2―3 梓
昼休み。いつものように学食で昼食を取っていると、突然、斜め前に誰かが立った。
「ここ、いいかしら?」
「……」
「えーっと、どうぞ……」
問われた楓が答えなかったため、代わりに俺が答える。若干、楓の顔色を窺いながら……。
「ありがと」
俺に笑顔を浮かべ、女性――桂木先生が楓の隣に腰を下ろす。
「何しに来たのよ」
「あら、ここは学食よ。ご飯を食べに私が来ても、別におかしな事はないでしょ?」
「お弁当持って?」
「そっくりそのまま返すわ」
「……」
睨み合う姉妹。
……といっても、姉の方は笑顔で、怖い顔をしているのは妹の方だけだが。
「ごめんなさいね、鳴瀬君。こういう子で」
「いえ――」
「こういう子ってどういう事よ!」
俺の否定の言葉に被せるように、楓が先生に食ってかかる。
楓のこういう反応は初めてで、少し面を食らう。
「楓。鳴瀬君がびっくりしてるわよ」
「あぅ。うー」
唸りながら、恨めしげに俺を睨む楓。
これは、どういった反応なのだろう?
楓が俺を睨む間に、先生は涼しげな顔で自分の弁当箱の包みを解き、昼食を取る準備を進めていた。
「ところで、二人はお友達、なのよね」
「なっ!」
何気なく――という風を装い放った先生の言葉に、楓が声を詰まらせる。
「……」
昨日の事もあり、俺は無反応を貫く事にした。
楓が俺を見る。
俺はそれに対し、「お好きにどうぞ」という意味を込め、肩を竦めて見せた。
「わ、私達は……」
躊躇いと迷い。二つの感情が楓の瞳を揺らす。
たく。ホント、見た目に反して、こういうとこは弱気だよな。
「すみません。昨日は嘘を吐きました」
「「え?」」
突然口を開いた俺に、姉妹の視線が集まる。
「楓が、先生にどういう風に俺達の関係を説明してるか分からなかったので」
「つまり、二人はただの友達ではない、という事かしら?」
「はい」
先生の目を見て、はっきりと頷く。
不思議と、嘘を吐いているという感覚はなかった。
まぁ、嘘は言っていないので、当然といえば当然だが……。
「へー。楓に恋人がね……」
「な、何よ?」
先生にからかいの眼差しを向けられ、楓がたじろぐ。
「べっつに……。あっ。という事は、楓の言ってた王子――」
「あー!」
突如、楓が大声を出す。
幸いな事に、学食内は騒がしく、楓にそれほど注目が集まる事はなかったが、それでも周りの何人かはこちらに視線を向け、驚きや訝しげな表情をその顔に浮かべていた。
「あぅ……」
自分の状況を把握し、小さく縮こまる楓。
他人の評価なんて気にしないような風貌しておいて、意外に気にしいだよな、こいつ。
「そういえば――」
食事をようやく開始しながら、先生がふと何かを思い出したかのようにそう口を開く。
「今度の休日、二人はデートなのかしら?」
「なっ!?」
「はい?」
先生の発言に、楓と俺がそれぞれ驚きの反応を見せる。
反応を見る限り、どうやら楓の口から情報が漏れたわけではなさそうだ。
「ど、どうしてそれを……?」
「そりゃ、あんなに楽しそうに洋服選んでたら、誰でも勘付くわよ」
「見てたの!?」
「扉、開いてたわよ」
「――ッ」
楓の顔が赤く染まる。
……服選んでいただけだよな? それなのに、なんだ、この反応は? 変を通り越して心配になるわ、さすがに。
「おいおい。服選んでる所を見られたくらいで、オーバーだぞ、楓」
「その選び方が問題なのよねー」
「――ッ」
「?」
服の選び方? そんなのに、問題も何もないだろ、普通。
「もしかして、初デート? なら、楓のあのはしゃぎようも――んー!」
さっき、大声を出して注目を浴びたためだろう。今度は、先生の口を、楓が自身の手で直接塞ぐ。
「あかっふぁ。ぽういふぁふぁいふぁふぁ」
「ホントでしょうね……」
何やら言われて、先生の口から手を離す楓。
おそらく、〝分かった。もう言わないから〟と言ったのだろう。……多分。
「ぱぁっ。もう。急に口塞がないでよね。びっくりするじゃない」
「びっくりするのはこっちよ。さっきから、余計な事をペラペラと……」
「余計、ね……。まぁ、いいわ。じゃあ、代わりに、二人の馴れ初めを教えてよ」
「何の代わりなんだが」
姉の対応に疲れを感じてきたのか、楓が溜息を吐く。
「話してもいい? 誠」
「あぁ……」
俺達は実際に付き合っているわけではないので、当然、馴れ初めなどあるはずがない。つまり、今の〝話していい?〟は、〝馴れ初めを勝手に作っていい?〟という意味だろう。そして、俺としては、無論、そうしてもらって一向に構わない。
「私の方から告白したの? 付き合って下さいって」
〝え?〟という言葉が、思わず口から出掛った。
楓に任すと決めた時点で、俺は二人の馴れ初めが、彼女に有利な感じに作られると予想をしていた。例えば、俺が楓に一目惚れしたとか。楓が困っていたのを俺が助けたとか。どうせありもしない嘘話なんだから、そうするのが当たり前なような気がするのだが……。
「ふーん。具体的にはどうやって?」
「手紙を出して、校舎裏に呼び出したの。そして、そこで普通に告白、って感じかな」
「へー。楓にしては大胆ね。恥ずかしがり屋さんだから、そんな事出来ないと思ってた」
「でも、それが一番簡単で、確率が高いと思ったから」
凄いな。よくもまぁ、ここまで淀みなく嘘が吐けるもんだ。とても、今考えた嘘話とは思えないクォリティーである。
「鳴瀬君は、告白されてどう思ったの?」
「俺ですか? 俺は……」
少し考える。もし初対面の楓から告白されたら、俺ならどう思うだろう?
「正直、最初は驚きました。楓はこんな感じだし、俺とは縁遠い女の子っていうか、今までこういった女友達もいませんでしたし。けど、少し話したら、楓の内面が少し分かって、〝あぁ、見た目通りじゃないんだな〟って。もちろん、いい意味でですよ」
そう言って俺は、苦笑を浮かべる。
意外と言葉は、すんなり口から発せられた。半分以上、本当に思った事を言っているので、ある意味、当然な事ではあるが……。
「で、OKしたわけ?」
「はい。断る理由を探す方が難しいですから」
ルックス。性格。会話のフィーリング。どれもが俺にとって○や◎であり、唯一気になる点があるとすれば、楓の事を俺が全く知らないという事だが――って、何考えているんだ、俺は。これじゃまるで、俺が本当に楓から告白された事があるみたいじゃないか。
「だってさ、楓」
「――ッ」
先生から突如話を振られた楓が、拗ねたようにそっぽを向く。
からかわれ過ぎて、さすがに怒ったのだろうか?
「ちょっと、桂木先生」
「梓」
「え?」
「私の名前。梓っていうの。プライベートの時は下の名前で呼んでね。誠君」
そう言って、桂木先生が微笑む。
その笑顔は本当に温かくて、俺はふいに懐かしい感覚に襲われた。それはまるで、アルバムの古い写真を見た時のそれのようで……。