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星の見えない空  作者: 榎本あきな
さいしゅうしょう~閉じた卵~
35/37

35.うお座κ星

3月11日【カッパ・ピスキウム】(うお座κ星)

さびしがりやの夢想


 右を見ても、左を見ても、真っ白な空間。


 ……右ってのはなんのこと?左って何をさしているの?真っ白?空間?

 ……何も、わからない。

 「わからない」というのしか、わからない。


 誰かが「 」に言った。

 そして、その日から「僕」は、神になった。



 右も、左も、真っ白も、空間の意味も、全てその誰かに与えられた知識でわかったけど、やっぱり、わからなかった。



 神様っていうのは、人間達の信仰心から生まれる。

 だから、一部の例外を除いて、神という存在は望まれて生まれてくる。

 ……その“一部の例外”は、僕だ。


 僕の神様としての名は、「遊戯の神」

 でも、遊戯の神はもう他にいて、僕は、遊戯の神への信仰心の一部が分裂して生まれた、望まれていない存在。

 僕は、真っ白なその場所の隅で、一人で遊んでいた。


 誰かに、僕を見て欲しい。

 誰かに、僕を見つけて欲しい。

 誰かに、僕を見つめて欲しい。


 確かに、ひとり遊びというのは存在するけれど、やっぱり、2人じゃないと楽しくない。

 ……だけど、僕と魂の波長が合い、なおかつ、分裂したため誰からも望まれておらず、実体すらも持てない、ただの金色の光の状態である僕を、見てくれる人なんているのか。

 ……いるわけがない。


 でも。でも。……諦めるなんて、できない。

 仮にも遊戯の神として、まだ終わっていないうちから諦めることは、できなかった。

 ……勝負なんてしてないから、そんなの、意味ないんだけど。




 何年、何十年、何百年。

 誰か僕を見つけてなんて声も、もう出ない。

 ……実体もない僕に、声なんてないけど。



 真っ白な空間の隙間から、黒が見えた。



 隙間から、そっと、黒の中を覗く。

 なかにいるのは、黒い髪をした、黒いチェスの駒を操る、暗がりの中にいる小さな人間。

 うつむきながら、淡々と駒を動かしていく、人間。


 真っ白な空間をそっと押し、黒い中へと入っていく。

 黒い中へと左足から順に入っていくと、金色の光であった体が、人間と同じ体になっていく。

 その中へと体が全て入ったとき、僕の体は、人間と瓜二つの、金色の髪の毛の人間になっていた。


 初めての現世での実体化に興味をそそられ、自分の体を見回していると、なかにいた人間が、こちらを見つめていた。

 ……見つめて、いた。


 その瞳には、確かに「僕」が映っていた。


 体が破裂するんじゃないかというくらいに、体の内側から何かがドンドンと鳴っている。

 そのときの僕は、知識だけでしか知らなかった“嬉しい”という感情を、初めて知った。

 こんなに激しい音がなるのだと、驚いた。


 人間の座っている反対側に座り、今まで人間ひとりで動かしていた動かしていた黒と白の駒のうち、白い駒を手に取って定位置に並べる。

 それを見て、人間も、黒い駒を並べる。

 そして、一度も視線を交わせることなく、僕らは何もしゃべらず、駒を動かしていった。


 人間……いや、お気に入りとのその時間は、僕の一番大切な時間になった。

 何も喋らなかったけれど、言葉なんてものは、いらなかった。


 そのお気に入りには、僕以外に接する人間がいた。

 家族はしょうがないと思ったし、他の人間には心を許してないから、いいやと思っていた。

 ……だけど、ある日、出来てしまった。


 名前は北馬 誠で、歳はお気に入りと同じ年。

 他の神が遊びでやった、人間の髪の色を変えるという遊びの被害者で、生まれたときから灰色の髪の毛をもち、そのせいでずっといじめられてきたが、年上の人間から逃げ切れるだけの走力があり、何も言われても冷たい対応をする。

 その実、かなりのお人好しで、一度懐に入れた人間には甘かったりする。


 お気に入りの心の支えとなっているそいつが、憎かった。

 ……だから、他の神に気づかれて邪魔をされないように、慎重に、そいつを殺すことにした。

 ……だって、お気に入りが、関わりたくないと離れたのに、未だに心の奥底で、信頼していたから。


 だけど、慎重に準備を進めていたゲームは、本当に完成する前にやることになった。


 いつも通りにチェスをお気に入りとやっていると、お気に入りの兄と姉が、珍しくこの部屋に入ってきた。

 2人が、何もやっていないお気に入りを罵倒し、無理やり色々やらせる姿は、醜かった。

 でも、それ以上に、全てを諦めた瞳をしているお気に入りが、恐ろしかった。


 今にも死んでしまいそうなお気に入りを見た僕は、お気に入りの兄と姉に、聞こえないとわかっていても、言わずにはいられなかった。


「……僕のお気に入りに手を出すやつは、皆殺さなくちゃ」


 そうしてから、お気に入りに声をかけた。


「ねぇ。全世界の人々を、殺してもいい?」


 僕のその声に、「勝手に、しろ」とかすれた声でいうお気に入りの声を聞いて、僕は初めて、この部屋から出た。



 他の神の目を盗んで過去に飛び、この国で巨大な憎しみを持っている5人の、一番人間を憎んでいるときを狙って声をかけ、彼らの“影”を回収した。

 そして、徐々に体を侵食し、同じ存在になってお気に入りを守るために、お気に入りの影と一体化した。

 そうしてから、他の神が持っていた、この世界に声が届くものを使い、僕の言葉を伝えた。


 あとは、時間が解決してくれるはずだった。

 待つことは、得意だった。


 でも、待つことは得意だったけど、行動するのは得意ではなかった。


 存在しない人間になりすまし、影の本体が死なないように、彼らの精神が死なないように他人を、手引きしたとバレないように誘導した。

 ……あまりにもそれがうまくいきすぎたから、調子に乗った。

 やりすぎて、それをきっかけに、“そいつ”が動き出した。


 影の本体達を次々と殺して(すくって)行き、僕が、影の本体達の為に誘導した他人や関わりがあるやつらを、どんどん仲間に引き入れていった。

 さらには、自力で自身の影を消した。

 ……お気に入りのことを考えて記憶に蓋をしたけれど、こんなことなら、蓋なんてしなければよかったと思った。


 僕の存在意義を奪うそいつが、僕は嫌いだ。

 僕のお気に入りを奪うそいつが、僕は嫌いだ。



 ……ずるい。



 僕がようやく手に入れたそれを、容易く手に入れていくそいつが、嫌いだ。

 僕の方が偉いのは確かなのに、僕の欲しいものをもっているそいつが、嫌いだ。


 ……どうして、僕が手に入れられない夜空の星を、ただの人間が容易く手に入れられるのだろう。

 それは、そいつだったら、わかるのだろうか。

 ……でも、もしかたら。




 そいつには、僕には見えていなかったのかもしれない星が、見えていたから、手に入れられたのかもしれない。




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