3―2 公園
喫茶店を後にすると、二人で鶴屋公園を目指す。
鶴屋公園は、この辺りでは一番広い公園で、桜の咲く季節には屋台が出たりして、他の市からも大勢の人がやってくる、それなりに有名で人気の公園だ。ただそれ以外の時期は……いや、そこから先は敢えて言うまい。
にしても――
「まさかノープランとは……」
「うっ」
俺の指摘に、楓が痛い所を突かれたと言わんばかりに、言葉を詰まらす。
「だ、大体、こういうのは男の方が考えるものでしょ!?」
「いや、お前の方から誘ってきたから、てっきり何か考えがあるのかと思って……」
「言い訳すんな!」
なんだ、これ? 結局、俺が悪いのか? 到底納得は出来ないが、こんな事程度で喧嘩をする気はさらさらないので、この辺りで早々に話題を換える。
「楓は、鶴屋公園には行った事あるのか?」
「そりゃ、なくはないわよ。小学校の遠足でも行ったし、花見と言えば鶴屋公園でしょ? この辺じゃ」
「だよな……」
とはいえ、花見以外の時期に、尚且つプライベートで鶴屋公園を訪れた経験となると、また話は別だろう。少なくとも、俺にはその経験はない。
「けどなんで、鶴屋公園なの? 別にあそこ、デートの定番スポットってわけでもないでしょ?」
「うーん。何となくかな。逆に日頃行かないからこそ、この機会にみたいな?」
「……まぁ、別にいいんだけどね」
その後は、目的の場所に着くまで、他愛もない話をして過ごした。
あの先生の授業はつまらないとか、あの先生の頭はヅラっぽいとか、楓の梓さんに対する愚痴とか……。
そうこうしている内に、俺達は目的地である鶴屋公園に到着する。
鶴屋公園の見所は、何と言っても西側に広がる大きな池だろう。
学校の運動場が、横並びに四つは収まりそうなほど広いその池の中には、たくさんの鯉が泳いでおり、それ目当てにここを訪れる人も中にはいる――かもしれない。現に池のほとりには、今も数人の人がおり、中を覗き込むようにして見ている。
「わぁー」
そして、隣を歩くウチの姫君は、この池にいたく感銘を受けたようで……。
楓が走って池に近付いていくので、俺もその後を足早に追う。
「見て、誠。鯉が泳いでる。可愛い」
「そうだな」
はしゃぐ楓には悪いが、俺のテンションは鯉程度ではそこまで高くはならない。
が、しかし、折角、楓の気持ちが盛り上がっているというのに、それに水を差すのも何なので一応話を合わせる。
「何匹くらいいるのかな?」
「さぁ、詳しくは知らないけど、百は下らないんじゃないか」
これだけ広い池なら、それぐらい居ても余裕で泳ぐスペースを確保出来る事だろう。
「鯉、好きなのか?」
「うーん。好きか嫌いかと聞かれたら、好きかな?」
その程度の感情で、よくあんなにはしゃげたな。呆れを通り越して、尊敬する。
「鯉が好きというより、この空間にテンションが上がるのよ。小さい頃は、よく、お姉ちゃんに頼んで、連れてきてもらってたから……」
そう言うと楓は、少し遠い目をした。当時の事を、思い出しているのかもしれない。
「何か目当てのモノでもあったのか?」
「そうね。鯉とクジャクは必ず見てたわ。特にクジャクなんて、動物園でしか見られないっていう印象があったから、テンションが上がっちゃって上がっちゃって。今思うと、お姉ちゃんに大分迷惑掛けたと思うな。あの時は」
子供の頃の事なのだから、そんなの気にする必要はないと思うのだが、そういう話ではないんだろうな、きっと。
「じゃあ、クジャクも見に行くか。この後」
「……うん。でも、その前に――」
そう言って楓が取り出したのは、携帯だった。赤いシリコンカバーに覆われた、有名な例のやつだ。
「一緒に、写真撮ってもらってもいい?」
楓が、上目遣い気味にそんな事を尋ねてくる。
「写真?」
「美幸とこーちんが撮ってこいって……」
美幸とこーちん? あー。あの二人か。相変わらず、まだ俺達の関係を疑っているのか? 疑り深いと言うべきか、しつこいと言うべきか……。
「別にいいぞ、写真くらい」
「ホント? じゃあ、こっち来て」
楓に手招きをされ、その隣に並ぶ。
「いっくよー」
携帯を手にした右手を前方に伸ばした楓が、俺に体を寄せてくる。
触れ合った部分が、熱を持ったように熱い。
「ほら、前見て」
「あぁ……」
楓に促され、カメラの方を向く。
「はい、チーズ」
機械音が鳴り、シャッターが切られる。
写真の中の俺は、今どんな顔をしているのだろう? それだけがひどく心配だった。