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blue sky  作者: みゅう
5.梅に鶯(うぐいす)、松に鶴
18/24

5―2 ハンカチ

 木曜日。約束の時間の十分前に私は、約束のお店に到着した。一度家に帰る時間はなかったため、恰好は制服のままだ。

 扉を開けると、店内に流れるBGMと小さな鐘の音が私を出迎えた。

「いらっしゃいませ」

 寄ってきた店員さんに、待ち合わせである事を告げ、店内を見渡す。

 いた。

 店員さんに断りを入れ、その場所に進む。

「ごめん。待った?」

「いえ、今来た所です」

 私の言葉に、琴葉(ことは)ちゃんが微笑(ほほえ)みを返す。

 琴葉ちゃんと、テーブル越しに向かい合って座る。

 彼女も私同様、制服姿だった。琴葉ちゃんと私では通っている・通っていた中学が違うので、その制服姿は私の目に新鮮に映る。

 お冷とお絞りを持ってきた店員に、注文を告げる。

 すでに琴葉ちゃんは注文を済ましているらしく、彼女の前にはアイスミルクの入ったコップが置かれていた。

 私の勝手な感想だが、琴葉ちゃんとミルクはよく合う。彼女はどこか猫チックだ。しかも、生まれて間もない子猫。超可愛い。

「琴葉ちゃん、中二だっけ?」

 話の枕ではないが、会話の導入として比較的当たり(さわ)りのない話題を振る。

「はい。来年は受験生です」

「どこか入りたい学校とかあるの?」

白詰(しろつめ)です」

「それはお兄さんがいるから?」

「そうですね。後は家から歩いて通えるし、朝眠れるかなって」

 そう言うと琴葉ちゃんは、肩を(すく)めて可愛らしく苦笑した。

「そっか。大丈夫そう?」

「まぁ、何とか。今の成績を維持出来れば余裕だろうって」

 真面目そうだもんな、琴葉ちゃん。勉強もちゃんとやっているんだろうな。私なんて受験間際に何とか盛り返して入学した感じなので、アドバイスどころの話ではない。

 そうこうしている内に、店員さんがやってきて、私の前にアメリカンの入ったカップを置く。

「ごゆっくり」

 一礼をし、店員さんは私達の席からすぐさま離れていった。

 テーブルの端に置かれたミルクを手に取り、少し垂らす。黒い液体の中に浮かんだ白い線を、小さなスプーンで消していく。

 ミルクが十分に混ざり切った所で、私はカップを口に運んだ。

 うん。苦い。

「楓さん、アメリカンとか飲むんですね」

「え?」

 琴葉ちゃんの指摘に、私は驚きの声を挙げる。

「あ、すみません。なんか、大人だなって思って」

 私の反応をどう受け取ったのか、琴葉ちゃんが恥ずかしそうに俯く。

 そう言えば私は、なんでアメリカンなんて頼んだんだろう?

 私はいつもこの手の店に入った時、紅茶を頼む事が多い。家ではコーヒーを飲むが、別に好きというわけではない。……あ。

「ふふ」

 自分がアメリカンを頼んだ理由が分かり、思わず笑みが(こぼ)れる。

「あ、笑いました?」

「いやいや、ごめん。そうじゃなくて、毒されてるなって思って」

「?」

 訳が分からないと言った風に、琴葉ちゃんが小首を(かし)げる。

「あなたのお兄さんに」

「あー」

 その一言で、琴葉ちゃんも合点がいったらしい。

 つまり私は、無意識に、誠がいつも注文する物を今頼んでしまったというわけだ。多分、誠がこの場にいないからこその行動、なのだろう。

「良かったです。仲良さそうで」

「仲は、悪くはないかな。付き合いたてだし」

「兄とはいつから?」

「……」

 考える。どう答えようか。

「実は、この前、琴葉ちゃんとここで会った時点では、まだ付き合ってなかったの」

 考えた末、正直に答える事にした。

 琴葉ちゃんにこれ以上嘘を()いても仕方ないし、吐きたくもない。

「え? だって……。あー。デートしたからといって、付き合ってるとは限らないのか」

 良かった。どうやら誠は、私達の事を、琴葉ちゃんにまだ詳しく話していなかったようだ。

「あの後、私から告白して付き合い出したの」

「じゃあ、まだ付き合い始めて数日? ほやほや?」

「だね」

 琴葉ちゃんの言葉に、私は苦笑を浮かべる。

 まだ私達の関係は、始まったばかりもいいところだった。


「――楓さん、私に何か聞きたい事があるんですよね?」

 折を見て切り出そうと思っていた話を、逆に琴葉ちゃんの方から切り出されてしまう。

 バレバレ、か。

「誠の事、なんだけど……」

「はい」

 琴葉ちゃんが、全てお見通しといった感じで微笑む。

 適わないな、この子には。本当に、私より年下、なのだろうか。

「誠が持ってる、ハンカチの事知ってる?」

「ハンカチ? 楓さんが返したやつですか? 今は肌身離さず持ってますよ」

「あ、そっちじゃなくて……」

 というか、その話、誠の奴、琴葉ちゃんに話したんだ。……まぁ、いいけど。

「白い、金色の刺繍(ししゅう)が入ったやつなんだけど……」

「あぁ……。あれですか」

 良かった。知っているみたいだ。もし琴葉ちゃんが知らなければ、それこそ打つ手なし、本人に聞くしかないという感じだったのだが。

「確か、小さい頃、公園で転んだ所を綺麗なお姉さんに助けてもらって、そのお姉さんからもらった物、だった気が……。私も、数年前に一度聞いただけなので、記憶は定かではありませんけど」

 小さい頃、公園、お姉さん。私の中で、三つのキーワードが何かに引っ掛かる。

 この話、昔どこかで……。

「でも、どうしてそんな事聞くんです?」

 琴葉ちゃんの疑問は、もっともだと思う。私が同じ立場でも、きっと同じ事を思い、同じ事を口にしたと思う。

「気になったから。誠が大事そうにしてて」

「焼き餅?」

 そう言って、琴葉ちゃんが小首を傾げる。

「というより、危機感、かな? 私の中で何かが告げるの。無視出来ないって」

 他人が聞けば、馬鹿げていると思われそうなその理由も、今の私を動かす理由としては、十分過ぎるほど十分過ぎて……。

「愛されてますねぇ。ウチの兄は」

 実感の(こも)った呟きに、私は苦笑を浮かべる。

「カッコいいからね。琴葉ちゃんのお兄ちゃん」

「ですね」

 二人で、顔を見合わせ笑う。

 カップを口に運ぶ。

 程よく冷めた黒(かっ)色の飲み物は、私にとっての〝適温〟となりつつあった。

「楓さんって、髪綺麗(きれい)ですよね」

「どうしたの? 急に」

 カップを受け皿に戻しながら私は、琴葉ちゃんの顔を見つめる。

「ごめんなさい。ふとそう思ったので」

 先程より更に顔を赤くし、琴葉ちゃんが恥ずかしそうに俯く。

「昔はこの髪、コンプレックスだったの」

「え?」

 驚きの表情をその顔に浮かべ、顔を上げた琴葉ちゃんに、私はにこりと微笑む。

「ほら、幼い頃って、人と違うと(いじ)られるじゃない? 自慢じゃないけど、私って目立つじゃない? 男子からはよくからかわれたわ」

 今思えば、苛められていたわけではないし、たいした事ではなかったのかもしれないが、当時の私にしてみれば一大事で、本気で学校に行くのが憂鬱(ゆううつ)な時期もあった。

「だから私は、同世代の男の子に少し敵意みたいなものを抱いていて、ある時までは本当に、話すのが嫌で嫌で仕方なかったわ」

「それを克服する、何かきっかけがあったって事ですか?」

「あなたのお兄さんよ」

「え?」

「初対面の私に、誠は凄く優しかった。落ち着いていて、紳士的で、気遣いが出来て、それでいて男らしかった。その時から、私にとって同世代の男の子は、こう言っちゃ何だけど、取るに足りない、その他大勢になった。それだけ、誠の印象が強かったのね」

 とはいえ、所詮はその他大勢だから、仲良くはならなかったけど。

「はー。凄いですね」

「何が?」

「そういう事を恥ずかしげもなく言ってのけるなんて、さすが大人です」

「――ッ」

 言われてみればその通りだ。今の私は、客観的にみたら、彼氏との惚気(のろけ)話をその妹に恥ずかしげもなく話す、少々痛い奴だったかもしれない。

「ごめん。今の忘れて」

 赤面する顔を両手で(おお)い、私は、琴葉ちゃんに記憶の抹消を願い出る。

 多分私は、琴葉ちゃんの前でお姉さんぶりたかったんだと思う。自分の中に、そういう欲求がある事は前々から知っている。自分が妹だからかもしれない。が、しかし――

 慣れない事はするもんじゃない。

 中身が半分程まで減ったカップに手を伸ばしながら、私は今日の自分の言動を反省するのだった。

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