36.はと座κ星
6月25日【カッパ・コルムバェ】(はと座κ星)
孤独を嫌う優しさ
ゆっくりとシャラーヤのの心臓部分に突っ込んでいた手を抜き取る。
それとともに、声なき絶叫がやみ、シャラーヤは息も絶え絶えに呟いた。
「情け、の……つも、り、か」
「違う」
そう返してから、短刀を振り上げ、シャラーヤの左脇腹のすぐ横に刺す。
じっと見つめてくるシャラーヤに、言った。
「……俺にだって、見えてない。一番大事な星が見えてなかった。いつも、遅れてから気づく。終わってから、見える。……結局俺は、この灰色の髪みたいな、紛い物なんだ」
俺とお前は、似ているのかもしれない。
そう言ってから、シャラーヤの右に寝転ぶ。
ピシャリと水は跳ねる音がして、服がじわじわ濡れていく感覚があるけれど、耳の近くでなる水音は、心地いい。
目の前に満点の星空がある光景は、まるで、しゅんと見たあの日の流星群の再現でもしているかのようだった。
「……人間の感情の起伏は、僕たちにとって唯一の毒だ。永久に生きる僕たちには、そんな感覚はほとんどないから、慣れない心の動きに、殺される。お前の記憶を見た僕は、たぶんもうすぐ死ぬ」
「しゅんも、一緒にか」
「ううん。……僕、だけだよ。長く生きられないけど、まだ、僕と一体化してそう時間が経ってないから、僕から、分離できる」
さっきの言葉は、なんだったのか。
さっきの怒りは、どこへいったのか。
でも、なんとなく答えはわかってたから、聞かなかった。
「……僕は、死んじゃうけど、お前の記憶が最後に見れて、苦しかったけど、よかった。楽しさも、嬉しさも、悲しみも、苦しみも、何もかも。神の僕には、一生味わえなかった、感情。……僕は、遊戯の神だから、負けたら他の神に消される。あんな奴らに、殺されたくなかった。……でも、こんな死に方なら、いいかもな」
「……そうか」
シャラーヤは、小さく「今まで、ごめん」と呟いた。
震えながら呟かれたその言葉は、なんだか、さっきまでの神らしい雰囲気がなくなっていた。
……俺の記憶を見て、感情というものを、初めて得たのかも、しれない。
シャラーヤの記憶を見る前だったら、怒っていたのかもしれないが、今のシャラーヤに、そして、シャラーヤの記憶を見た後では、怒る気になれなかった。
「僕も、お気に入りも、影の本体たちも、お前も、皆間違えた。……でも、お前は、一人で戻ってきた。手遅れに、なる前に。……僕らはできなくて、結局、こんなだ。…………もっと早くお前と会ってたら、皆、こんなことには、ならなかったのかなぁ……」
「……俺は、一人で戻ってきたわけじゃない。他のやつらの力を借りて、ようやく、戻ってきた。だから、俺も、お前と一緒だ」
「……そっか。……一緒……かぁ……」
嬉しそうな、笑い声が聞こえてきた。
その声は、ゆっくりと、さらに小さくなっていく。
途切れ、途切れの、笑い声が、夜空に響く。
そして、何も、喋らなくなった。
満天の星空を、見つめ続ける。
再び、声が聞こえた。
「……俺が、きちんと、言葉にしていれば。こんなことには、なってなかった。沢山の人が、死ぬことなんか、なかった。きっと今頃、あの場所で、こんな星空を見ていられた」
「……なぁ、この世界が平和になったら、さ。……また、あの場所で、星を見よう。星の見える空を、2人で見上げよう。ずっと、ずっと先の未来を夢想して、2人で、遥か遠くにある星を、見つめよう」
「……お前が、俺の親友で、本当によかった。こんな馬鹿野郎にも付き合ってくれるお人好しで、本当に嬉しかった。流石総部隊長で、相棒で、俺の自慢の、親友だ」
「……さよなら。ごめん。ありがとう」
グサリ。
「俺がきちんと、お前の思いを汲み取っていれば。こんなことには、ならなかった。沢山の人が、死ぬことなんて、なかった。きっと今頃、この場所で、こんな星空を見てなくてよかった」
「……なぁ、この世界がこのまま続いたら、さ。また、あの場所で、灰色の空を見よう。星の見えない空を、2人で見上げよう。ずっと、ずっと後の過去を振り返って、2人で、灰色に拒まれた星を、見つめよう」
「……なんで、お前が俺の、親友なんだ。こんなお人好しに付き合ってくれる馬鹿野郎が、なんでなんだ。お前が、司令官で、相棒で、自慢の親友じゃなきゃ、俺は、こんな思いなんてしなくてすんだ」
「……さよならも。ごめんも。ありがとうも。……全部、いらないんだよぉ……!!」
手を握ると、しゅんの体は、冷たかった。
水のせいじゃないことは、わかっていた。
でも、考えたくなかった。
これが、世界の為に最善であり、しゅんの為の最高だって、わかってる。
でも、わかりたくない。
こんな世界でも、お前が生きていられるなら、そのままでいい。
灰色の空に包まれた世界で、いい。
そんなこと、できるはずもないけれど。
空に煌く星達が、いつのまにか、灰色の分厚い雲に、覆われていた。
初めて、灰色が好きになった。
けど、灰色を好きだと言ってくれた人は、もういなかった。
昔は一人で平気だったのに。




