4.うみへび座φ3星
8月31日【ファイ3・ヒュドラエ】(うみへび座φ3星)
聞く耳を持つ学習心
髪の毛はほぼ真っ白で、ところどころに黒い髪の毛がいくつか残っているくらい。
目は開いてはいるが、どこか虚空を見つめており、まるで廃人のようだ。
服は着ているもののボロボロで、太もも以外なくなっている両足は、なくなってから結構たっているようで、血が滴り落ちているなんてことはなかった。
ふと視線を感じて少年の方を見ると、少年は鋭い視線で警戒するように、しかし、殺意は込められていない視線で、こちらを見つめていた。
少年の手元にあったはずの俺の義手だったものは、跡形もなくなくなっていた。
俺の予想している通りなら食べると思っていたけど、実際に見るとこれは―――
「―――まさに、悪食だな」
「……あ、くじ、き……?」
俺の悪食という言葉に首をかしげ、同じように復唱する少年。
しゃべることはもう少し時間がたたないと難しいと思っていたが、俺の計算ミスだったらしい。
内心感心しながら、少年へと言葉を返す。
「ああ。なんでも食べるって意味だ。それこそ、死肉、人肉、無機物、有機物の区別なくな。……ところで、この十字架に縛られてる青年はなんだ?」
「……や、ころす、や。……ん、ころす」
俺が青年について問いかけると、少年は俺を睨みつけながら、首が取れそうなくらい左右に振りながら、青年を殺されるのは嫌だと言って来た。
そして、青年を殺すなら、お前を殺す……ってところだろうな、言葉の意味としては。
忠誠心凄いな……なんて思いながら、少年に質問を投げかける。
「今のところ、殺すつもりはねぇよ。俺が聞いてるのは、この青年はお前にとってなんだって意味だ」
「…………?」
殺さないと言うと、完全にはなくならないが、警戒心が薄れる少年。
だが、俺の質問の意図が上手く理解できなかったのか、きょとんとした、今まで見てきた表情からしたら大分子供らしい表情で首を傾げる少年。
その顔に苦笑をもらしながらも、少年に伝わりやすいように言葉を噛み砕く。
「お前は、この青年をどう思っている?」
「……ぽか、ぽか。きゅって。……ころ、させな、い」
悩みながらも、青年への感情を言葉にした少年は、最後は自分自身へと向けるように、決意を告げた。
……これは、もう少し言葉を覚えさせないと、意思疎通も難しそうだ。
なんで18で子供に教えなくちゃいけないんだ……なんて思いながら、少年へと近づく。
少し話して、青年に害がない存在だと認識したのか、警戒はやめないが、さっきみたいに襲いかかってこない少年。
それに少しほっとしながらも、少年に告げる。
「俺が、お前に言葉を教えてやるよ」
「……こと、ば?」
「そうだ。お前の青年への思いを、きちんと表すことができる、言葉だ」
俺が意思疎通をとりたいだとか、意思疎通がとれるようになったら後々楽だという俺の本音は隠し、こいつが執着しているであろう青年を引き合いにだす。
すると、言葉と言った時にはどうでも良さそうな顔をしていた少年が、青年への思いといったところで、俺を見つめた。
「……ぽかぽか、わか、る?」
「ああ。わかるようになる」
「……はな、せる?」
そういって少年が見上げたのは、十字架に縛られている青年。
……今の状態じゃあ、廃人状態の青年と話すのは、この少年が言葉を覚えても難しいかもしれないが、廃人状態というのを頭の片隅に追いやり、俺は頷いた。
俺のその頷きに、少年は少しだけ、嬉しそうな顔をした。
どうやら受け入れてくれたようだと少し安堵したとき、あることに気がついて、小さく声をあげる。
ビクリと肩をはね上げさせ、戦闘態勢に入る少年を手で制す。
「いや、敵じゃない。今日寝る場所どうすっかなーって思ったのと、お前をどう呼べばいいのか考えてただけだ」
「……ここ、寝る」
「いいのか?」
「……いい」
小さく頷く少年に、この短時間でよくここまで友好的になってくれたな……なんて思いながら、名前の方を考える。
どう呼べばいいか考えていると言った時に自分の名前を言い出さないあたり、こいつは名前がない感じがするから、こっちで勝手に呼ぶしかない。
けど、下手な名前つけるのもな……なんて考えていると、少年が呟いた。
「……あく、じき」
「は?」
「……呼ぶ、あくじ、き」
「……でも、それ、お前の名前じゃないだろ?さっきまでそのこと知らなかったんだから」
「……いい。あく、じ、き。なんで、も、食べ、る。あ、く、じき」
満更でもなさそうに頷く少年は、悪食っていうのが気に入ったらしい。
……悪食の意味を理解しているのかは謎だけれど、なんか理解した上で自分でぴったりだと思っている感じしかしない。
あとで後悔しても知らんぞ……と思いながら、少年に手を差し出す。
首を傾げる少年に、説明しながら自己紹介をする。
「俺は北馬 誠。これは握手って奴で、相手にこれからよろしくって言う意味を込めて相手と手を握る行為だ。お前は、悪食でいいんだな?」
「……ん」
「……よし。そんじゃあ、短い間だろうけど、よろしくな」
手を差し出し、頷く少年の手をとり、俺は少年と握手をした。
この握手が、この停滞した世界と運命を動かす始まりとは、この時の俺は一欠片も思っていなかった。