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星の見えない空  作者: 榎本あきな
だいごしょう~水面の魚~
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30.ぎょしゃ座β星

6月21日【メンカリナン】(ぎょしゃ座β星)

信頼と友情のバランス


 あの時。


 意識を何度も飛ばしながら、俺は、必死に意識をつなぎ止めていた。

 こちらに近づいてくる沢山の足音を聞きながら、きっと彼らが助けてくれる……だなんて。

 普段なら、こんなに大勢の足音が聞こえてきたら警戒するのに、それも思いつかないくらい、そのときの俺は、弱っていた。


 沢山の足音が、俺を取り囲むように、俺の近くで止まった。

 そこから何も動かなくなった彼らを不思議に思い、俺は、顔をあげた。

 ……しゅんが、いた。


「北馬 誠。お前が残った影の本体、最後の1人だという報告が入り、確証に至った。……よって、お前を殺すことになった」


 いつもとは違う、司令官のときの冷酷なしゅんの声に、ただでさえ混乱している頭の中が、さらに混乱した。

 俺が、最後に残った……あの、仲間思いのシャドーの、本体だというのだろうか。

 そんなことを急に言われても、何もわからなかった。


 そんな報告はいつあったのかとか、確証に至ったのはどうしてなのかとか、色々頭をよぎったけど、結局、何も言えなかった。

 なにより、しゅんが俺を殺すということがショックであり、……きっとどんなことになっても、しゅんは俺を殺さないという、根拠のない自信を持っていた自分が、恥ずかしかった。

 何も考えられなくなっていく頭で、しゅんの声を必死に拾った。


「死ぬ前に、なにか言い残すことはあるか」


 威圧的なしゅんの声。

 こんな声を向けられた覚えはなく、なんだか弱気になっていたのか、その声を聞いただけで、肩が面白いほど跳ねた。

 それと同時に、逃げなきゃいけないと、思っていた。


「……灰色なんて、嫌いだ」

「…………まこ」


 唐突に出てきた言葉は、このゲームが始まってから言わなくなった、昔の俺の、口癖。

 しゅんが、その言葉に、ほんのわずか、戸惑ったように俺の名前を、いつものように呼んだ。


 それが、引き金になった。


 俺は、怠い体を勢いよくはねおこし、しゅんのもとへ駆けた。

 驚きつつも、駆けたと同時に突き出した俺の短刀を、ナイフで受け止めた。

 周りから一斉に銃を構える音がしたが、それに構わず、俺としゅんはナイフと短刀で押し合いを続けた。


「しゅんだって、そうだろ!俺が灰色だから……俺が、皆と同じじゃないから、俺を裏切ったんだ!!」

「まこ……まこ。違う……違うよまこ……」

「何が違うんだ!しゅんだって、俺があいつらと同じ灰色をもっているから、疑ってたんだろ!?……親友だって。裏切らないって……そう、思ってたのに」


 息を飲んだ、音がした。


 けれど、朦朧とする頭で、自分が何を言っているのかもわからなくなっていた俺は、胸に秘めていた思いを、吐露する。

 ずっと、蓋をしていた、自己嫌悪。

 ……心の奥で、何かに、ヒビが入ったような音が聞こえたきがした。


「……俺が、灰色じゃなかったら、しゅんだって俺を裏切らなかった。俺を、疑わなかった。……いつもいつも、悪いことばかり引き寄せるこの灰色が、憎い。この色を持って生まれた俺が、憎い。……死ねば、いいのに」

「っ!?まこ!?」


 最後の一言にしゅんが反応した頃には、俺は取り囲んでいる人々の間を、息も絶え絶えになりながらもすり抜け、非常口の方へと駆け出していた。

 足が鉛でもつけているかのように重かったが、もう、誰とも会いたくなかった。

 1人で、死にたかった。



 外は雨だったけれど、それでも構わずに、俺は走り続けた。

 けれど、次第に体力がなくなり、雨で泥と化した地面に足を取られ、転び、起き上がることができなくなった。

 誰もいないこの場所で野垂れじぬのも、いいんじゃないかと思った。


 狭まる視界と朧げになる思考と共に思い起こすのは、俺が殺した影の本体たち。

 結局俺は、殺すことでしか救えなかった……いや、本当に彼らは救われたと思っているのかすらもわからない。

 ……殺した俺が思うのもおこがましいが、彼らには、生き続けてほしかっただなんて思っている。

 殺すんじゃなく、本当の意味で救いたかった。


 そんなことを思いながら、俺は目を閉じた。


 閉じる寸前、黒い人影が見えたきがした。


***


「……ふぁぁ~……。うーん……やっぱり、3人だけじゃ回すのキツいかな~」

「別に、あんたはもう少し眠っててもいいんだが。まだ交代の時間じゃないし」

「ひょぁっ!?え、あ、でも、おおお、起きちゃったし、ねむれ、眠れないし、やっぱ、北馬さんが心配だし……。こにょにょ、この中で一番まともなりょうりょ、料理作れるのって、僕だし!!だか、だから、えとあのその」

「……そろそろ慣れてくれないか。というか、毎回そんな感じでしゃべるの、疲れないのか?」

「ご、ごめんなさぁぁい!!だ、だけど、やっぱり人と話すのは、仕事関連、とかじゃないと、しちゃ、舌が回らなくて……。……えと、短くて、一週間、です、かね」

「……はぁ。あんた、もう寝なよ。あとは僕がやっておく。会話だけでそんな大変なら、寝れる時に寝といた方がいい」


 結構前に聞いた声と、最近聞いていた声が聞こえてきた。

 なんとか起きようと、重たいまぶたをゆっくり押し上げる。


「う、うぅ……」

「……!?あの、あきゅ、悪食さん!北馬さんが……っ!?」

「……やっと起きたか。遅いんだよ。ばか誠……。僕は外に敵がいないかの確認してきて、ついでにあいつ起こしてくるから、誠見てて」

「ひゃいっ!!」


 裏返った声が聞こえると同時に、扉が開き、とじた音がした。

 必死でまぶたを押し上げると、最初に見えたのは、見慣れない天井と、こちらを心配そうに見つめる亮だった。

 俺をじっと見つめていた亮が、恐る恐る、俺に問いかける。


「あの……自分が誰なのかとか、今の自分がどんな状況に置かれているかとか、そういうの、わかります?」

「……北馬 誠。……俺を影の本体だと確信したしゅん……司令官が俺を殺しに来て、俺は逃げ出した。けど、その直後の熱で、雨の中外で倒れた。……大体は合ってると思うんだが」

「はい。細かいところは、やっぱり相違点がありますが、概ね、大丈夫です。体調はどうですか?吐き気とか、頭痛とか、体が痛むとか、あります?」

「…………特に、ない……な」


 指先を動かしたりして確認したが、痛みもなく、体調が悪いということは今のところないみたいだった。

 俺がそのことを素直に伝えると、しっかりと俺を見つめていた亮の目が潤み、そのまま床に座り込んだ。


「よ、よかったぁ~……」


 泣きそうになりながら安心したように息を吐く亮を見て、随分心配をかけたのだと感じた。

 けれど……ここは、どこだろうか。

 本部にはいられないはずだし……。


「なぁ、ここは、どこなんだ?」

「ひぇ?あ、えっと、ここは、昔の僕の家です。残ってるか不安だったんですけど、一番近いのが僕のところで……。でも、残ってて良かったです」

「……仕事じゃないのに、噛まないな」

「北馬さんには、大変お世話になりましたし。頑張って怯えないようになりました!」


 そういって笑顔になる亮を見て、俺が不安にならないようにしてくれている感じがした。

 お礼の意味もこめて床に座ったままの亮の頭を撫でる。

 それにポカンとした亮は、次第に笑みを浮かべた。


「そういや、今の俺の状況はどうなってるんだ。なんでお前らは、助けてくれたんだ」

「……北馬さんが雨の中で倒れたあと、本部の人たちの話を聞いて、先に見つけなくちゃと思ったんです。僕は、まだあなたに感謝していませんでしたから。……でも、1人じゃ何もできなくて……。困っていたとき、北馬さんが助けた2人……悪食さんと、鷲さんがこちらに来ていることを知って、協力しようと声をかけたんです」

「……お前ならまだわかるが、あの2人がその言葉に頷くとは思えないんだが」

「悪食さんは、“僕が殺す前に勝手に死なせてやるか”と。鷲さんは、“妹を殺した分、長生きしてもらわねぇと困る”って言ってました。……そのあと、3人で北馬さんを見つけ出し、僕の家で看病することになりました」


 そういってから、亮は眉をしかめた。

 亮がそんな顔をするのは珍しく、俺は頭に疑問符を浮かべた。


「……熱はすぐに下がったんですけど、北馬さん、なかなか目覚めなくて……。そしたら、鷲さんが、妹さんから神様が“心の蓋をしなくちゃいけなかったやつがいる”って話を聞いていたそうで、咲良ちゃんたちはそんなことなかったから、もしかしたら北馬さんかもしれないって思って……。ずっと、声をかけ続けていたんです」

「……じゃあ、あの声がお前たちか。ありがとう。ちゃんと、届いてた」

「それなら、僕らも頑張ったかいがあるものです。……そういえば、北馬さんがもとになったシャドーが消えたんですけど、北馬さん、何か知りませんか?こちらとしては、北馬さんが死んだと思ってくれた方が、都合がいいんですけど……」


 亮のその言葉に、俺は心あたりがあった。

 やはり、あの世界は俺の心が作り出した夢の中で、俺は心であのシャドーとつながっていたのだろう。

 ……そして、俺に憎しみの心がなくなった、あるいは薄れたため、俺がもういいと言ったと同時に、消えたのだろう。

 そしてそれは、現実でも同じ。


「たぶん、俺がやった。……あいつらは、俺たちの人間への憎しみから出来ている。けど、俺は世界が憎いと同時に、自分がそれ以上に憎かった。だから、ほかのやつよりも憎しみが薄く、こうして過ごしていくうちにそれも薄れてきていた。……実は、夢の中でそいつと会った。俺は、夢から覚めるために。自分自身を、認めるために、シャドーに“もういい”って言ったんだ。それと同時に消えたから、たぶんそれが原因だ」


 俺がそういうと、亮は納得したような表情になった。

 それと同時に、扉が勢いよく開く音がした。

 扉を見ると、息を切らせてこちらを見る鷲と、その後ろからなんともないような顔をしてこちらを見る悪食がいた。


 鷲は、足音を盛大に立てながら、俺のところまで来た。

 そして、怒鳴ろうと息を大きく吸い込んで……そして、顔が怒りの表情から崩れ、泣き出した。


「おまえなぁぁぁあああああ~!!じんばいざぜんじゃ、ねぇっ、ぞ!!!よう、を、ひっく……ごろじだお前がざぎに、じ、ぬのは、ひっく……ゆるざないんだがらなぁぁあああああ!!!うぁぁぁぁぁああん!!」


 突然泣き出した鷲に3人とも固まり、一番最初に復活した亮が、慰め始めた。

 そのおかげでゆっくりと落ち着き始めた。

 ……子供にしては成熟してると思っていたけれど、やっぱり、鷲も子供なんだと思った。


 きっと、今まで、泣くほど何かを、心配したりしたことがなかったのだろう。

 2人だけで生きてきた鷲にとっては、ほとんどない経験だったに違いない。

 そんなことを思いながら、ベッドから降りる。

 そのまま扉の方へ向かおうとすると、扉の前に悪食がたった。


「どこ行くんだ」


 悪食のその声で、自分のことで手一杯だった2人が、こちらに気がついた。

 目元が赤い鷲が、俺に何かを言おうとして、亮がそれを止めているのを横目で見ながら、悪食の問いに答えた。


「しゅんのところに」

「……誠を裏切ったのに?それでもまだ、信じるのか」

「違う。……俺の大切な親友だから。今までずっと一緒にいた、親友だから。……だから、救えなくても、本当に手遅れになる前に、俺が、止めなくちゃいけない」


 もう、全部わかってる。

 皆、俺のために小さなピースを、残して行ってくれた。

 俺は、それを完成させなくちゃいけない。


 ……それはきっと、俺にとって、一番辛い選択だ。

 でも、やらなくちゃいけない。

 きっと、あいつも心の奥底では、そうなることを願っているのだから。


 俺の目をみた悪食は、扉の前から動いた。

 鷲の物言いたげな視線と、亮の微笑ましいものを見るような視線を感じながら、拳をあげ、悪食と拳をぶつけた。

 小さく、コツンという音がした。


「……後悔、すんなよ」

「しないために今から行くんだろ」


 俺は、光の差さない現実へと、足を踏み出した。


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