何故か気分悪げにルーシュに怒鳴り散らす。ルーシュは何でいきなり怒られたかサッパリ分からず小首をかしげる。

 ベーリオルトは言いたい事だけを言うとそのまま、傘下に組する4人の魔公貴族を引き連れて、大股でずかずかと去って行く。取り巻きであろうと他の4人の魔公貴族もかなり高位な魔公貴族ではある。

「何で怒ってんだろ?」

「あの人ってベーリオルト様だよね?」

「うん、そうだよ。何か嫌われてて」

 ルーシュは何故いきなり怒られたのか、その理由が皆目見当もつかないようで不思議そうに首を傾げる。ベーリオルトとは決して喧嘩をした事は無い。敵対派閥ではあるが、尊敬できる大魔公である。ルーシュは彼を尊重していた。

 とはいえ祖父バエラスの代から政治的に敵対していた相手なので、嫌われている点に関しては誰もが周知の事実である。初対面から何故かずっと嫌われていたが、いきなり怒鳴られる事はなかったから不思議がっていたのである。そもそも、ルーシュがバエラス家に入る前は、彼はかなりへりくだってペコペコしていたのだ。それ程、魔王家に対しては敬意を持っている。

 政治的に、ルーシュの穏健派とベーリオルトの旧主派は意見をたがえており、ルーシュの存在が穏健派勢力の安泰に大きく貢献している。その為、ベーリオルトがルーシュを気に食わないのは仕方ない事かもしれない。ルーシュは魔王一族でありながら、バエラス家の当主という存在なので、政治勢力バランスを大きく傾けさせている。




 ルーシュとレナは気を取り直して、魔王の間の門前へと歩いて辿り着く。

 魔王の間の扉は非常に大きく、扉自体が極厚の金属製で、人1人では開けられそうにないほど大きい造りになっていた。

「じゃー、入ろーか」

「おおー、相変わらず物々しい門だね」

 レナは門を見上げる。ルーシュは慣れたものなので平然と歩いて進む。

 レナはあまり通った事がないが、ルーシュは頻繁に通っている。その程度に、元魔王家だったという過去は、他の魔公貴族とは一線を画すものだった。

「今、門を開けます」

 門の前に立つ魔人の兵士がルーシュを見るなり、慌てて門を開ける為に大きなレバーを下ろそうとする。彼らも長くこの魔王家につかえているので、ルーシュが魔王の子孫である事を知っている。

 彼ら一般の魔人からすれば天上界の人物なので、かなり畏まっていた。

 そんな中、ルーシュは無造作に巨大な門を片手で力も込めずにあけてしまう。

 体重50キロ程度の小柄な少年ルーシュはこの魔王の間へと続く扉、厚さ30センチ、高さ5メートル、幅4メートルの観音開きの扉は、片側20トンもある鉄の塊が簡単に開けられてしまう。


 門番を務めていた魔人は目を丸くして固まっていた。


 いくら力持ちでも体重400倍を持ち上げるのは物理法則として考えられない事が目の前で起こっているのだから仕方ない。

 これが魔公貴族たちと普通の魔族たちの能力の差である。魔公貴族達は基本的に力持ちではないのだが、体中に満ち溢れた莫大な魔力は、その膂力の無さを全て補ってしまう。勿論、中には凄まじい腕力のある魔族もいないことは無いが、中でもルーシュのそれは並外れていた。

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