3.りゅう座τ星
1月8日【タウ・ドラコーニス】(りゅう座τ星)
アクティブな一匹狼
犬だと思っていたのは、茶色い髪の毛の小柄な少年。
義務教育も終わっていないような見た目の少年は、犬のような呻き声を発しながら、俺を殺意のこもった瞳で見ていた。
けれどその瞳には、殺意だけではなく、何か、決意のようなものも含まれているような気がした。
……犬の影だと思ったのは、見間違いだったのだろうか。
瓦礫の影に立っているためか、影が見えず、確かめることができない。
でも、犬のような呻き声とさっきの身体能力の高さから考えると……まさか―――
「がうぅっ!!」
「っく……っそ!!」
口を大きく開けて、まるで獣のように勢いよく飛びかかってくる少年を、ショットガンで受け止めてから投げ飛ばす。
小柄だったから、容易に投げ飛ばせたことにほっと息を吐きながら、少年がいない方向へと走り出す。
特殊能力なのかはわからないけれど、この3年間で俺の身体能力は異様な程高くなっていたが、遅れて走りだした少年も、俺とつかず離れずの距離を保っていた。
だが、埓があかないと思ったのか、徐々に走る速度を上げてくる。
再び、勢いよくこちらに飛びかかってきた少年を、近くに突き出している鉄パイプを掴み、走ってきた勢いで逆上がりの要領で一回転し、少年の背中を蹴った。
背中を蹴られ、顔面衝突は避けたが、左腕を地面にぶつけ、そのまま横滑りする少年。
地面と左腕が擦れる音と少年が咳き込む声を聞きながら、俺は鉄パイプから手を放した。
これで殺意くらいは和らいでくれるかなと思いつつ、ショットガンをシースへと入れる。
けれど、いくら待っても立ち上がる気配もしない少年に、なんだか心配になって、そばへと近づく。
「があっ!!!」
「っ!?」
近づいた途端、目を閉じていた少年が、今が好機だとばかりに跳ね起きて俺に向かって襲いかかってきた。
驚いて仰け反ると、そのままの勢いで押し倒され、今にも喉笛を噛み切ろうと迫る少年を、上着の内ポケットに入れていた短刀でなんとか受け止めた。
少年の鳩尾を、自由な左腕の肘で突き、僅かに浮いたところでその勢いと共に押し返す。
児童虐待なんて言葉が頭をよぎるが、殺されそうになっている今、そんなに構っていられるかと頭の片隅に放り投げる。
そんなことを考えていると、体勢を立て直した少年が、再び俺に飛びかかってくる。
その単調な動きに違和感を覚えながらも、俺は横へ移動して避け……
「うぁっ!?」
足を滑らして転び、後ろ向きのまま、坂を転がり落ちた。
どこかに捕まろうにも、幅が意外と広く、まるで獲物を転ばせてどこかへと運ぼうとしているかのように滑らかな坂に、これが狙いだったかと唇を噛み締める。
チラリと後ろを見ると、人一人くらいなら落ちるほどの穴が空いていた。
俺は鉤爪がついたロープをバッグから取り出し、クルクルと手で回す。
次の瞬間、坂がなくなった。
それと同時に、手に持っていたロープを穴に向けて投げた。
出っ張りが何もなかったから、穴のところには引っかからなかったが、その下の木製の柵に引っかかった。
摩擦で焼けそうな程に熱い手のひらに、革の手袋をつけていてよかったと思いながら、必死にロープを握り締め、スピードを殺す。
俺の頑張りで、なんとか地面と激突せずにすんだ俺は、ロープを回収してから辺りを見回した。
壁などに残っている残骸などから、どうやら教会のようだが、日本にしては珍しく、驚く程大きい教会だ。
周りは土や瓦礫などで埋もれているようで、下の窓も上の窓も外の景色は写っていない。
奥の方にステンドグラスがあり、大きいステンドグラスだから、上からほんの少しだけ、光が覗いている。
真っ暗なこの部屋では、その小さな光だけでも眩しく、思わず目を細めてしまうが、その下にある大きな十字架に何かがあり、必死にみようとする。
そして、光が雲に隠れ、その何かが見えたのと同時に、何かが落ちてくる音がした。
「もってけよ。犬っころ」
俺は左腕を外し、空中へと放り投げた。
それと同時に、外した左腕が持って行かれ、落下から上手く着地した少年が、俺の義手をバリバリと食べていた。
やっぱりかと思いながら、俺は十字架へと目を向けた。
イエスキリストのように両腕を縛られた、両足のない青年が、そこにはいた。