34.みなみじゅうじ座θ2星
9月24日【シータ2・クルキス】(みなみじゅうじ座θ2星)
波乱万丈の起伏の激しさ
俺には、両親と、姉と兄がいた。
優しい家族だった。
……でも、それは間違いだった。
ある日、父親が母親に対して、会社での原因不明のトラブルや、不祥事などのことを話していた。
幼い頃の俺は、その話を理解し、これで父親が喜ぶならと、トラブルの原因や不祥事の解決策をあげた。
両親はそのことに驚き、俺のIQを検査することにした。
俺のIQは、とても高かった。
そして、その日から、両親は俺に英才教育を施すようになった。
家では勉強漬けで、幼稚園でも親から渡されたドリルをやり、馬鹿がうつると言われ、友達とは遊ばせてもらえなかった。
それでも、捨てられるのが怖くて、両親に逆らうことはできなかった。
けれど、傍目から見たら俺は両親の愛情を一心に受けているように見えたらしく、構われることのなくなった兄と姉は、俺をいじめるようになった。
最初は、俺が両親から貰ったものを壊したりなどの、小さなことだった。
……そしてそれは、兄と姉が年を増すごとに、エスカレートしていった。
体の表面に傷をつけないその行為は、幼い俺の心に傷をつけた。
8歳近くも年が離れた兄と姉に、力では敵わず、小学校に上がる頃になると、俺はすっかりその生活に慣れきってしまっていた。
もう、痛みなんて、感じなかった。
小学校に上がって、休み時間などに交流する人たちが増え、沢山の人と色々話していくうちに、俺はクラスの人気者になっていた。
けれど、その皆が、俺に対して陰口を叩いているのも、しっていた。
本当の友達はいなかったけど、それでも、表面上は優しい彼らを、俺は切り離すことができなかった。
ある日、綺麗な灰色を見つけた。
表面上は仲良くしている俺とは違い、自身を嫌うものはきっぱりと関わりを断つ、灰色の髪の毛の少年。
彼が望んでその状況にしたとは思えないけれど、それでも、切り離すことが出来ている彼に対して、俺はなんて醜いんだと、自己への嫌悪感と同時に、彼へ羨ましさを感じた。
そんな醜い感情を抱えながら、俺は彼に話しかけた。
彼はこの世界を拒絶していた。
けれど、彼は、俺にはない優しい家族と運動神経を除く平凡な能力、そして、何よりもちゃんとした意思を持っていた。
他人に流されず、嫌なものは嫌だと言える意思が。
俺は、彼の冷たい態度にもめげずに話しかけた。
……そしていつしか、俺に笑顔を向けながら、「しゅん」と呼んでくれるようになった。
本当に、嬉しかった。
僕らは、信頼して信頼されて、本当の友達になった。
そんなことを宣言したわけではないけれど、心のどこかで、そう思っていた。
……だから、彼なら、気づいてくれるかもしれない。
そう思って、そう、願いをこめて、彼の名前の「誠」を「誠」と読み、きっと「真実」を見つけ出してくれると思いながら「真」と呼ぶようになった。
でも、彼は気づいてくれなかった。
それはきっと、今までの行為や環境に慣れきった俺が悪かったのだろう。
けれど、当時の俺は、気づかない彼に勝手に腹を立てて……勝手に、信頼しなくなって、いつしか、仮面で接するようになった。
彼はやっぱり気付かなかった。
ふてくされた俺は、両親に「頭を良くするため」と言って幼い頃に買ってもらった、チェスに没頭し始めた。
このチェスを始めると、いつも、机の向こう側に、俺の幼い頃にそっくりな金髪の少年が現れた。
その少年は、机の向こう側で、もう一つの駒を動かして俺と対戦を始める。
幼稚園のころから少年とはずっと勝負をし続けていたが、話したことは一回もなかった。
けれどある日、その声を聞くことになった。
その日、唐突に俺は意識を失い、気がついたら病院にいた。
同じように意識を失っていた彼が見舞いに来て、彼と色々話していると、彼の瞳にわずかな罪悪感があるのに気がついた。
俺は、彼が原因で俺が意識を失ったか、あるいは彼が俺を嵌めたのかのどちらかだと思った。
そんなことを考えていると、まだ検査入院中であるというのに、彼が見舞いに来たその日に、両親が医師の言葉を無視し、俺を家へ連れて帰った。
いつもより厳しい勉強だったため、いつも同じ時間にやっていたチェスの時間が、ずれてしまった。
いつもと同じ笑顔を浮かべながら、何も言わずに現れてチェスを指差す少年を見て、なんだか、少しだけ安堵した。
突然、扉が開いた。
いつもは俺の自室に入ってこない兄と姉が、何か嫌なことが起きたのか、俺で憂さ晴らしをしようと俺のところへきたらしい。
勝手に俺の部屋に入るなと注意する両親は、俺を連れ戻すために会社を途中で抜け出したらしく、出勤してしまったため、何かを言ってくる存在はいない。
そう思って、2人は入ってきたのだろう。
そこでされる行為を見た少年は、小さな声で呟いた。
「……僕のお気に入りに手を出すやつは、皆殺さなくちゃ」
小さな声で呟いた少年は、意識が朦朧とする俺の耳に、囁いた。
「ねぇ。全世界の人々を、殺してもいい?」
そう問いかけられて、特に拒否する理由もなくて、俺は小さく「勝手に、しろ」と呟いた。
俺がそう言うと、少年はどこかへと消えていった。
何故か頭の中に、彼の顔が浮かんでいた。
***
勝手にしろとは言ったが、まさか、人間を殺すためのゲームを開催し、俺を乗っ取ろうと影と一体化するとは思わなかった。
けれど、生きる理由もなかったし、別にいいかと思っていた。
阿鼻叫喚で包まれる中、俺は、死体だらけの校舎を歩いていた。
数時間前までは、ここで沢山の人々が平和に暮らしていただなんて、考えられないような光景だった。
そんな悲惨な場所を、影の仲間ではないが、影を生み出した神が一体化している人間ということで狙われることのない俺は、なんの危機感もなく歩いていた。
そんなとき、錯乱した人間を見つけた。
包丁を片手に、血みどろの制服で意味のわからない単語を呟く人間。
その人間は、フラフラとした足取りで、こちらに駆けてきた。
突然のことで、何もできなかった。
包丁が振り上げられる。
油断していた俺が悪かった。
……この教訓を生かして、次はきちんと警戒しようと、片腕を無くす覚悟で頭を腕で守った。
血が、飛び散った。
でもそれは、俺の血ではなかった。
その血は、灰色を持つ彼の血だった。
血は廊下に飛び散り、よくとがれていたのか、それとも勢いがすごかったのか、左腕を綺麗に切られた彼は、声も発することなく、その場に倒れた。
そのときに、俺は思った。
ああ、こいつは、俺を友達だと思い続けてくれたのだと。
気づかれなかったからって、勝手に腹を立てて、勝手に彼を信頼しなくなった自分が、心底バカバカしく思えた。
それと同時に、大切な友達……いや、親友の左腕を切ったそいつへの怒りが、ふつふつをわいてきた。
回し蹴りを繰り出し、横に吹っ飛んだ人間のもとへと駆け、思いっきり踏みつける。
足は体を貫通し、人間は絶命した。
そこまで身体能力が上がっていたことにまず驚かなければいけないのだろうけれど、それよりも俺は、左腕から血を流したまま気絶している彼のことのほうが、心配だった。
服を切って左腕をきつく縛り上げ、気絶したままの彼を抱き上げて、全速力で医者がいそうなところを回った。
どこへ言っても医者はおらず、それでも、必死で探していた。
何十件と回ったところで、ようやく医者を見つけ、大量出血であともう少しで死にそうだったと言われた彼を見て、本当に間に合ってよかったと、心底安堵した。
……彼だったらきっと、俺が幼い頃からずっと迷っている迷宮を、一緒に迷ってくれただろう。
それを、彼だったらきっとわかってくれると過度な期待を寄せて、勝手に失望した俺は、本当に馬鹿だ。
何も言わなきゃ、どうすることもできないのに。
いまさら、神に体を乗っ取られたくないって、彼の生きる世界を壊したくないって、……お前とともに生きたいと思っても、もう、遅い。
だからせめて、この世界が壊れる前に、俺を殺してくれ。
まだ、俺の心が残っているうちに。
……一緒に迷えてたら、よかったのになぁ……。
なぁ?誠。
***
突然動きが止まり、俺を押さえつける力がなくなったシャラーヤを蹴っ飛ばし、今度は俺がシャラーヤの上へ馬乗りになる。
目を見開いて固まるシャラーヤへ、さっき俺がしたことと同じことを、シャラーヤへとする。
痛みに絶叫をあげるシャラーヤ。
しゅんとの思い出、俺の罪、あいつらとの出会い……俺の記憶全てを、シャラーヤへと流す。
人の記憶を見ることが少なく、人が持つ大きな感情の波を受けたシャラーヤは、喉が枯れても、声なき絶叫を上げ続けている。
……こんなことを考えつくなんて、流石司令官であり、相棒で、俺の自慢の、親友だ。
「……俺らが互いを本当の名前で呼び合うとき。それは、本気の証。……俺が、親友の本気のお願いを、断れるわけないだろ?」
そういうとともに、先程よりもゆったりと流れてきた記憶に、俺は身を任せるかのように目を瞑った。




