5―4 記憶
この辺りでは、一番大きな駅の南口。そちら側の駅下に店舗を構えるコンビニの前が、今回の待ち合わせ場所だった。
私がその場所に到着すると、案の定、美幸が先に来て待っていた。
ちなみにまだ、約束の時間までは、十分程の余裕がある。私が遅いのではなく、彼女が早過ぎるのだ。
「やっほー、早いね」
片手を挙げ、そう声を掛けてきた美幸に、私も片手を挙げ応える。
「いつも思うけど、それって、先に来て待ってる人の台詞じゃないよね」
「そう?」
不思議そうに小首を傾げる美幸に歩み寄り、彼女の前で立ち止まる。
下は赤茶色の短パン、上は黒いTシャツに赤いパーカーという組み合わせの美幸の風貌は、彼女の髪が短い事も相俟って、一見すると男の子と見間違われそうだ。
が、しかし、黒いニーソックスと短パンの間に見える意外と焼けていない肌色の足や、パーカーを押し上げる二つの膨らみが、その勘違いをすぐに一掃してくれる。……まぁ、それより何より、顔を見れば一発なんだけどね。
「じー」
と実際に口にして、美幸が私を――というか私の姿を、目を細めて見つめてくる。
「な、何?」
僅かに後退りながら、私は尋ねる。
「いや、相変わらず、お洒落だなって……」
「……」
今日は特に気合を入れたファッションというわけではないのだが、もしかして場違いだっただろうか?
誠とデートの時は、彼の好みを考え、それらしい恰好をしたが、今日の服装は完全に自分の趣味で選んだ。そして、チュニック+レギンスという組み合わせは、私の中で比較的〝よくある〟服装で、むしろラフな部類に入る。
「ま、楓の場合、元がいいから、何着てもお洒落なんだろうけど」
「何それ」
美幸のあまりの言い様に、私は思わず苦笑を浮かべる。
「こーちんは? まだ来てないの?」
話題を換える意味も込め、辺りを見渡し、美幸にそう尋ねる。
毎回早めに待ち合わせ場所に来る美幸とは違い、こーちんは気まぐれで、早く来たり遅くきたりと彼女の到着時間はまちまちだ。
なので、この時間にいない事自体は、然程珍しい事ではない。
「どうやら、今日はそういう日みたい。十分過ぎても来なかったら、電話……って事で」
「ま、特に急ぐ用でもないし、気長に待ちましょ」
言い出しっぺが遅刻とは、さすがこーちん、マイペースというべきか、言動が読めないというべきか……。
「そう言えば、今週は彼氏君とは会わないの?」
「会うよ。明日。誠も今日は用事があるんだって」
どんな用事があるかまでは聞いていない。親しき仲にも礼儀有り――ではないが、いちいち聞いていたらキリないし、単純に面倒臭いだろう。お互いに。
「ふーん。仲の宜しい事で」
「お陰様で」
拗ねたような態度を取る美幸に、私も険のある――ような言い方で返す。
そして――
「うふふ」
「あはは」
二人で顔を見合わせ、笑う。
「何だか、二人楽しそう」
「「――ッ」」
いつの間に現れたのか、こーちんが、背後から私達の間にぬーっと顔を割り込ませてきた。
「心。アンタ、いつの間に……」
「今、到着した。待ち合わせ場所間違えて、北口に行っちゃってた」
なるほど。だから、背後から現れたのか。
北口から南口に移動をするなら、駅構内を横切るのが最速で最短だ。おそらく、こーちんもそうしてこっちにやってきたのだろう。
「時間ぴったし。だから、遅刻じゃない」
ふんっと鼻息を吐き、両の拳を体の前で握るこーちん。
いや別に、遅刻云々はそこまで気にする必要はないと思うのだが……。
こーちんの今日の恰好は、黒のコクーンワンピ。彼女の独特の雰囲気と合わさって、どこかお嬢様チックな感じを受ける。……というか、こーちんの家は結構お金持ちらしいので、〝チック〟ではなく、〝まさに〟なのかもしれないが。
「早く。クレープ」
「はいはい。たく、最後に来ておいて……」
待ちきれないといった感じで一人先に歩き出すこーちんを追って、美幸も文句を口にしつつ移動を開始する。
二人は幼馴染み。何だかんだ言って仲好しだ。
新しいメニューが加わったためか、店内はテラス席を含め盛況で、私達は商品を受け取ると、その足で近くの公園に向かった。
公園のベンチに三人で並んで腰を下ろし、それぞれの手に持たれたクレープに被りつく。
いつもはかなりの確率で、三者三様の注文となる事が多いが、今日ばかりは皆一様に同じ物を購入した。
新メニュー、アボガドクリームチーズチョコバナナ味。
ちなみに、その味はというと――
「……まぁ、想像通りというか」
ベンチの中央に座る美幸が、少しげんなりしたような表情を浮かべ、そう味の感想を告げる。
「美味しいけどね……」
美幸の左側に座った私も、それに続く。
決して不味くはない。むしろ、美味しい。だが――
「所詮は変化球かな」
美幸の言葉に、私も心の中で頷く。
たまに食べる分にはいいかもしれないが、やはりこれを頼むくらいなら、普通にチョコバナナ味を頼んだ方が無難だろう。
とはいえ、好みは人それぞれだし、私達の味覚の方が間違っている可能性もある。少なくとも、ここに約一名、この味を気に入った女子高生がいるわけだし……。
私から見て、美幸を挟んで右隣に、自分の手の中にあるクレープを美味しそうに頬張る少女の姿があった。何を隠そう、その人物こそ私の友人、こーちんだった。
こーちんは食べる事が好きで、特に気に入った物があると、目を輝かせてひたすら食べ続ける。その間、彼女が会話に入ってくる事はない。というか、周りの音がシャットアウトされている感じだ。
「これからどうする?」
呆れたような視線をこーちんに一度送った後、美幸が私の方を向いてそう尋ねてくる。
「どうしようか……」
本日の目的はクレープ屋の新メニューを食べる事で、その目的は早くも達成してしまった。
適当に辺りをぶらついてもいいのだが、それは何も案が浮かばなかった時の最終手段として残しておくて事にしよう。
「誰かの家に行くってのも手だけど」
「ウチは別にいいよ。今は、お姉ちゃんもいないだろうし」
ウチの両親は共働きをしており、その仕事は必ずしも土日休みではない。その週に寄っては火曜日だったり水曜日だったりバラバラだ。そして、今日は二人共、休みではない。
「うーん……」
唸り声を挙げ、美幸がクレープに被りつく。
妙案浮かばず、といったところか。
自分も思考をしながら、視線を前方に向け、クレープを口に運ぶ。
土曜日という事もあって、公園内には子供の姿が多く見受けられた。
鬼ごっこだろうか。
一人の男の子が、数人の男の子を追い回していた。しかし、追い掛けている方の男の子は、他の子より遅いらしく、なかなか捕まらない。
何気なくその様子をぼんやり眺めていると、ふいに男の子が転んだ。
あっ。
男の子は立ち上がろうとはせず、そのまま地面にうつ伏せてしまった。
泣き声が聞こえる。
近くに親はいないようで、近寄ってくる様子はない。
一緒に遊んでいた子供達も心配そうに見つめはするが、助け起こそうとする者はいなかった。
自分が行こうか。でも……。
私が逡巡している間に、一人の女性が男の子に近寄る。
若い。けれど、私達よりは大分年の離れた女性だ。誰かのお母さんだろうか。違ったら失礼だが、年齢はそのくらい、二十七・八だろう。
女性は男の子に声を掛け、その前方にしゃがみこんだ。
男の子が顔を上げ、女性を見る。そして、自分の足で立ち上がった。
女性は、男の子に付いた砂を手で優しく払い、水飲み場まで彼を誘導する。
凄い。私には、とてもあんな真似は出来ない。
恥ずかしいとか、変な勘違いをされたら嫌だとか、止める理由ばかりが頭に浮かんで、結局、私は立ち上がる事すら出来なかった。
ああいう人が、本当に〝優しい人〟なんだろう。
「――っ」
頭の中で突如、思考が目まぐるしく展開される。
公園。転んだ男の子を助け起こす女性。水飲み場。ハンカチ。
喫茶店で琴葉ちゃんに話を聞いた時には、思い出しきれなかった事が、ようやく今になって私の頭の中に蘇る。
そうか。あの話……。
「楓?」
隣を向くと、美幸が不思議そうな表情で私の事を見ていた。
「え? 何?」
美幸がなぜ自分の事を見ているのか予想が付いていながらも、はぐらかすためにそう尋ねる。
「ううん。何でもない」
私の問い掛けに、美幸が微苦笑を浮かべ、首を横に振る。
美幸には悪いが、今の自分の状況を、彼女に正確に伝える事は出来そうにない。なぜなら、自分自身、まだよく分かっていないのだから。




