32.みなみのかんむり座θ星
12月31日【シータ・コロナェアウストリーネェ】(みなみのかんむり座θ星)
攻撃性を秘めた理想
満点の星空の中に足を踏み入れると、波紋が地面に広がった。
恐る恐る、扉の外に片方残したままの足も中に入れると、ピシャリという、水が跳ねる音がした。
どうやら、床は水で浸されており、星空を映し出しているからか、宇宙に放り出されたような空間になってしまっているらしい。
開いたままの扉から、ガチャンという閉まる音がした。
振り向くと、そこに扉の影は跡形もなかった。
俺を逃がさない気なのだろう。
前に障害物の一つも見えず、ただ星空が続くだけの空間を歩き始める。
静寂の中、俺の足音ともに跳ねる水音だけが響く。
俺は、ふと立ち止まり、後ろを振り向いた。
いつのまにか後ろにいた、俯いたしゅんとそのしゅんの手を握ったまま、満面の笑みでこちらを見る神。
そいつは、俺を見たままいった。
「EXTRAステージへようこそ!見事全ての影の本体を倒した君には、僕と遊んでもらうよっ!そのゲームで僕に勝利したら、僕は大人しく引き下がるよ。……けど、僕が勝利したら……わかってるよね?」
「俺は、お前と遊ぶためにここに来たんじゃない」
「……つれないなー!神様は最高権力者。だから、傲慢な神様のお願いは、聞かなきゃいけないのっ!僕は遊戯の神だからルールをつけるけど、他の神だったらこんなことしないで、気に入らなかったら問答無用で殺してくるんだから、これでも優しい方だよ?」
そいつがそういうと、唐突にしゅんがそいつの腕を振り払った。
驚くでもなく、怒るでもなく、何も思っていない顔をしゅんに向けたそいつは、不思議そうに首をかしげた。
その仕草に、しゅんは怒鳴った。
「もう……やめろよっ!!!」
「……なんで?僕は、君の為に始めたんだよ。君が、世界を憎んでいたから、始めたんだよ?大切な、たぁ~いせつな、君のために」
「俺はそんなこと、頼んでない……っ!!……お前が、まこが苦しんでるから、殺してって言ってたから殺しに行ったのに、まこは、ちゃんと戻ってきた。影の本体のことを一番知っているのはお前だから、俺は信用したのに!!それに、俺は、世界は憎んでいるけど、まこは憎んでない!なのに……なのに……」
「僕のお気に入りが、僕以上に信頼して、心を傾けている存在なんて、いらない。それに、僕は聞いたよ?君のそのときの現状に怒り、“全世界の人々を殺したい。いいかな”と言ったときに、“勝手にしろ”と。そして、こいつを殺すなと、僕は言われてない。約束してない。……それに、君だって、ゲームが始まったあとでも、こいつを信頼してなかったじゃないか」
その言葉に、思わずしゅんを見る。
そいつにそう言われたしゅんは、泣きそうな顔をしてから、顔を俯かせた。
「違う……違うんだ。俺は、俺は」
「……僕が居る前で、僕以外のやつのことなんて、考えないでよ。君は僕のもので、僕は君のものだ。君は僕だけを愛するべきだし、僕は君だけを愛するんだ。……恨むなら、僕が見える、君の無駄に良い目を恨んでよね?」
「……え、あ、あああ…………」
まるでこの世のものではないかのような美しい笑顔で微笑むそいつの顔を見て、しゅんは怯えて後ずさった。
しゅんとの距離が離れたそいつは、そのままの笑みで、小さく、俺に聞き取れないほどの声で、何かを呟いた。
「あ あ あ あああ、あああああああああああああああああああああ」
突然、しゅんが頭を抱え、水がはった床に膝をつきながら、絶叫した。
その姿は、まるでテレビの砂嵐のように、徐々に掻き消えていく。
「しゅんっ!!」
「ま…………こ」
慌ててしゅんへと駆けて手を伸ばし、痛みに耐えながらも泣きそうな顔でこちらに手を伸ばすしゅんの手を、つかもうとする。
しかし、それは直前で掻き消え、俺の手は空を切った。
……しゅんが、消えた。
そいつがいたところに顔を向けると、そこには、しゅんの姿。
……けれど、それがしゅんじゃないと、俺ははっきりとわかっていた。
しゅんの姿をしたそれは、屈伸をしたり腕や足を回したあと、俺に向かって、まるでしゅんのように言った。
「改めて、初めまして!遊戯の神の、シャラーヤです!名前は色々あるんだけど、これ以外は忘れちゃった。ごめんね?」
「……しゅんを、どこにやった」
「ああ、お気に入り君?今まで少しずつ侵食させてたおかげで、よーやく体を乗っ取って、魂を僕の一部にすることが出来たよ。これで、ずっと一緒。もう、寂しくならない。大切な大切な、僕の大好きなお気に入り。……だから、僕のものに手を出した人間は、世界は、許さない」
まるで誰かを崇拝しているかのように、まるで誰かに恋をしているかのように、まるで夢でも見ているかのように、そういったシャラーヤと名乗る神は、最後に、この世の憎しみを全て込めたかのような怒りを孕んだ声で、呟いた。
だが、次の瞬間には何もなかったかのように、笑顔を俺へと向けていた。
それがなんだか、怖かった。
「よっし!じゃあ、ルール説明ね。遊びは、ルールがないとただの運動になっちゃうからねー。君らのあのゲームだって、ルールがなくちゃ、ただの殺し合いだよ?」
「ルールがあったってなくたって、殺し合いに違いはないだろ……!」
「違うの!全然、ちっがーう!制限があって、公平であって、始めて遊びなの!ただの殺し合いとは、わけが違うんだから。……で、ルールなんだけど、とぉーっても簡単!自分が一番最初に思い浮かべて出てきた武器で、影と同じ、灰色になってる相手の弱点……僕は左脇腹、君は頭を武器で貫通させられたら負け。それ以外の場所、例えば心臓を刺されても、治りはしないけど死なないからね」
そう一言告げると、空中から、夜空を閉じ込めて圧縮させたような色をした、大きな鎌をだし、それを手に持ったシャラーヤ。
それを見て俺は、俺の一番の相棒を脳裏に浮かべる。
ふと気づくと、俺の右手にはいつもの短刀が握らていた。
あのゲームが始まった日に、家の神棚から見つけてから、ずっと俺の命を守ってくれた相棒。
度重なる戦闘でついた傷跡も同じで、これは俺の短刀だと、確かに思った。
「それでいいの?リーチ短そうだけど」
「俺が何を得意としてるか、しゅんのそばにいたお前なら、知ってるんじゃないか?」
「……生憎、君より僕はお気に入りに信頼されてないみたいでね。何も教えてもらってないよ」
「……そりゃあ、残念」
そういって、俺は笑った。
しゅんが情報を教えなかったのが、俺への信頼の証のようで、嬉しくなった。
俺の顔をみたシャラーヤは、笑顔で言った。
「その笑顔、潰してあげる」
「お前の脇腹に短刀が貫通するのを、目ぇ見開いて見てな」




