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勇者諜報員(仮)の黙示録  作者:
第3章 ミストラル王国迷走
100/135

ティモとの再会

 ルーシュ一行の3名はミストラル王国領の首都オーテーレへと向かっていた。

 世界樹ではゴタゴタもあったが、レナは1年ぶりの父親との再会で少なくとも誤解が解けてよかったとルーシュは解釈していた。少なくともレナは捨てられたのではなく、父親が騙されていただけなのだから。


 空を飛ぶにも常にレヴィアが先導して、ルーシュとレナが付いて行くという形になる。というのもミストラル王国の首都オーテーレの場所を正確に把握しているのがレヴィアだけだからだ。

 3人は大森林を越えてさらに3時間ほど飛び続け、川が見えて来た所で地面に着陸する。そして、遠くに見える城塞のように存在する都市の方へ向かって歩くのだった。

 さすがに街の見張りなどに見られないだろ場所で翼を畳んで空から降りるという感覚になっている。さすがに空飛ぶ生物はこの世界にはハイエルフと魔公くらいしかいないのだが、グランクラブにおいて一般人からすると魔公という存在は公にされていない事情がある為である。


「相変わらずなんだから、お父さんは。すぐに騙されるんだから」

 とあれから長らく移動してきたにもかかわらず、レナは父親の愚痴をぼやいていた。

「まー、あれが小父さんだからねぇ」

「暫く反省していると良いと思うよ」

「50年ほどね」

 情けない父親の話を呆れた様子で話すレナに、ルーシュは溜息と一緒に返答する。

「ところでレヴィアたん。オーテーレってどういう所?」

 ルーシュは前方を歩くレヴィアの後頭部を眺めながら、次の目的地の場所を問う。レヴィアは歩を緩めて、ルーシュの横に並ぶ。

「水がたくさんじゃな。普通の道より水路の方が多いのじゃ」

 レヴィアは両手を広げて水いっぱいを表現する。

「僕もレナも泳ぎは得意じゃないよ?」

 水の道路が通っているというあまり考えられない町並を想像して、ルーシュは首を傾げる。

「ゴンドラという小舟に乗って移動するのじゃ。泳いでいたら変な目で見られるぞ?」

「つまり、昔は泳いで、変な目で見られてしまったと?」

「ま、まー、100年位前の事じゃがな。当時を知る者などおるまい」

 レヴィアは慌てて視線を外して溜息を吐く。どうやら図星だったらしい。

「はふ~、ところで疲れたよ~。ルーシュお弁当まだ~?」

 レナは前方を歩くルーシュのリュックを引っ張りながら訊ねてくる。

 話の腰を折られて困り顔のルーシュとレヴィアだが、レヴィアも確かにそろそろの時間だったと気づいたようで頷く。

「ふーむ、僕とスコールたちなら2時間でつけそうだけど、やはり他の魔族達と一緒だときついなぁ」

「ルー君とスコール達は規格外過ぎて話にならんのじゃ。そもそも今のスコール達に勝てる魔公が存在するか、ベーリオルトあたりが辛うじて…といった所じゃろうな」

「というか、こっちの方には、そのスコール達を退けた人がいたんでしょう?注意しないとね」

「む……。そうじゃな。グランクラブは広いだけあって、意外な能力者がおるからの」

 レヴィアはルーシュの指摘を肯定する。

「で、オーテーレには川がたくさんあるから水がたくさんあるのは分かったけど、魔族って入れるの?なんだっけ、神聖教団とかも幅を利かせてるんでしょ?」

 ルーシュはレナに間食用の食料を渡しながらレヴィアに質問をする。街に入る前に、国の事情を把握しておきたかった。

「去年あたりに寄った時は何だか人間とその他の種族を隔てる壁を作っておったの。その頃じゃったか、奴隷船に魔族や獣人の子供が多く乗ってると聞いて、船を強奪したのじゃ」

「「あー、やっぱり」」

 レヴィアの説明に、ルーシュとレナはシャトーにいた頃にティモがシャトーへ来る切欠となった話を思い出す。空から変なお姉ちゃんが降って来て怖い人をやっつけて、シャトーに連れてこられたという話を聞いていた。今から一年前位だというので間違いない。

「まあ、正式な奴隷船じゃったようなので、シャトーまで水の精霊に頼んで移動させたのじゃ。ミストラルに戻すわけにもいかんかったからの」

「正式?合法の奴隷船って事?」

「いかにも。でなければ子供達が暮らしている親元に帰すじゃろ?帰せんかったからイヴェールに送ったのじゃし」

 何を馬鹿な事をとレヴィアは一笑に付す。

「そりゃ、そうだけど……。その船にティモがいたと思ったんだけど、あの子は怖い人にさらわれたって言ってたよ。合法だったとは思えないんだけど」

「ふむ、まあ、合法と言いながら攫って来た子供が乗っている事なんてざらじゃからの。そこら辺は分からぬわ。そもそも奴隷なんぞ、ルシフォーン様が魔王に立ってからは暗黒世界から奴隷制度は禁止されたからの。この世界の奴隷制度と言うのもあまり理解しておらぬ。国によっても違うからの」

「そっか」

「分からない時は取り敢えずイヴェールに行くというのが我々のスタンスじゃった。我はイヴェール王国の危機を助ける変わりに、魔族達を保護してもらうと言う契約があったからの」

「それ、ちゃんと受け継がれていたの?」

「10年前くらいにイヴェール王家がゴタゴタして受け継がれて無かったようじゃ。セイも聞いていなかったと言うておる」

「まあでも……別に問題ないんじゃないかな?」

 レヴィアはイヴェール王家は正しく受け継いでいなかったと言うが、ルーシュからすれば継承とは関係なくその思想を受け継いでいる国王に王権が移譲されているから問題ないのかなとも考える。逆に今回クーデターを起こした元王子は、何も継承されていなかったのだろう。

「もしも、それに異を唱える王が立った場合、滅ぼしても良い契約じゃったのだがの」

「あれ、それってあのまま王位簒奪が起こってたら、イヴェールはレヴィアたんに滅ぼされてたの?」

「そうなるの」

 レヴィアは戦闘能力の高い魔公であっても、さすがにイヴェール王国ほど巨大な国を陥落させるのは厳しい。だが、滅ぼすだけと言うならば簡単である。イヴェールは海沿いに主要都市を持っている。水の精霊に呼びかけて大津波を引き寄せるだけで、一瞬にして大都市が消え去るだろう。彼女は精霊への呼びかける能力が絶大な為に、暗黒世界では魔王に次ぐような家格を保持しているのだ。

「ねー、じゃあ、今のミストラルは獣人や魔族の暮らす居住区と、人間達の居住区で分けられてるって事?私達、どっちから入ればいいんだろ?」

 見えて来た町は巨大な城塞が見え、その北側には町を南北に仕切る城壁とも見紛う巨大な壁が存在していた。

「多分、北側じゃろう?セイからは難民保護を託されているのじゃし」

 レナの問いに対してレヴィアは現在地から見て左手側、巨大な壁よりかなりボロボロの家屋が立ち並ぶ方を指差す。

 そこでルーシュは非常に気まずそうな顔をし始める。

 何なのかと思ってレナがルーシュの方を見ると

「ところで、ミストラルは政治状況が悪く、獣人と魔族がこの国で酷い目に合わされている。難民として多く国外へ逃げようとする人がいるから、僕らは難民の行き先のサポートをするって話だったんだけどさ。この街ってティモもいるんだよね。ティモって獣人でしょう?つまりティモは難民になるような情況なんだよね。お母さんに会いたいからってミストラルに送り出したけど、もしかしてあまりよくなかった?」

 ルーシュは今になって致命的な事実に気付いてしまう。

 その言葉にレナははっとした表情で口を両手で押さえる。

「言われてみればそうじゃが、そもそもラフィーラ教の寄付金で孤児院が経営されているのじゃから、困っている事は無いとは思うがの。周りの環境がよくないのは確かじゃが」

「じゃあ、今すぐ孤児院に行こう。ちゃんと大丈夫か確認しよう。そして今すぐこのミストラルから退避させよう」

 ルーシュは駆け足で走り出さんとばかりに足踏みする。

「まあ、焦らんでも最初に向かう場所はそこじゃろうな。状況を聞ける相手もおらんじゃろうし」

「そーだよね。久し振りだなぁ。元気かなぁ」

「ハイテンションじゃな、ルー君」

「そりゃ、ルーシュは一般人の友達が激しく少ないからね。特にティモは政治にも何にも関係ないごくごく珍しい友達だし」

「まあ、確かにルー君が政治抜きに付き合える一般人はおらんじゃろうなぁ」

「むー。何故嫌われるのだろう…」

 王族だから畏れられているのであって、嫌われているのではない。だが、ルーシュからするとそこら辺の機微が理解できていないようだった。

 そして周りの魔公貴族達もその事実を面白がって教えてこなかった。



 ルーシュ達はミストラルへ入ろうとすると、壁の近くにいた人間の警備兵は武器を持って警戒する姿を見せる。真っ白い鎧を着込んだ兵隊達が壁の近くや壁の南側の街の周りを巡回していた。対して、ルーシュ達の向かう北側に関しては全く警備されていないようだった。

 町はかなり廃れているようで、外側の家屋などは巨大なモンスターにでも踏み潰されたかのような痕があちこち見られる。

 中に入ると、随分と廃れた街で、仕事を持っていないのか昼間だと言うのに道端で飲んだくれた男や一般道の端で寝ている男がゴロゴロといた。水路にもゴミがたくさん浮いている。

 治安が悪いと言うよりは、生きる気力を失ってやる気がないと言った方が正しいだろう。


「こりゃ、酷いの」

「去年来た時はどんなだったの?」

 レナもさすがにやる気の無さそうな町並を見てガッカリする。観光雑誌などを読んで、綺麗な町並で売り出されていたのに、中に入ってみると酷く廃れていたからだ。

「壁が出来たばかりの頃じゃったし、普通に活気はあったぞ?こんな廃墟みたいな町並を見た記憶は無いの」

「仕事やらないで良いならハッピーじゃないの?」

「金が入ってこないからアンハッピーなんじゃろ?」

 ルーシュのお気楽な質問にレヴィアは肩を竦めて返す。

「獣人なんて力持ちなんだし、モンスターを狩るにしても土木工事するにしても人の倍は役に立つからとっても稼ぎが良いよって、何かの本に書いてあったよ?」

 レナはルーシュが背負っているリュックを叩いて言う。ルーシュのリュックの中にはレナの読む本などが多く入っている。

「この国の獣人や魔族は100年位前の移民なんじゃよ。ミストラルは元々人間の国なのじゃ。移民の所為で国が悪くなった。だから隔離しよう。そんな感じの話だったと思ったぞ?」

「それって今更だよね?」

「苦しい人間達にとっては、救いの言葉に聞こえるのじゃろう。弱者をいたぶれば気分も晴れるしの」

「………」

 レヴィアは遠くを見る。ルーシュは何も言えなくなる。

 そんな自分勝手な考えを当然のものとしている相手に掛ける言葉なんて存在する筈もない。虐めをする事を正義だと思い込んでいる人間に、虐めをするなと言った所で聞くはずも無いのだ。



 3人は寂れた商店街を通り過ぎ、暗い道の奥にある、潰れたようにも見える白い教会を見つける。教えてもらった住所によれば、ティモが引き取られた孤児院だった。

「すいませーん」

 ルーシュは孤児院の門の入口を叩く。

「はーい」

 小さい人間の少年が出てくる。人間が出て来てルーシュもキョトンとするが、それ以上に相手もキョトンとする。

「お兄さん、誰?」

「えと、イヴェールから来た冒険者なんだけど、院長さんはいますか?この孤児院に友達が入院しているって聞いたんだけど」

「おじいちゃーん」

 少年はパタパタと奥の方へと引き返す。暫くすると以前イヴェールに来ていた孤児院の院長さんがやって来るのだった。

「おー、院長さん。覚えてます?イヴェールで一度会っていると思うんですけど…」

 ルーシュは手をパタつかせて覚えているかどうかも分からない相手に自己紹介をしようとすると、

「おお、貴方は……確か、ティモが師匠と呼んでいた……」

 と相手が先に思い出してくれる。

「そうそう、それです。ルーシュって言います。院長さん、ティモいますか?遊びに来たんですけど」

 相手の院長が覚えていた事で、ルーシュはパッと笑顔になる。

「そ、それは……中にいます。実は今朝方に大怪我をしているのを見つけまして…」

 だが対する院長は非常に気まずそうに、そして苦しそうな表情で俯き言葉が尻すぼみになる。

「おおけが?」

「説明は後で。会ってあげて下さい」

 院長の説明にルーシュは目を丸くする。意味が分からなかったが取り敢えず院長に促されて孤児院の中に入る。




 孤児院の一室においてある布団の上に包帯だらけになっているティモが横たわっていた。

「ティモ。どうしたの?」

 ルーシュは慌ててティモへと駆け寄る。ティモは目を開けるが、体を少し動かすと痛みで顔を歪めてグッタリとしたままルーシュへと視線だけを向ける。喋りたいけど喋れなさそうだった。

「私にもさっぱりでして。………昨日の朝に母親を見つけたと言って出て行ったんですが、その夕方頃に南北を隔てる出入口の門前に転がっているのが見つかったんです」

「…じゃあ、直接聞いてみよう」

 ルーシュはティモの頭に手を当てて光の魔法を使って回復させる。

 神々しい光が輝き、体中の打撲や骨折していた骨が繋がっていき、あっという間に元の体に戻っていく。顔の腫れも消えてしまう。

 ティモは驚いたように上体を起こす。

「お、おー。大丈夫です。前に師匠が友達を助けた時みたいです」

 それを見ていた孤児院の院長や孤児院の子供達もかなり仰天していた。光の魔法、俗に言われる聖なる魔法と呼ばれる奇跡を目撃する事は早々ない。金を持たない孤児ともあれば当然だ。

「大丈夫?」

「……あ、ありがとーです」

 ティモは白くて長い兎耳をショボンと垂らしてルーシュに感謝する。

「どうしたの?皆ビックリしてたよ?」

「うううう」

 ルーシュはよしよしとティモの頭をなでていると、ティモはうるうるうると目に涙を溜める。

「覚えて無かったんです」

「覚えて無かった?」

「お母さん、覚えて無かったです」

 そう口にするとティモは涙腺を決壊させて泣きじゃくるのだった。ルーシュは慰めるようにティモの頭をなでて胸を貸す。


 そんな様子を眺めているレナは不思議そうに首を傾げる。

「覚えてない?」

「人違いではないのかの?」

 レヴィアも何となく感じたことを口にする。院長は陰鬱そうな表情をしていた。

 そんな院長の様子にレナとレヴィアは嫌な予感が過ぎる。


 ティモを励ますルーシュを置いて、レナとレヴィアの二人は院長と共に孤児院の外に出る。

「何か知ってそうじゃの」

 レヴィアに院長は問われ、院長は苦々しい溜息をつくのだった。

「私も…彼の母親を知っていたなら、ミストラルへ連れて来てあげるなんてしなかったのですが」

 院長は申し訳なさそうに言葉を吐き出す。

「母親?」

「彼の母親は人間なんですよ」

 院長の言葉にレヴィアとレナは異なる疑問を持つ。

「人間?獣人ではなくて?」

「人間から獣人って生まれるの?」

 レヴィアの疑問は単純に母親の確認であり、レナの疑問は遺伝的な疑問だった。魔族社会の長いレナにとって、人間から獣人が生まれるという事実を全く把握してなかったからだ。そしてこれはルーシュも把握してない事だろうと想像がつく。

「ご存知ありませんか?異なる種族で子供を作ると、どちらかの種族によるか、あるいは中間の種族になるか。ティモは恐らく父親が兎人族だったのでしょう。彼が母親の似顔絵を母親の昔の知り合いに書いてもらった絵を見て驚きました。まさか人間だったなんて」

 院長は首を小さく横に振る。

「人間だと問題なの?」

「1年前に人間と獣人を隔離する政策をしました。人間の身でこちらに残っている私はむしろ変わり者でしょうね。ティモは恐らく1年前の隔離政策で……母親に捨てられてます。獣人の子供を持つ人間の母親はかなり蔑視されますから」

「!」

 奴隷にさせられて母親と離ればなれになった…というのがティモに置かれている状況だと勘違いしていたのだ。

「まさかとは思うが……」

 レヴィアは顔を歪めて院長に先を促すように問う。

「はい。母親はあの壁の南側に住んでいて、壁が出来る事で獣人だった我が子を奴隷商に売ったのではないかと。詳しく聞きますと、ティモの母親は娼婦だったようで、今は有力貴族の妾に納まっているそうです。ティモのような存在は彼女にとって邪魔だったのではないかと」

「なんて事……」

「酷い…」

 知られざる現状を知らされて、レヴィアもレナもティモへ同情するしか出来なかった。

 レヴィアが合法の奴隷船を襲撃した際にティモがイヴェールへ移り住む事になった原因も、その話とは合致する。

 正式に親が奴隷商に子供を売ったのだから違法奴隷船でない筈だ。

「じゃあ、忘れられてたと言うのは?」

「恐らく嘘でしょうね。………こんな事だと気付いていれば……」

 悔しそうにする院長。俯いて拳を強く握って震える。

「どっちにしてもティモって意外と行動力あるから自力で来ちゃいそうだけど…」

「そうでしょうね。あちこち嗅ぎ回って城塞内へ侵入する方法を教わったり、昔の知り合いを見つけて母親の似顔絵を作ってもらったり、あの子は凄く賢いし行動力がある。それだけに……今の状況はあまりにも…」

 院長は不憫な子供を哀れみ涙を堪える。

「じゃがの、母親に見捨てられるだけならまだマシじゃろう。城塞内の貴族に目をつけられて殺されてもおかしく無かった筈…」

 レヴィアの指摘に院長もレナも同様に感じる。

「……どうすればいいんだろ」

 レナはルーシュとティモのいる孤児院の方を見る。




 ティモは包帯を取りながらルーシュと話をしていた。

「師匠はどうしてここに?それに……」

 ティモは周りを見渡し、

「スコールとハティは?」

 と訊ねる。いつの間にか仲良くなった子狼達がいない事を不思議に思う。

「んー、イヴェールの王様に、人助けを頼まれたんだよ。この国に、ガイスラー帝国に移民したい人がたくさんいるみたいで、この国の獣人や魔族の移動をサポートしてあげてって言われた」

「確かに……冒険者の館でお母さんの情報を聞いて回ってましたけど、確かにそんな声も聞いたです」

 うんうんとティモは頷く。

「で、ハティとスコールがいないのは………」

 ルーシュは言いかけて、ふとティモの状況を思い出して言葉に悩む。だが嘘を言うのも気が引けるので正直に話す事にする。

「ティモがミストラルに行って、そういえばハティもスコールもお母さんに暫く会ってないなぁって思って。ほら、あの子達何だかんだで1歳ちょっとの子狼だから。あの子達のお母さんに言伝を頼んで、ついでに遊んできたらって送ったの」

「そうですか。スコールもハティもお母さんの所に。良かったですねぇ」

 ティモは自分の事のように喜ぶ。

 当の自分は母親に知らない子宣言を受けてしまっているにも関わらずである。ルーシュは何となく不憫なティモの頭を撫でる。

「?」

 ティモは布団の上に上体だけ起こして不思議そうな顔でルーシュを見上げる。

 ルーシュは純粋にティモのお母さんが忘れていたことを思い出せる方法を考えていた。

 光の魔法でも頭の傷を直すのは難しい。万能薬みたいなものがなかっただろうかと考えて、ルーシュはとある可能性に思い当たる。

「古来、魔族にとって銀の林檎は万能薬と言われていた。ティモのお母さんは魔族じゃないけど、銀の林檎はどうだろう。記憶喪失にも聞くかも知れない!」

 ルーシュは背負っているリュックから銀の林檎を取り出す。

 ギラリとメタリックに光る表皮を持った美しい林檎が掲げられる。

「でも高いです?」

 ティモからすると銀の林檎は手の出ない高級食材である。何せ稼ぎの良い冒険者がマジックポーションといった魔力回復薬の素材として稀に使われる程度のものだ。ルーシュの様にアップルパイの食材に使う事は普通ないことだった。マジックポーションなんて一般人は買ったりしないのである。

「うちの銀の林檎はただなのだ。何故ならレナの常備食だから」

 ルーシュは銀の林檎を掲げたまま誇らしげに語る。ティモには林檎が銀色の輝いているように見える。決して偽りではない。

「これをティモにあげよう」

「くれるんですか?」

「これでお母さんのアップルパイを作るのだ、ティモよ!」

「ありがとうです」

 ルーシュはティモに銀の林檎を渡す。それはまるで神話に出てくる魔神シャイターンが魔族の始祖に銀の林檎を渡したような荘厳さであった。ティモは林檎を受け取ると嬉しそうに銀の林檎を掲げて、美しく輝く様を見上げていた。



 ルーシュはティモを布団に寝かせると

「と、いう訳で、お母さんの為にシルバーアップルパイを焼く事にしたんだけど………って、何で3人して凄く嫌そうな顔をするのさ」

 レナとレヴィアと院長の3人はガックリと肩を落としていた。

「ルーシュ……おかしいと思わなかったの?」

「何が?」

「……」

 不思議そうに首を傾げるルーシュを見て、一同が頭を抱えて大きい溜息をつく。




 ティモの家庭事情を説明されて、ルーシュは驚きの表情を見せる。

「ティモはお母さんに捨てられたの?」

 ルーシュは院長に確認するように尋ねる。

「恐らくは……。丁度、多くの子供が売られた時期に重なりますし、ティモの乗せられていた奴隷船が非合法でないという事からも…」

 院長はほぼ絶望的なのを説明する。

「で、でも親だよ?子供を捨てるわけないじゃん。ティモ凄く良い子だよ?」

 ルーシュは周りの声に対して異議を唱える。

「……そう思いたいのは、分かるのじゃがの」

 レヴィアはルーシュがどこかに自分と重ねているのを感じて強く言えないでいた。

「それに母親に会いに行くのには危険が伴います。次は襲われて殺されるかもしれません。向こうは分かっていて知らない顔をしているのですから、何度行っても…」

「で、でも、本当に頭とか打って忘れちゃったのかもしれないし…」

「それは……」

「お母さんと一緒に暮らせないのは凄く悲しいよ?」

「……」

 実際、ルーシュは母親と一緒に暮らした事はない。母親は1度も母親として接してくれた事は無かった。ルーシュは魔王家の人間だから仕方ないのかもしれない。母親は基本的にルーシュを厳しく躾けても、育てたりはしていない。レナの面倒を見ても、自分はずっと放置されていた。母親に添い寝をしてもらった事も無い子供である。

 全て魔王家だから仕方ないと言う言葉で片付けられて来た。だからこそ、ティモには母親に甘えさせてあげたかった。

「それに、それをティモに説明しても納得しないと思うよ?」

「…」

 ルーシュの指摘ももっともで、もしティモに真実を話したとしてもティモとて納得しないだろう。

「でも差別は実際にあって、人間の気持ちが簡単に変えられないのはイヴェールでよく分かった筈だよ?あの国と真逆のことが起こってるから、簡単に人間と獣人種の間にある壁は越えられないよ」

「ふーむ。それにしても……人間から獣人が生まれるのかぁ。僕らは魔族しかいない場所で過ごしてたけど、確かに魔族でも魔人族と人蛇族が結婚するとどちらかの種族が生まれるね。まさかティモのお母さんが人間だったとは」

 ルーシュは自分達の常識に当てはめて頷く。

 そもそも魔族は暗黒世界に閉じ込められてグランクラブから長らく絶滅した事になっていた。種族の事情を知るには接触時間が少なすぎた。

「ルーシュはどうするの?ティモの手伝いを続けるの?」

「……ティモが諦めないなら僕はそれに付き合うよ?やっぱり…ティモは僕と違ってまだ小さい子供だからお母さんと一緒にいるべきだよ」

 そんなルーシュにレナは諦める様に溜息をつく。

「あまり人間達の中に深入りするのは良くないのじゃがの」

 レヴィアはルーシュがのめり込み過ぎているのを危惧する。

 レヴィアとて100年前は魔族を救う為に駆け回っていた。その経験からも自身の使命をこなすには人間達の中に深入りすると自身の仕事さえ出来なくなるのを知っていた。

 だが純粋なルーシュに、大人からの諦めの言葉を掛けてあげる事は出来なかった。

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