2―2 好み
「――遅い!」
待ち合わせ場所である校門に着くなり、先に来て待っていた楓に、開口一番怒られる。
楓の容姿はひどく目立つ。そのため、怒られている俺までも、無駄に注目を浴びてしまう。
「偶然、お前の姉さんと会ってな」
「お姉ちゃんと?」
姉というワードが出た瞬間、先程までの剣幕が嘘のように、楓のテンションが大人しいものに変わる。
「荷物を運ぶのを手伝ってきたんだ」
「ふーん。……ありがとう」
「どういたしまして」
楓が歩き出し、俺もすぐにその横に並ぶ。
「お姉ちゃんとは、どんな話をしたの?」
「別に。お前との関係を聞かれたくらいかな」
後は学校生活について少々、といった感じか。
「それでなんて答えたのよ」
「普通に、友達、って答えたよ。身内にまで嘘は吐けないだろ?」
「まぁ、ね……」
そう言いながらも、楓の様子はどこか不満げで、不貞腐れているようですらあった。
「何だよ。ダメだったのか?」
「ダメなんて、言ってないでしょ」
だったら、何だよ、その態度は……。
「それより、女の子を待たせたんだから、当然、何かお詫び的なものが必要よね」
「だからそれは、お前の姉さんを手伝ってだな」
「つまり、私とお姉ちゃんを天秤に掛けて、お姉ちゃんを取った、と」
「そんな事、一言も言ってないだろ!」
言い掛かりも甚だしい。
「お姉ちゃん、綺麗だもんね」
「いや、確かに綺麗だけども、それとこれは話が別だろ」
「へー。ああいうのがタイプなんだ」
そう言うと、なぜか楓がジト目で俺を睨んでくる。
「そ、そう言えば、喉が渇いたなぁ。どこか落ち着いて飲み物が飲める所はないかなぁ」
「そうね。ついでに小腹も空いたわ。ちょうど近くに私の行き着けの喫茶店があるから、そこで少し休憩しましょう。もちろん会計は、男性が出してくれるのよね?」
「……出来れば、千円以内でお願いします」
まぁ、二千円足らずの出費でこの場が丸く収まるのなら、ある意味、安いものかもしれない。二千円足らずで済めば、の話だが……。
店内に入ると、ボックス席に向かい合って座る。
お冷とお絞りをお盆に乗せて持ってきた店員に、それぞれ注文をし、ようやく一息吐く。
「誠はお姉ちゃんの事どう思う?」
「またその話か……」
一旦終わったと思った話をぶり返され、思わず溜息を吐く。
「そうじゃなくて! 男の子はやっぱり、ああいうタイプが好きなのかなって思って」
まぁ確かに、桂木先生は大人で綺麗で、その上、親しみやすい性格をしている。あの手のタイプを嫌う男子はいないだろう。
「男の子って一括りで言うけどさ、好みは人それぞれだし、そもそも好みのタイプを好きになるとは限らないだろ?」
「じゃあ、誠の好みのタイプは?」
「俺? 俺は……」
一瞬、頭に幼い俺を助け起こしてくれたお姉さんの顔が浮かんだがすぐに打ち消す。彼女に対して抱いた感情は憧れであり、いわゆる好きとは違うはずだ。
「可愛い子かな」
「顔が、って事?」
「うーん。それも否定はしないけど、どちらかと言うと内面の方かな。例えば、ちょっと子供ぽっかったり、不器用だったり?」
これに関して言えば、俺が可愛いと感じるかどうかに尽きるので、具体例は挙げづらい。ただ今言った要素に嘘はないと思う。
「ふーん」
「あ、狙うのは無しな。飽くまでも素での言動の話だからな」
「分かってるわよ! それくらい」
店員が注文した物を持って戻ってきたため、一度会話を止める。
「なら、恰好は? どういうのが好き?」
「どういうのと言われても、似合ってれば何でもいいと思うぞ、正直」
逆に似合っていなければ、どんな格好をされてもいいとは思えない……と思う。深く考えた事ないから、よく分からないけど。
「それでも、なんかあるでしょ? ミニスカとかワンピとか」
「何? 着てくれるの?」
「なっ!?」
俺の一言に、楓が固まる。
流れ的にそういう展開かと思ったのだが、どうやら違ったらしい。
「悪い。そんなわけないよな」
苦笑を浮かべながら、目の前のアイスティーに口をつける。
少し空回り気味だった思考が、飲み物の冷たさでクールダウンされた。
「……わよ」
「へ?」
「着てあげてもいいって言ってるの!」
「マジで?」
服を着るという事は、暗に俺と制服以外の恰好で会ってもいいと言っているのと同じだ。それはつまり――
「デート?」
「――ッ」
俺の一言に、再び楓が固まる。ただ先程とは違い、顔が真っ赤だ。
「あ、いや、ごめん」
いかんいかん。また変な事を……。
デートって。俺と楓はそういう関係じゃないってのに。
「……デートしたいの? 私と」
「え? まぁ、俺も男だからな。可愛い女の子とデート出来たら嬉しいというか、嫌なわけないわな」
などと、気恥ずかしさから思わず、一般論に逃げてしまう。
「じゃあ、しましょ。デート」
「ホントに?」
「何よ! 嫌なの!?」
「いやいや、とんでもない」
ただ急な事で、思考の処理が追い付かないだけだ。
「で、結局、どんな服が好きなの?」
「どんな……」
視線を天井に向け、考える。
こうなってくると、俺の好きな服を教えるというよりも、俺が楓に来て欲しい服を選ぶという方に話が変わってくる。
楓の雰囲気だと、ミニスカとかショートパンツとかが似合いそうだけど、敢えてそこを外して選ぶのも有りだと思う。とはいえ、外し過ぎると変だし、かといって無難過ぎるのもな……。よし。
「任せた」
「は! ぶさけんじゃないわよ! 着るって言った手前、ある程度は我慢する気満々でいたっていうのに。任せるだぁ? 私の決心返しなさいよね!」
「いや、別に投げやりになったわけじゃ決してなく」
というか、決心って……。俺がどんな服を指定すると思ってたんだ、こいつ。
「楓の選んだ、楓の私服が見たいなと思ってさ。男としては、そういうのも含めて女の子の服装を楽しむというか……」
「わ、分かったわ。なら、今度の土曜日に、ここに集合でどう?」
「え? あ、うん。いいぞ。それで問題ない」
その後の話し合いの結果、集合時間は二時という事になった。モーニングで賑わう時間を避けつつ、昼食は各自で済ませてくる――つまりはそういうわけだ。
「遅れたら承知しないから」
「分かってるって」
そこから俺達は、今までの話とは全く関係ない話を二人でした。古典の先生の頭は不自然だとか、昨日見たテレビが面白かったとか……。多分、お互い、過剰に意識したくなかったんだと思う。二人の初デートを。