4―4 女の勘
家に帰った途端、それまで必死に抑えていた感情が一気に溢れ出す。
やばいやばいやばいやばい。
今の私はきっと、とてもだらしのない顔をしている。
「楓―」
リビングから聞こえてきた母さんの声を振り切り、私は階段を駆け上がり自室に急ぐ。
扉を開け、閉め、その勢いのまま、ベッドにダイブする。
制服が皺になるとか、今はもう関係ない。
私、今日、誠と……。
その時の情景が、頭の中にフラッシュバックする。
「わぁー」
押し付けた枕に向かい大声を挙げ、両足をバタつかせる。
なんだ、この感情は。
恥ずかしいような、嬉しいような、爆発しそうで爆発しない、この感情は。
夢じゃない、よね。
唇を右手の人差し指でなぞる。
確かにそこに、感触があった。誠の唇が触れた名残り香が。
「あー」
明日からどんな顔して誠と会えば……。
にしても、誠の奴、普通だったな。
タオルを手に部屋に戻ってきた誠は、こちらが拍子抜けするくらい今まで通りだった。まるで、何事もなかったかのように……。
いや、違うか。
体を反転させ、ベッドの上に仰向けに寝転がる。
誠はきっと、隠したかったのだ。自分の二つの動揺を。
一つは私とキスをした事、もう一つは――
「ハンカチ」
戻ってきた誠は、私の手にあるハンカチを見て、明らかに、僅かだけど動揺をみせた。
白い、金の刺繍の入ったハンカチ。
私はあれと同じ物を、以前、ウチで見た事がある。
間違いない。あれは、白詰学園の三十周年を祝うために作られた、記念の品だ。
でも確か、当時の在校生と教職員しか購入出来なかったはずなのに、それをなんで誠が持っていたんだろう?
知り合いからもらった、とか?
……うーん。分からん。
それに、誠のあの反応。
ただ単に、貴重なハンカチを使ってしまったから動揺した、という風には見えなかった。もっと違う、何か別の感情が見え隠れしていたような……。
気になる。
気になるけど、なんか誠に直接聞くのも違う気がする。それに――
「聞いた結果はぐらかされたら、きっと、凄くショックだ」
私は何を考えているのだろう。何を気にしているのだろう。
分からない。
分からない。
分からない。
でも、これは大事な事だと、心の中で何かが告げていた。
根拠なんてない。強いて言えば、女の勘? みたいな? ……とにかく、この問題は放置するわけにはいかない。というか、出来ない。絶対に。
とはいえ、どうしたものか……。
誠に関する事なんだから、本人に直接聞くのが一番手っ取り早い。けど、それは出来ない。したくない。なら――
「あ……」
スカートのポケットから携帯を取り出し、今日交換したばかりの相手にメッセージを送る。
《今日はありがとう。琴葉ちゃんと話せて楽しかったー》
私のメッセージに既読が付き、その下に新たなメッセージが表示される。
《こちらこそ、楽しかったです。楓さんとは今度、兄抜きで会いたいです――なんちゃって》
よし。
願ってもない展開に、私は心の中でガッツポーズをする。
《じゃあ、今度会う?》
既読が付く。しかし、なかなかメッセージは追加されず……。
うわ。やっちゃった? 社交辞令に何マジになってんの、って感じ? もしかして私、困らせちゃった?
等と私が軽いパニック状態に陥っていると、ふいにメッセージが現れる。
《ホントですか? というか、本気にしちゃいますよ、私》
良かった。文面を見るに、引かれてはないようだ。
……気を遣われているという可能性もなくはないが、それを言い出したらキリがないし、ここは素直に額面通りの意味として受け取っておこう。
それから私は、琴葉ちゃんの都合のいい日と時間を聞き出し、難なく約束を取り付ける事に成功した。
木曜日の十七時。場所は、琴葉ちゃんと初めて会った、あの喫茶店だ。




