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星の見えない空  作者: 榎本あきな
だいいっしょう~忠実な獣~
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5.くじら座ζ星

4月19日【バテン・カイトス】(くじら座ζ星)

人をまとめる指揮者

 少年……悪食とここに住んで、一週間近くがたった。

 昼間は悪食と外へ食料を調達しに行き、夜は言葉や文字を教える。

 理解力が高かった事と、青年と話ができるかもしれないという事でやる気を出していたため、日常会話でも勉強でもどんどん覚えていき、今では言葉を詰まらせることなどはなくなった。


 床に指で文字を書いていき、一巡したところで手を止め、ふと顔をあげて青年をじっと見つめてから、再び文字を書き出す。

 そんな悪食の姿を見て、一週間前にした質問を、もう一度問いかける。


「……なぁ、お前にとってこの青年は、なんなんだ?」


 急に問いかけられた悪食は、きょとんとした顔をしてから、その顔を徐々に苦笑へと変えていった。

 そうして、考えてから、ゆっくりと口にだした。


「……懐かしい。僕にはそれしかわからねぇよ。この人を見るたびに、なんだか満たされた気持ちになって……そして、守らなきゃって思うんだ」


 俺が教えたせいか、一人称以外は喋り方が似てしまった悪食が、そう言いながら青年を見上げる。

 その青年と悪食の顔は、あの時に気付けなかったのが不思議なほど、似ていた。


「3年前にこの人を見つけたとき、この人は瓦礫に足を挟まれてて動けなくなってた。さすがにずっと機械とか瓦礫とかは飽きるから、久々に肉が食べれるぞって、喜んでたんだ」


 少し弾んだ声で話す悪食には、最初のころに見た獣らしさはほとんどなかった。

 成長の早さに感心しながら、悪食の話に耳を傾ける。

 先ほど弾んでいた声とは反対に、少し沈んだような声で、悪食は語った。


「……でも、食べる気がしなかった。腕に顔を近づけたとき、なんだかわかんないけど、この人は食べちゃダメだと思った。それと同時に、この人を守らなくちゃって、使命感みたいなものが沸いたんだ。それで、この人を助け出して、敵が来たときに簡単に食べられないようにあそこに縛ったんだ」


 「まぁ、挟まれてた両足は、手遅れだったみたいで腐って落ちたけどな」と、少し肩をすくめながら悪食は言った。

 言葉を覚えた今でも、やはり青年への思いを言葉にするのは、なかなか難しいらしい。

 俺自身としては、悪食の正体には薄々気づいているのだが、これに関しては悪食が自分で気づくか、青年自身が言ったほうがいいだろうと、口を出していない。

 そんなことを思いながら、悪食との会話で疑問に思ったことを口に出した。


「そういや、敵が来たときに……って言ってたけど、結構整ってるよな?ここって。敵なんて来たのか?」

「一応、野犬とかは来たことがあるけど、俺の姿を見たらすぐに逃げてったし、そもそもシャドーはここまで来たことがない。あんまりここにはいないみたいで、俺も遭遇することはほとんどなかったし」


 ……これは、青年の正体も、悪食の正体も、なんとなくで推測してたけど、当たりみたいだな。

 こいつも頭の回転は悪くないから、“シャドーの本体である人間にシャドーは危害を加えず、近寄らない”ってのを知ったら、気づくだろうがな。

 そんなことを考えていると、上の方から声が聞こえた。


 聞き覚えのある声に、戦闘態勢に入る悪食を手で制し、待ってもらった。

 声は俺が落ちてきた穴から聞こえるようで、どんどんこちらへと近づいてきている。

 近づく聞き覚えのある声に、俺は自分の知り合いだと確信し、あいつが放物線を描きながら落ちてくるルートを予測し、その内の適当な場所に鉤爪で天井に取り付けたロープをピンとはる。


「うわ、うああ、あ、あ、あああわわわぁぁぁ!?」


 俺の思い描いた通りの放物線を描きながら降ってきたそいつは、自分のルート上にロープがあるのを見たあと、そのロープを掴んだ。

 天井から地面までピンとはったロープは、少し引っ張られたものの、そいつを引き戻し、元の場所に戻った。

 小さく安堵の息を吐きながらロープを伝って降りてくるそいつは、地面に足をついたあと、俺に顔を向けた。


「いやー、ロープありがとー。危うく地面に腰うってぎっくり腰になるとこだったよー」

「それでぎっくり腰程度で済むのがおかしいと思うんだが。普通は折れるだろ」

「ぎっくり腰って、結構辛いんだからね!経験したことないけど!ってか、俺がここに来たのはまこちゃんのせいなんだかんね!」

「まこちゃん呼ぶな」

「…………知り合い?」


 俺は落ちてきたそいつとの話をきり、悪食を見た。

 悪食は、戦闘態勢には入っていないものの、青年に害をなすものなのではないかと、僅かに警戒している。

 そんな悪食の姿を見たそいつは、小さく声をもらした。


「わぁお。まこ、この子もしかして……」

「そのもしかしてだ」

「へぇー……面白いね」


 そう言いながら、悪食に近づいていく。

 悪食の警戒した視線をなんともないかのように受け流しながら、自らの腰の位置程の悪食に目線を合わせるように、しゃがんだ。


「初めまして!俺は日本対シャドー防衛対策本部、C区画総本部長の卯花 春季(うのはな はるとし)!あんまりこの名前は好きじゃないから、しゅんきとかしゅんって呼んでくれると嬉しいな!俺のとこのエースで部隊長のまこちゃん……誠とは幼馴染で親友だよ!短い間(・・・)だけど、よろしくね?」

「……よろしく」


 俺以外の奴と話したのは始めてのため、少し緊張しながらもおずおずと差し出された手を握る。

 その手を上下に激しく振り、嫌がらせなのかと思うくらい振ると、満足したのか悪食の手を放した。

 フラフラになる悪食を横目に、小声でしゅんに問いかける。


「短い間って決めたのか」

「一週間ほど一緒にいたらしいまこちゃんには、ちょっと物言いたくなる決定だろうけど、そのほうがいいだろうし」

「……そうか」


 そうなるだろうとは思っていたけれど、いざ言われると、案外悪食に良い印象を抱いていたのか、少しだけ落ち込む。

 俺のその様子に、しゅんは頬を膨らませた。


「もう、まこちゃんはなんでそう優しいのかなぁ?そもそも、今回本部を出たのだって、E区の人たちを助けたかったっていう理由でしょ?」

「……誰にも伝えてなかったはずだけどな」

「伊達に12年も幼馴染やってませんー!!……ところで―――」


 そう怒るしゅんは、ふと真剣な目になった。

 そうしてその視線を、上……十字架に縛られている青年へと向けた。



「―――あれって、何?」




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