28.つる座α星
2月19日【アル・ナイル】(つる座α星)
前進する自分への可能性
真上にあった太陽は、いつしか建物の影に消えようとしており、影はゆっくり伸びていく。
その影を見つめていると、近くから聞き覚えのある声が聞こえた。
最近聞いた、男女の声が。
「咲良ちゃんが勧めてくれた本、すっごく面白かった!」
「……そう、よかった。……2巻もあるから、今度貸してあげる」
「ほんと!?ありがとう!!」
楽しそうに会話する2人に、俺は近づく。
小さな公園のブランコに座っていた2人は、俺が近づいてきたのに気がついて、ブランコをキィ……と小さく鳴らした。
「……誠」
「誠さんだ!こんにちは!今日はどうしたんですか?」
あの時とまったく変わらない2人を見て、なんだか安心したような不思議な感覚を覚えた。
その感覚を感じながら、俺は2人に答える。
「俺にとって、大切な友人を探してるんだ」
「そうなんですか。……あれ、でも、前に誠さん、友人なんていないって言ってませんでしたっけ?」
その言葉に、俺は固まった。
この世界の俺が、影の本体であるやつらの根本的な原因を取り除いて回ったことから、俺の世界の記憶があるのは、確かだと思う。
……でも、それなら、しゅんがいないのはどうしてだ。
小学校の頃から一緒に過ごしてきたのだから、俺の記憶があるこの世界の俺も、しゅんと、小学校の頃からであっているはずだ。
……俺としゅんの間に、何かあったのだろうか。
そんなことを考えていると、俺の言葉に疑問を持ちながらも、真面目に考えていた亮が言った。
「うーん……。ごめんなさい。誠さんのお手伝いはできそうにないです……。いじめられて1人だった僕と咲良ちゃんを救って、会わせてくれたのは、誠さんなのに……」
「……俺が、救った」
俺がそういうと、亮は僅かに目を見開いたあと、花が綻ぶような笑顔で笑った。
「そうですよ。誠さんが、1人の友達もいなくて、いじめられて独りだった僕と、友達に裏切られて、いじめられ続けて独りだった咲良ちゃんを、救ってくれたんです。ね?」
「……うん。……あなたは、私と亮を救ってくれて、そして、引き合わせてくれた。……最高の友人に、会わせてくれた。……だから、認めて?……私たちにあった辛い記憶を、救ったという事実で、かき消すために」
現在来ている制服から、他校であろう2人……しかも、うち1人は女子高であるというのに、その2人を救ったというのは、にわかに信じがたい。
けれど、最後の穂波の言葉に、俺は頷いた。
そんなことを言われたら、頷くしかできない。
俺が救ったという事実を認めたことに、2人は喜んだ。
弾んだ声で、話をしてくる。
「僕、嬉しいです!今までどれだけ言っても、誠さんは『救ったんじゃない。俺の自己満足だ』なんて言うんですもん!……でも、やっと認めてくれた」
「……誠は、私たちのヒーロー。……認めてくれて、本当に嬉しい」
「誠さんは、僕たちのヒーローです!僕、そんな誠さんに憧れてて……。受験する高校も、誠さんと同じ学校に通いたいって思って、誠さんの通ってる学校を受験することにしたんです!」
俺と話していてもつっかえない亮の声を聞いて、大分俺に慣れているんだなと思いながら、俺からは何も話さず、聞き役に徹する。
……口を開いたら、“俺はヒーローなんかじゃない”と叫ぶ心のうちが、出てきてしまいそうだ。
耳を塞ぎたくても、どこに俺の知りたい情報があるかはわからないため、ただただ、聞いていることしかできない。
楽しそうにしゃべる亮と、相変わらずの無表情で、けれど、少しだけ楽しそうな雰囲気の穂波。
2人の話を聞いていたら、どこからか、「新世界より」が流れてきた。
“星は空を散りばめぬ”……雲ひとつない夕焼け空が見えるこの世界では、あの世界で見れなくなった星は、見れるのだろうか。
気が付くと、2人が話すのをやめ、真剣な顔でこちらを見ていた。
張り詰めるようなその空気に、思わず息を飲んだ。
「……今日、黒髪の少年が自殺した」
「性格は明るく、いつもクラスの人気者で、顔もよくて、運動神経もよくて、頭もよかった」
その言葉に、俺は息を止めた。
別人だって思いたい……けれど、全てが全て、しゅんの特徴と、一致していた。
黒髪なんて、この日本には沢山いるのに、それがしゅんだって、信じたくないのに、頭のどこかで、確信していた。
言葉を吐き出せない俺に、2人は告げる。
「……大切な人は、もういない」
「あなたが逃げたから、もういない」
「な……何言ってるんだ。嘘だろ?なぁ、質の悪い、冗談だろ?」
「「裏切られたから、あなたが消した」」
震える声で、2人に問いかける。
でも、それが真実だって、俺は知ってる。
心の奥底で、知ってる。
そして、俺が見つめなくちゃいけない真実も、知ってる。
見たくないって、蓋をしてた。
知りたくないって、目を背けてた。
分かりたくないって、喚いてた。
「蓋を、するな」
「目を、背けてんじゃねぇよ」
「喚くだけじゃ、何もわからない」
「「「早く、起きて」」」
どこからか、聞いたことのある声が聞こえた。
その声は、俺の背中を、確かに、押してくれた。
目の前を見ると、2人は微笑みながら、公園から去っていった。
それを見送って、俺も、伸びる影とともに、家へと駆けた。
夕焼け空は、灰色の分厚い雲に、覆われていた。




