勇者(?)が現れた
ダンタリウス、ルーシュ、レナの3人は食材探しのついでに勇者を確認しに出かける。ハティとスコールはルーシュの後をついて歩く。
ルーシュは給料の前金を貰って、勇者のいるという冒険者の館の方へ向かう。
向かっている途中で、この街で一番大きい商店街を歩いていた。雑多な屋台などが立ち並んでおり、箱詰めした食材などがそのままドンと置いてある。それぞれで客引きをするように店の人間が声を出していて非常に賑やかだ。
商店街にある食材を見るが、あまり魔力含有量の高い食材は置いてないようだった。普通の肉や野菜等に魔力含有量の高い食材があるはずもない。
「あ、あれ、おいしそう」
レナは指差した先をルーシュとダンタリウスが見る。差した先の直近くにスコールとハティがおり、2頭は慌ててその指先から逃げる様に迂回して、ルーシュの肩によじ登る。
まさか自分達を美味しそうとか言ってないよな?と言わんばかりに。
勿論、レナの差した先は卵だった。鶏の卵に似ているが、色が黒と言う奇抜な色である。
「少なくとも毒はありそうだね」
「適当な事を言わんで下さい」
ルーシュはキラリと目を光らせながら評価するのだが、完全に明後日な方向の推理だったのでダンタリウスは即座に突っ込む。だがルーシュの言うように真っ黒な卵なので毒がありそうといえばありそうに見える。
「あれはデスフォウルの卵ですな」
「デスフォウル?」
「まあ、黒い鶏で、死を運ぶ呪われた鳥と恐れられています」
「死を運ぶのに、どうして卵が取れるのだ?食うと死ぬのか?」
「まあ、人間の死肉などを食らったりもするからでしょう。凶悪なモンスターですし。それと死を運ぶのは迷信です。人間は迷信が好きなのです。本当に運ぶ訳もないでしょう」
「くっ…さすが人間、僕を騙すとは…」
ルーシュとダンタリウスが話しているのだが。
「ルーシュを騙すなんて幼児でも可能だけどなぁ」
レナは呆れるようにぼやく。
「あの卵、おいくら?」
「ああいった嗜好品は高いですよ。銀貨5枚です。あれならマジックポーションが変えてしまいますよ。確かに高い魔力は感じますが、費用対効果を考えると明らかに損失です」
「な、なるほど。むう、難しいものだな」
「マジックポーションなんて苦くて飲めたものじゃないよ?」
マジックポーションは魔族からすれば薬みたいなものだ。薬品臭い食べ物をレナは好まないので、やんわりとそれは辞めるように訴える。
「そもそも魔力回復が最も良いのはマジックポーションですし。というか、…普通魔公は使った魔力を回復するだけなので、戦いもないのにこんなに食事を取ることは普通ありませんよ?」
「多分、魔力の消耗も激しいんだよ。エルフは魔力を必要としないから魔力管理がヘタクソなんだって聞いた事があるよ」
「ふむ。確かに…食べたそばから腹を減らせてましたし…」
ルーシュとダンタリウスは互いに腕を組んで首を捻る。
ダンタリウスにアイデアが無いなら無知なルーシュにアイデアが出るはずも無かった。
「安くて魔力の入った食べ物がたくさんあれば良いんだよね」
レナはうーんと考え込んでしまう。
「まあ、これから冒険者の館って所にも行くし、そこで情報も探せるの?」
「そうですな。ちなみに私も冒険者の免許を持っているのですが、ついでにルーシュ様も持っていると良いでしょう」
「冒険者になるのに免許がいるの?」
ルーシュは旅をすればそれは冒険者なのではと思ってしまう。
「冒険者の館は冒険者協会という組織が経営してます。冒険者協会は大陸を越えて世界各地に存在しており、協会が冒険者を管理しているのです」
「何かメリットがあるの?」
「冒険者協会とは領土を持たない国家に等しい管理機構を持っています。まあ統治はしておらず、自由で実力主義な部分があります。ですが、国家によっては人種が魔族や獣人というだけで奴隷扱いという国があるのは確かなのです。ですから、その国家の人間でない証として冒険者の免状を持っていれば、国に入った瞬間捕縛されて奴隷にされるような事がないのです」
ダンタリウスの言葉は冒険者のメリットであったが、ルーシュは魔族を奴隷にするのが当然な国があると知らされて逆に戦々恐々としてしまう。
「…お、恐ろしい国があるのかぁ。なるほど、冒険者は国に属さない人間を管理していて、それに関しては国も国民じゃないから管理できなくなるって事か。だから冒険者になる魔族や獣人が多いって話してたのか」
ルーシュはダンタリウスの話を聞いてふむふむと頷く。
「世界各地でモンスター討伐した際に手に入る格付けなども地域差が出ないように調整されているので、世界のどこでも使えるし、冒険者としての格付けが上がれば受けられるサービスもよくなるのです。我々は…まあ任務上、冒険者であった方が便利なので」
「分かったー。じゃあ、僕らは冒険者になると良いんだね?」
「はい。もしも勇者が魔族を奴隷にする国家に入られたら、冒険者でもない限り、そこに移動できませんから。まあ、待遇は非常識なほどに悪くなるでしょうが」
「怖いねぇ。人間ってそんなに怖いの?」
「魔公と違って人間も魔人も代替わりは早いですから。ルーシュ様にとって戦争は祖父の代でしょうし、私は当事者の1人です。ですが、寿命の少ない者たちからすれば、遥か昔の事。そして人間達は魔族に勝利し、勝者は敗者に何をしても良いという事実だけが残ってます」
「戦争は恐ろしいねぇ」
ルーシュは溜息をつく。
「実際、地上の人間達は我々やルシフォーン様が人間達と行なった交渉など知らず、『魔族はただ世界を手にしようと攻めてきて、人間はそれを打ち破り、魔界へ乗り込み魔王を討ち果たしたのだ』という捻じ曲がった情報しか知らないのです。世界中の人間は『魔族がこの土地を侵略しようとしたから倒して奴隷にした』という捻じ曲がった歴史を教え込まれてます。我々は、戦争では基本的に専守防衛でしたのに」
ダンタリウスはやり切れなさそうな顔で肩を落として話す。
「………戦争に負けるって事は、やっぱり人間の方が強いの?」
「戦力的には負けてなかったでしょうね。ただ……結局の所、弱い魔人達を見捨てる事ができず、魔公達は同胞を助ける為に1人で大勢と戦い命を散らしてしまっていた。魔公が真っ先に体を張るような事をせず、魔人達にも戦わせていれば、戦力的に我々は負けるものではなかったと思ってます。神話にもあるように人間の神は知略を持って魔神シャイターン様を暗黒世界へ押し込んだとされてます。卑怯だと訴えたいような手を上手く使って人間達は全大陸の統治者になっているのですから」
「ふーむ。まあ、基本的にポンコツ魔王様を代表として単細胞な優しい人が多いからね」
「だからベーリオルトなどといった頭の回る魔族を戦後処理として最後まで残していたのだと思います。ルシフォーン様は恐らく自身が死ぬ事も含めて計略を練っていたのでしょう。何せ……魔力枯渇の原因はルシフォーン様と現魔王様の共存ができないと言う点だったのですから」
ダンタリウスは無常な事実を伝える。というよりも歴史の授業で教えた事だが、ルーシュは予想通り聞いてなかったらしい。
「ふむ。ままならないなぁ。魔王様がもっと早く省エネ活動方法を編み出していれば共存だって出来たろうし」
ルーシュは切なさそうにぼやく。
それは自身にも経験があるからだ。義叔母アイリーンはシホを生む際に死んでしまったが、強力な光の魔法の使い手がいれば生き残れる事もできたのだ。ルーシュが光の魔法を覚えたのはアイリーンが死んで、生き返る方法を模索したから身につけたことだった。
一行は商店街を抜けて、冒険者の館の近くにやってくる。
するとそこから1人の少年が出てくるところだった。
「あっ!いた!クロード!」
ルーシュはブンブンと手を振って出てきた少年に声を掛ける。
「あれ、君は昨日の……えーと、ルーシュだっけ?」
「そうそう、ルーシュだよ。良かったー。危うくすれ違う所だった。お金、ちゃんと返しに来たの!」
ルーシュは袋から白銅貨を取り出して、クロードに渡す。
「別に良かったのに…って、それは前にも言ったか」
クロードは苦笑する。
「あ、紹介するよ。えとね、冒険者のクロード。その前僕にお金を貸してくれた恩人なんだ。いやー、人間も良い人がいるんだねぇ」
ルーシュはクロードを紹介して、レナはこんにちはと挨拶だけするのだが、ルーシュの陰に隠れるようにしてクロードを見る。
「今から冒険?」
「ううん、クエストじゃないよ。まあ、外のモンスターを退治して日銭稼ぎかなぁ」
「日銭稼ぎ…そっかぁ、モンスター倒すとお金が手に入るのかぁ。僕には無理だなぁ」
ルーシュが近付くとモンスターは逃げ出すからなのだが、クロードはルーシュは戦えない人なのだろうと勘違いする。
「昨日、辺りから川にいたモンスターが全く見かけなくなったららしいし、ここらのモンスターも減ったから遠くまで探しに行くつもりなんだ。小さい頃から遠出には慣れてるから良いんだけどね。何かの前触れじゃないのかって皆が怖がってた」
クロードはすこしだけ面倒な事が増えて嫌になっているような顔で説明する。
ルーシュはこの原因が、自分にある事を察して少し冷たい汗を流す。やっぱり近隣モンスターさん達に迷惑をかけてるのかなぁと申し訳なく思う。
そしてその所為でクロードが遠出する羽目になっているので、心の中で謝罪する。
「それじゃあね、ルーシュ」
「うん、またねー」
ブンブンとルーシュは手を振って見送る。
「どうよ、この完璧なる一般魔人への擬態!友達まで作ってしまうこのスマートさ。レナ、僕のすごさが分かったか」
「くっ…まさか、ルーシュに人間の知り合いを先に作られるなんて……」
悔しそうにするレナは上目遣いでルーシュを睨む。ルーシュは嬉しそうに胸をそらせて鼻を高くしていた。そもそもレナは他人に触るのを極端に嫌うので、ルーシュ以外の友達が少ない。
「えと、ルーシュ様、何故…あの…」
「あの?ふっ……彼が僕の恩人なんだよ。ああやって良い人ばかりだと世界は平和に回るのだろうに。勇者なんて恐ろしい生き物と同じ人間とは思えないよ。いや、本当に」
ルーシュはうんうんと頷く。
「ですが…その……あれが預言の勇者ですよ?」
…………
「このバカチンがーっ」
ルーシュはペシッとダンタリウスをはたいて地面に転がす。
「いくら僕がおバカで、世間知らずで、どうしようもないバカ親父の子供で、ゆるゆルーシュだったとしても、吐いて良い嘘と悪い嘘があるだろう!勇者って言うのはこんな姿をした生き物なんだよ!?事もあろうに人の恩人を勇者呼ばわりとは……無礼極まりないぞ!さすがの僕もぷんぷんだよ!」
ルーシュはダンタリウスに説教する。が、あまり怖くは無かった。
ダンタリウスも、殴られても別に痛くは無かったので、一生懸命に地面に勇者の絵を書くルーシュを見て、どうしたものかと思案しているようだった。
本邦初公開されるルーシュの考えている勇者。
下半身は蛸やイカのように無数の触手が生えており、巨大な口にはギザギザした牙が生え揃っている。頭には大きくギョロリとした瞳が中央についていて、さらにその周りには無数の瞳が存在する。大きい瞳の頭上には魔石が嵌め込まれており、背中には天を覆うような巨大な翼が生えている。口から火を吹くよとか、魔石から光線が出るよとか、体長が山くらいとか書いてある。
ちなみに、人通りはへっているが、冒険者の館の前当たりで魔族がへんな事で揉めてるなあと、通り過ぎる人々に遠巻きにチラチラ見られていた。
そんな中、ルーシュは自分の描いた勇者想像図を指差して、ダンタリウスに怒声を上げる。
「クロードがこれに見えるの!?」
「いやいやいや、200年前に勇者見てますけど、普通の人でしたよ?」
「え……」
うっかりな話だが、ルーシュは人伝で聞いて想像するしか無いが、ダンタリウスは直接勇者を見ている世代である。それどころかこの老魔族は魔族の始祖たる魔神にも会った事があるのだ。
ルーシュは金槌で頭を叩かれたような衝撃を受けて、がくりと膝をつく。
「僕が小さい頃から描いていた勇者像が、実物と異なっていると?でも、誰もおかしいとは思って無かったよ?」
「そりゃ、勇者を見た者で生きてる存在は少ないですから」
ダンタリウスはルーシュに同情する。これは大人達も悪い事を理解していたので文句もいえなかった。
ルーシュをちゃんと育てる為に、大人達は偉大な先人と比べて劣ると言い、そして勇者は恐ろしいのだと植え付けてきた。結果として、偉大な先人より恐ろしい勇者像が途方もない化物になってしまうのは決してルーシュだけを責めるわけにも行かないのだった。
「馬鹿な……じゃあ、あんな首を捻ったら簡単に取れそうな弱々しい生物に魔公たちがこぞって負けたと言うの?」
ルーシュは未だ信じられないという顔で物騒なことを口にする。
「え、ええ、まあ、そうなりますね…」
ダンタリウスは頷く。
するとルーシュはくるりと冒険者の館に背を向けて、船のある港の方へと歩こうとし始める。
「よし、暗黒世界に帰ろう」
「は?」
「だって、大人達はこぞって嘘ついてたんだよ!?何が『当時の魔王様はお前なんかと比べたら遥かに凄かった』『バエラス様の戦いぶりと比べたらお前のやんちゃなんて子供のお遊びだ』なんてバカにされていたのに!実は偉大な先人が、小動物のようにか弱い生物にコロリと殺されてたなんて聞かされて黙ってられるか!取り敢えず罰として全員の首をねじ切って、くっつけから会話をするのだ!」
「首をねじ切ったら、いくら魔公でも死にますよ!」
「死ぬものか!僕が死なないのに他の連中がしぬはずが無い!取り敢えずねじ切ってから考える!」
ルーシュは怒りを露にする。
いやいや、ルーシュ様だって流石に首を取ったら死にますよ、とは口が裂けてもいえないほどの有無を言わせない空気がルーシュには存在していた。
そこでレナが慌ててルーシュの前に立つ。
「ルーシュ!これは罠、だよ!勇者トラップ!」
「罠?」
レナはどうにかルーシュの乱行を止めようと、取り敢えず考え無しに前に出る。ルーシュならば本当にそれを実行しかねないからだ。
「罠って?」
「そうだっ!えと、ルーシュ、スコールとハティを見て?」
レナはビシッとルーシュの足元にいる子狼2頭を指差す。
「ハティとスコール?はああああ、心が和むなぁ。怒りが抜けそうだ…。こんな可愛い生物だし」
ルーシュは犬好きである。取り敢えず頭に上っていた血が下がっていく。
「それだよ!こんなに可愛い生物だけど、この子達は、普通に魔公より強いから!その気になったら暗黒世界の魔公を皆殺しだから!」
レナは必死に訴える。
そう、ハティとスコールの母親であるフェンリルは、かつて大魔王ルシフォーンさえ軍門に下せなかった神狼族である。バエラス領に隣接した森に住んでいるのだが、その森には近付いたら最後だという事で、魔公の誰もが近寄れない。ハティとスコールはフェンリルの能力を受け継いだ子供たちなので、幼子である為にまだまだ戦える能力は持ってないが、その段階でも既にレナもダンタリウスもこのハティとスコールの足元にも及ばない。
「えー、そんな怖い事しないよ。ハティもスコールも優しい子だからね。そりゃ2頭とも魔力はベーリオルトさんなんて足元にさえ及ばないほど高いけど、心優しい種族だからね」
ルーシュはハティとスコールを抱きかかえてモフモフと毛並みを堪能する。ルーシュはだらしなく目じりを下げて、怒りを解いていた。単純な男である。
「か弱そうに見せて、実は超強いんだよ!きっと勇者もそんな感じなんだよ!」
「……そ、そうだったのか!くっ……僕とした事が……うううう、ごめんよぉ、ダンタリウス先生。疑ってぶってしまって。僕は駄目な子です」
土下座で謝るルーシュにダンタリウスも困惑してしまう。
「ま、まあ、ルーシュ様。そもそも色々と誤解が解けたので良しとしましょう。私もうっすら気付いていましたけど、ちゃんと説明してなかった訳ですし。というか、主君に頭を下げられたら困ってしまいます」
ダンタリウスは、魔神直系に仕える身であり、現在魔神の血を引くのはルシフォーン家のみである。ルシフォーン家の人間は4人、その中でも魔王を除き、現存する王位継承権を持つのはルーシュを含めて2人だけ、その中でもかつてルシフォーン4世だった少年に土下座されるのはかなり困ってしまう。
取り敢えず勇者とのコンタクトは無事に終わることとなった。




