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blue sky  作者: みゅう
3.解語之花(かいごのはな)
8/24

3―1 琴葉

「――お兄ちゃん、DS」

 ノックもせずに、琴葉(ことは)が部屋に入ってくる。

 ベッドの上に仰向けになって寝転んでいた俺は、顔だけを動かし、視線を扉の方に向ける。

 少し長めの髪を後ろの高い位置で縛った、小柄な少女が、そこに立っていた。

 鳴瀬(なるせ)琴葉。それが今年中二になった、俺の妹の名だ。

 今日はこの後出掛ける予定がないという事で、琴葉の恰好(かっこう)は、白いTシャツに水色のハーフパンツと、かなりラフなものになっている。たまにこれで寝ている事もあるので、琴葉の中でこの組み合わせは、部屋着兼パジャマといった扱いなのだろう。

「ノックぐらいしろって」

「いいじゃん、別に。それよりDS」

 ベッドの上に体を起こし、胡坐(あぐら)をかく。

「DSを?」

「貸して下さい」

 たく。

 枕元に置いてあった3DSを手に取り、立ち上がる。

「ほら」

「わーい。ありがとう」

 差し出されたそれを、近寄ってきた琴葉が(うれ)しそうに受け取る。

「ちゃんと、すぐ返せよ」

「うん。分かった。ところで、お兄ちゃん、明日出掛けるの?」

「なんで、そう思う?」

「なんか、帰ってきてからずっとそわそわしてるし、服が(たた)んで机の上に置いてあるから」

 まぁ、そんな所だろうとは思ったが、今後のために一応、聞いてみた。

「デート?」

「んなわけあるか。男友達だよ」

「ふーん」

 言いながら、琴葉が俺に(うたが)わしげな視線を向ける。

「何だよ、その目は」

「べっつにー。そっか。明日、お兄ちゃん出掛けるんだ。じゃあ、私も出掛けようかな。ちなみに、お兄ちゃんは何時に約束してるの?」

「二時。……というか、まさか付いてくるつもりじゃないよな?」

「まさか」

 そう言って、首を(かし)げ、にこりと笑う琴葉。

 あー。これはやばい、かもな。明日家を出る時は、周りに注意しないと……。


 翌、土曜日の十三時四十分。

 最近よく来る喫茶店〝さと〟に到着した俺は、辺りを見渡し、まだ(かえで)が来てない事を確認してから空いているボックス席に着いた。

 店員がお冷とお絞りを持ってやってきたため、そのまま注文を済ます。

「で、なんでお前がここにいるんだ?」

 少し前から我慢していた言葉を、そこでようやく隣に座る琴葉に伝える。

「あれ? 偶然だね。お兄ちゃんもこのお店だったんだ」

「……」

 後を付けてきておいてよく言う。

 というか、店を入る前までは、確かに琴葉の気配は辺りになかったはずなのに、いつの間に現れたのだろう。尾行技術が上手(うま)過ぎて、普通に引く。そして、なんだ、その恰好は……。

 白いワンピースに身を包み、長い髪を下ろした琴葉の見た目は、さながらどこかの令嬢のようで、〝誰だ、お前〟感が非常に強い。

 この服装も、俺が琴葉の尾行に気付けなかった要因の一つと言えよう。

「まぁまぁ、彼女さんの顔見たらすぐお(いとま)するからさ」

「と言いつつ、ちゃっかり、注文済ませてるんじゃねーよ」

「彼女さんの顔見て、一杯飲んだら本当にお暇するから」

 まぁ、今更追い返しても駄々(ただ)をこねられるだけだろうし、今日の所は諦めよう。

 程なくして、注文した物がそれぞれの前に置かれ、店員が再び引っ込む。

「ねぇ、お兄ちゃんの彼女さんって、どんな感じの人?」

 アイスミルクに刺さったストローを口に付けながら、琴葉がふとそんな事を聞いてくる。

「そうだな……」

 視線を天井に向け、考える。

「良くも悪くも目立つ感じかな。茶髪で制服着崩してて、ぱっと見、怖そうだし」

「へー。私、お兄ちゃんの好みって、もっと大人しい感じの人かと思ってた」

「否定はしない。けど、好みの相手と毎回付き合うとは限らないだろ? 人を好きになるって、もっと、こう感情的なもんっていうか……」

 妹の手前、偉そうな事を垂れてみたが、俺自身、付き合うという事に関して何かを知っているわけではない。何せ、まだ誰かと付き合った経験がないのだから。

 扉が開き、来客を告げる鐘の音が店内に響く。

 視線を向け、入ってきた人物の顔を確認する。楓だ。

 俺同様、店に入るなり辺りを見渡す楓。彼女の視界に入りやすいよう、手を振る。どうやら気付いたらしい。

 少し驚いた表情を浮かべた後、楓がこちらに寄ってきた。

「えーっと……」

「妹の琴葉。すぐ帰るらしいから気にしないで」

 楓に説明しつつ、琴葉に釘を刺す。

 こう言っておかないと、流れでいつまでも居座る可能性があり、非常に危険だ。

「琴葉です。兄がお世話になってます」

「あ、ご丁寧にどうも」

 琴葉が頭を下げ、それに釣られて楓に頭を下げる。

 なんだ、この光景は……。

「とりあえず、座ったら」

「うん……」

 思わぬ展開に動揺しているのか、楓が鈍い動作で俺の前に腰を下ろす。

「ほら、何か言う事ないの?」

 楓が正面に座るなり、琴葉が俺の脇腹を(ひじ)で突く。

 これでも長い間、兄妹(きょうだい)をやっているので、琴葉の言いたい事は分かる。……というか、(うなが)されなくとも、それぐらいの気(づか)いは俺にも出来るのだが。

可愛(かわい)い恰好だな。似合ってるよ」

「――ッ」

 俺の素直な感想に、楓の顔が真っ赤に染まる。

 今日の楓の恰好は、上は黒い半袖のカットソー+薄手の白いブラウス(長袖)、下はカーキ色のティアードスカート(ミニ)+黒いレギンスと、比較的落ち着いた雰囲気の服装で、楓のイメージとは少し違うが、それが逆に、いい意味でギャップを生んでいた。

「ではでは、私はお邪魔なようなので、退散しますね。お二人共、ごゆっくりー」

 そう言うと、琴葉は小さく手を振り、扉の方に一人歩いていってしまった。

 本当に、楓の顔を見に来ただけだったんだな、あいつは。

 琴葉と入れ替わるようにして、店員が俺達の席にやってくる。

 俺の分の注文はすでに済ませてあったため、楓の分の注文だけをする。

「可愛らしい妹さんね」

 店員がいなくなったタイミングで、楓が(つぶや)くようにそう言う。

「まぁね」

「認めちゃうんだ」

「客観的な事実だからね。否定のしようがない」

 俺の言い方がおかしかったのか、楓がくすくすと声を我慢するように笑う。

「何だよ」

「ごめん。ううん。全く持ってその通りだと思って」

 よく分からないが、何だか馬鹿(ばか)にされている気がする。……まぁ、いいか。

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