29.カシオペア座θ星
4月9日【シータ・カッシオペイアェ】(カシオペア座θ星)
自力で切り抜ける頑張り
生まれたときから俺の髪の毛は灰色で。
他の皆と違うってのは、物心ついたときからしっていた。
俺だけ、灰色。
沢山の黒髪の中で目立つ俺の灰色が、俺は大嫌いだった。
両親がいくら俺の髪の毛を綺麗だと褒めてくれても、やっぱり俺は、普通じゃないこの灰色が、嫌いだった。
小学生になって、上級生に突然呼び出され、殴られそうになることが多くなった。
でも、運動神経だけはずば抜けていたから、殴られる前に全速力で逃げ出し、相手が通りにくい、狭い通路などを通って逃げていた。
上級生に目をつけられた原因である灰色が、やっぱり好きにはなれそうになかった。
ある日、誰かが話しかけてきた。
そいつは、皆の人気者で、明るく、成績もよくて、そしてなにより、綺麗な黒髪だった。
俺が唯一そいつに勝てている要素は、走ることだけ。
それでも、俺にないものを、俺が欲しくて欲しくてたまらないものをもっているそいつが、疎ましかった。
話しかけられてもろくに答えず、事務的な会話しかしない俺に、何故かそいつは俺の後ろをついてまわり、邪険にされてもめげずに話しかけてきた。
両親以外に話しかけてくるやつなんていなかったから、もしかしたらあの時の俺は、戸惑っていたのかもしれない。
素っ気ない態度をとりながらも、心のどこかでは、そいつとの会話を、楽しんでいた。
中学に上がる頃には、「まこ」「しゅん」とお互いをあだ名で呼び合うくらいの仲になっていた。
それでも、先輩や他校生に目をつけられることは変わっておらず、むしろ増えていた。
だけど、心配症な両親と、なにより、一番の親友の悲しそうな顔を見たくなくて、俺は必死で逃げていた。
……逃げ続けていたのが、悪かったのだろうか。
「お前と仲のいいやつを捕まえた。返して欲しかったら来い」と言われ、俺は急いでそこへと向かった。
けれど、それは相手の罠で、しゅんは捕まってなんかいなくて……俺が気がついたときには、もう、腕を掴まれて逃げられなくなっていた。
そんな風に騙されて、捕まって、殴られてを、数え切れないくらい繰り返した。
でも、罠だとわかっていても、もし本当にしゅんが捕まっていたらと思うと、行くしか選択肢はなかった。
日々増えていく傷跡を、バレないように、バレても心配させないように、必死で誤魔化した。
ある日、いつものようにしゅんを捕まえたから来いと呼び出された。
行きたくなかったけど、やっぱり、しゅんが本当に捕まっていたらと思うと不安で、行くしかなかった。
……そして、着いた先で、俺は目を見開いた。
床で気絶している、しゅん。
目の前が真っ赤になり、どこからか声が聞こえた。
それが、俺の絶叫だったのか、それとも相手の悲鳴だったのかは、よくわからなかった。
ただただ、相手を殺すことだけしか、考えてなかった。
ふと目が覚めると、病院のベッドで寝かされていた。
なんでも、あの場所でしゅんと共に気絶しており、周りには複数の男子生徒が倒れ、その男子生徒の血と思われるものが、そこら中に飛び散っていたそうだ。
俺に事情聴取をしに来た人は、俺だけが無傷なのが気になっていたが、しゅんは気絶していて一切覚えていなかったし、俺が喧嘩が強くないというのはほかの人に聞いたらしいし、倒れていた男子生徒たちが「自分たちが悪い」と怯えながら言っていたため、特になにか言われることはなかった。
同じ病院にいるしゅんの元へ行くと、元気そうだったが、頭に包帯を巻いていた。
なんでも、気絶させられた時に殴られた場所が結構危なかったらしく、もう少しずれていたら、大変なことになっていたらしい。
生きてて良かったなんて、まるで冗談でもいうかのように笑ったしゅんを見て、いつもどおりに言葉を返してから、自分の病室へと行き、カーテンをしめてベッドに潜り込んだ。
俺のせいだ。
俺がしゅんと仲良くしてたから、こんなことになったんだ。
俺は、しゅんと仲良くなっては、いけない存在だったんだ。
……こんなことになるまで、しゅんと離れようと思わなかった自分と、全ての原因である灰色が、とにかく憎かった。
俺のような存在を生んだ、世界が憎かった。
「ねぇ、憎くて憎くて仕方ないって顔、してるね?」
その幼い声は、誰かに似ているような気がしたけれど、思い出せなかった。
でも、その声が言った事は、俺がたった今思っていたことと同じで、俺は頷いた。
頷いた俺に、その声は、先ほどよりも弾んだ声で言った。
「じゃあ、僕が復讐の手伝いしてあげる!もちろん、君にも手伝ってもらうけどね。……正確には、君の“影”に」
幼い声がそういうと、俺の影が縦に伸び、膨らみをもち、気がついたら、俺と同じ姿をした真っ黒な人がいた。
けれど、なんの反応も見せない俺を見て、そいつは目を細めた。
「……君、ダメだ。自分を憎みすぎて、心が壊れて、自殺する。悪いけど、その憎しみを増長させた出来事の記憶に、蓋をさせてもらうね」
そいつがそういうと、今まで自分を憎いと思っていた気持ちが、どこかへ消えていった。
それと同時に、あの時の記憶が薄れていき、強烈な眠気とともに、目の前の景色も薄れていった。
ベッドに横になり、目を閉じる寸前、声が届いた。
「物は、いつか壊れる。この蓋も、いつか壊れる。何も身構えていないと、心が壊れる。だから、その前に自分自身で蓋を開けて。……君に死なれちゃ、困るんだから」
***
目を開くと、そこは、真っ白な空間だった。
本当に、影も、何もない、真っ白な空間。
そこに、真っ黒な、俺と瓜二つの人間がたっていた。
「殺した人間への罪悪感と、塞がれた辛い記憶に挟まれて、俺は現実から逃げた。そして、夢の中で、殺した彼らが生きてる姿を見たくて、自分が殺したと認めたくなくて、……彼らを殺すことは、救うことだったと思いたくて、俺は、作り物の世界で、彼らを救った」
影が、頷く。
「でも、奥底では、認めなくちゃいけないって、わかってた。だから、彼らが教えてくれた。背けるなと。……そしてそれは、しゅんの裏切り……いいや、違うな。俺がそう思っているだけで、俺が裏切ったんだ。……それを、思い出せと。認めろと。……そういう意味、なんだな?」
影が、再び頷く。
「……認めたくない気持ちは、今もある。でも、あいつらにあそこまで言われたんだ。それに、俺には待ってるやつがいる。……聞こえたんだ。声が。……だから、俺は」
小さく、息を吸う。
影に、近づく。
微動だにしない俺と同じ姿をした影を、俺は抱きしめる。
「認めよう。この世界が俺の作った、夢の中だと。俺は、影の本体であると」
それでも、影は動かない。
……やっぱり、この影は確かに俺だ。
きっと、俺の次の言葉を、待っている。
大きく深呼吸をしてから、俺は、言った。
「俺を生んだ世界への憎しみは確かに、ある。……でも、それよりも、俺が殺したあいつらが見れなかった世界を。なにより、俺の一番の親友が住むこの世界を、救いたいんだ。殺すんじゃなくて、本当の意味で。……だから、もう、いいよ。疲れたろ?……今まで、ありがとう。おやすみ」
俺がそういうと、真っ黒な俺は満面の笑みで微笑み、ゆっくりと消えていった。
それを見送った俺は、真っ白な空間で横になり、目を、閉じた。




