1―4 候補
「――ありがとうございます。ありがとうございます」
見知らぬ女生徒が、俺に対してこれでもかという勢いで、頭を二度三度下げる。
「そんな。いいって。ホント、見つかって良かったね」
最後にもう一度「ありがとうございました」と頭を下げ、女生徒は校門のある方に小走りで去っていった。
「誰あれ? 知り合い?」
女生徒と入れ替わるように、今度は楓で俺の前に現れる。
「いや、知らない子。自転車の鍵を落としたって言うから、一緒に捜してたんだ」
放課後。帰ろうと思い、昇降口に向かって校舎二階の廊下を歩いていた俺の目に、中庭で何やら捜し物をしているらしい女生徒の姿が映り……今に至る、と。
「人がいいのね」
「よく言われるよ」
呆れたように言う楓に、俺は苦笑を浮かべてみせる。
その言葉に、いい意味以外の意味が込められている事は、重々承知している。それでもこの生き方は変えられない。
初めは、確かにあの人への憧れから始めた人助けだった。けど、今ではこれが自分の生き方だと胸を張って言える。例え、人から呆れられようとも……。例え、人から馬鹿にされようとも……。
「用事はもう済んだ?」
「あぁ」
見ての通り、万事解決だ。
「じゃあ、一緒に帰りましょ」
「え?」
「何? 嫌なの?」
「いや、そうじゃないけど……」
さり気なく校舎の方に目をやる。
やはり、女生徒二人がこちらを窺っていた。
「あれは?」
「気にしないで。付いては来ないみたいだから」
どうやら楓も、あの二人の行動には迷惑しているらしい。
「と、とにかく、一緒に帰るわよ!」
手を引かれ、校門の方に無理矢理連れていかれる。
「ちょ、ちょっと。楓」
「う、うるさいわね。抵抗するんじゃないわよ。二人に怪しまれるでしょ」
「あー……」
そういう事。
とはいえ、状況は把握出来たので、大人しく楓の隣に並ぶ。
「てか、やっぱ、彼氏役やらされるんじゃん、俺」
「だ、か、ら。彼氏候補だって。候補」
「はいはい」
もう、何でもいいよ。好きにしてくれ。
「ところで、その彼氏候補とやらには、何か特典でもあるのか?」
「特典? 私と付き合えるかもしれないという事以外に、何か特典が必要なの?」
「……」
まぁ確かに、客観的に見れば、楓の言う事に何らおかしな点はないように思える。飽くまでも、客観的に見れば、の話だが。
「何? もしかして、私に何かやらせようとしてるわけ?」
「何かって?」
「それは……」
顔を反対側に向け、何やらごにょごにょと口を動かす楓。
何なんだ、一体。……ん?
いきなりの展開で気付くのが遅れたが、楓の手少し湿ってないか?
「もしかして、緊張してんのか?」
「な!?」
俺の指摘に、楓が立ち止まり、慌てて繋いでいた手を離す。
「ご、ごめん。私、手汗ひどかった?」
そう言って、自分の両手をスカートに擦り付ける楓。
「いや、別に……」
「ヤダ。もう」
「……」
未だ両手をスカートに擦り付け中の楓の左手を、無言で取る。
「え?」
驚いた表情で、楓が俺の顔を見る。
「まだお前の友達に、見られてるかもしれないだろ?」
「……うん」
手を握り、再び歩き出す。
何だよ、急に大人しくなりやがって。調子狂うな。それに、緊張って……まさかな。
「楓」
「何よ」
「お前の髪って、よく見ると綺麗な」
「は?」
何言ってんの、こいつ。
俺の顔をマジマジと見る楓の顔には、そうはっきりと、彼女の心の声が浮かび上がっていた。
「というか、よく見ないと綺麗じゃないわけ?」
「そういうわけじゃないけど……」
改めて近くで見たら、そう感じたというか……。ぶっちゃっけ、話の流れを変えられれば、実の所、話題は何でも良かったわけで……。
「後言っとくけど、これ地毛だから」
「え? マジ?」
嘘だろ? 日本人で、こんな綺麗な茶髪いるわけが……。
「クォーターなの、私」
「くぉーたーって、あの、四分の一が外国人っていう?」
テレビなどではたまに見るが、実際に本物を見るのは初めてだ。
「そう。お婆ちゃんが外国の人で、髪の色以外は、あんま他の人と変わらないから、なかなか信じてもらえないけど……」
「ふーん。だからか」
「何がよ」
不満そうに、俺に口を尖らせてみせる楓。
「楓が可愛いの」
「――ッ」
俺の言葉が何やら気に食わなかったらしく、楓が俺から顔を背ける。
「あ、悪い。そういう言い方って、良くないんだよな。人種差別? みたいな? ごめん。悪気はなかったんだ。ホント、ただ思った事を口にしたというか、楓が可愛いのは事実だし」
「うるさい」
言葉と共に、突如、俺の口が楓の左手によって塞がれる。
「それ以上言うな。言ったら縫い付けるからね、その口」
「ふぁい」
よく分からないが、楓は怒っていたわけではなさそうだ。
顔は赤く、多少興奮した節が見受けられるが、あれは怒っているのではなく――
「今、変な事考えたでしょ!」
ふるふる。
まともに話せないため、顔の動きで答える。
楓は恥ずかしがり屋。覚えておこう。