26.きょしちょう座β1星
3月29日【ベータ1・トゥカーナェ】(きょしちょう座β星)
恋多き行動力
「僕は、君が好きだ」
……メールの履歴に、朔がいる病院の名前が書いてあったから、訪れたとたん、これだよ。
どうやら、青春まっただ中らしい。
中庭の中央、周りに誰もいないなか、車椅子の少年と人形のような少女がいる。
車椅子の少年が、“來野 朔”で、人形のような少女が“龍野 佐良”だろう。
事実、少女の方は朔が入っていたときの体と、まったく変わっていない。
朔の方は、木の囚われていたからか、それとも病弱故に衰弱したのかはわからないが、その頃よりは肉付きもよく、全体的に細いが、健康的な体つきをしていた。
「……君は、僕のことを友達みたいに思ってるってわかってるよ。こんなことをいったら、君は僕のところへ、もう来てくれないんじゃないかっていう不安もあるよ」
そういって、一つ、深呼吸。
俯く龍野の表情は、こちらからも、そして、朔からも、うかがい知れないだろう。
「でも、僕は病弱だし、足も動かない。……あの時は、あいつが、誠が間に合ったからよかったけど、間に合ってなかったら、僕は階段から落ちて……死んでいたかもしれない」
静観していると、唐突に俺の名前が出てきて、目を見開いた。
……この世界の俺は、影の本体であるやつらの原因となるべきものを、なくすために、動いていたのかもしれない。
罪のない彼らが、救われるように。
「いつ、死ぬかもわからない。だから僕は……僕が、後悔しない道を選ぼうと思ったんだ。誰でもない、僕自身のために」
朔がそう告げると同時に、龍野は顔をあげた。
その顔は涙で、けれど、悲しげではない涙で、濡れていた。
「私も……私も、あなたが好きっ……!……この前のことで、そして、北馬さんに言われて、私は気づいたの。ずっと私は、あなたのそばにいるためだけに、自分を騙してたんだなって。……私も、私自身のために、後悔しない道を、選びたいの」
涙を手のひらで拭い、そして、満面の笑みを浮かべる龍野。
その笑顔を見て、微笑む朔。
「僕の隣に、居てほしい」
「喜んで」
***
龍野と朔が、2人仲良く話している。
とりあえず、まだ会いに行っていないやつもいるから、早めに聞きにいこうと思い、場違いな雰囲気を感じながらも、2人のもとへと行く。
「よぉ。体の調子はどうだ」
「あ、誠。うん、最近は病気にもかからなくなってきたし、一時帰宅の許可も出せるみたい。……まぁ、正直、家よりもこっちの方が馴染みが深いから、今更なんだけど」
「そりゃそうだ」
朔を殺す前に朔が語った時にも、家よりもこっちの方が馴染みが深くなったみたいなことを言ってたからな。
そんなことを思っていると、2人が何故か言いにくそうに……というより、恥ずかしそうに、何かを言おうとしていた。
それに関してなんだろうかと首をひねり……合点がいった。
「それで……さ。えっと、背中を押してくれた誠には報告したほうがいいと思うんだけど……僕たち、その……」
「知ってるぞ。付き合うんだろ」
「そう、付きあ……えっ!?なんで知ってるの!?」
「聞いてたからな。最初から全部。……こんな、どこの病室からでも見えるような中庭でやるなよ」
そういうと、顔を真っ赤にしてあたりを見回す2人。
そして、2人の目に映る、微笑ましそうな顔で窓から顔をのぞかせる、看護婦さんや患者さんたち。
それを見て、自分たちがいかに自分たちの世界に入っていたのかを思い知った2人は、さらに顔を赤くさせた。
「な、なんで言ってくれないのさぁ!!ばか!!ココア風呂で溺死しろ!!!」
「うげぇ……やめろよ。俺甘いもん嫌いなの知ってるだろ」
「わかってて言ってんだよ!本当はコンクリで東京湾の底に沈めたいくらいだけど、友達で恩人だから食べ物にしてやってんだからな!!甘いくらいでグダグダ言うなよもぉ!!!」
真っ赤な顔をした朔は、怒鳴ったおかげで落ち着いたのか、小さく深呼吸をした。
そして、少しそっぽを向きながら、俺にお礼をいった。
「その……ありがとう」
「……?なにが?」
「僕と友達になってくれたこと、僕が階段から落ちたときに助けてくれたこと。……僕に、後悔するなって、言ってくれたこと」
そういうと、微笑んだ。
「僕、君に言われなきゃ、いつまでもこのままだったと思う。このまま、何も言わないで過ごして……死ぬ寸前で後悔して、そして、世界を呪ったんだと思う。どうして僕だけ、こんな目に遭うんだって。……でも、君が言ってくれたおかげで、後悔しないで、呪わないで、生きる世界もあるんだって、知った。だから、ありがとう。誠」
照れながら笑った朔。
そして、その隣にいる龍野も、口を開いた。
「私からも、ありがとうございます。私、ずっと彼のそばにいたくて、でも、この気持ちに気づかれたら、彼は、私を嫌いになるかもしれないって、そう思って、怖くて、私は彼の友達だって、そう自己暗示をかけてたんです。……でも、彼が階段から落ちて、あなたに、後悔するなと言われて、ようやく決心がついたんです。本当に、ありがとうございました」
そういって頭を下げる2人に、なんだか、胸が痛む。
俺は、殺したあんたらに抱いた罪悪感だけで、ただ、俺が殺したやつらを救いたいっていう、ただの自己満足だけで、俺はきっと、救ったんだ。
そんな俺に、感謝を受ける資格なんて、ない。
思わず黙り込む俺。
反応がないことを疑問に思ったのか、顔を上げ、訝しげな顔で俺を見つめる2人。
その2人に、慌てて言葉を返す。
「あ、ああ。……別に、俺が言ったのは、ただの言葉だ。あんたらが、動いた結果実ったんだ。俺は、何もしていない」
「……感謝くらい、素直に受け取りなよ。ひねくれもの」
「それ、さっくんにだけは言われたくないと思うな」
クスクスと笑う龍野に、膨れたような顔を向ける朔。
暖かい雰囲気に、俺がこいつらを救ってやれてたら、こんな風に話していたんだろうかと思っていると、朔が、何かを思い出した。
「あっ、そういえば、誠はどうして今日、病院に来たの?今日は見舞いに来るなんて、聞いてないんだけど。それに、創立記念日で休みの佐良ならともかく、誠は学校あるでしょ?」
「……実は、出来るだけ急いで調べなきゃいけないことがあってな。お前らなら知ってるかと思ってな」
「何を調べているんですか?」
「“卯花 春季”って名前に、聞き覚えがないか?」
そういうと、2人は首をかしげた。
難しそうな顔をした2人は、しばらくして、口を開いた。
「……うーん。しらないなぁ……。僕の記憶の中には、ないかなぁ……」
「私も、知らないです……。あ、そろそろ、お昼の時間じゃない?」
「あ、ほんとだ。ごめんね、力になれなくて」
「いや、俺もそこまで期待してなかったから。困らせてすまん」
看護婦のもとへと龍野がいったため、1人で車椅子を押していこうとする朔を止め、後ろから押していく。
お礼の言葉に返事をしながら、閉められた病室の前で止まる。
俺が病室を覚えていなくとも、体は覚えていてくれたらしい。
中へ車椅子を入れ、調べ物があるからと別れの挨拶をして扉に手をかける。
扉をあけ、廊下へと一歩踏み出し、後ろの扉が閉まっていく。
「居心地のいい場所で、眠ったままでいないでよね。お仲間さん」
俺が振り返ると、扉は閉まっていた。
もう一度中に入って聞くのもなんだか居心地が悪いと思い、俺は、次の影の本体がいる場所へと、歩いていく。
どこからか、誰かの呼び声が聞こえたきがした。
***
「……おい、いつまでも優しい世界にいるんじゃねぇよ」
「お前のせいで、俺は、そこから引きずり出されたんだ」
「……俺を引きずり出した張本人が、その世界にいるなんて、許されると思うなよ」
「お前がいなきゃ、俺らは、どうすりゃいいんだ」




