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星の見えない空  作者: 榎本あきな
だいごしょう~水面の魚~
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25.こいぬ座β星

7月12日【ゴメイザ】(こいぬ座β星)

心の安定を目指す不安


 目を覚ますとそこは、俺の部屋だった。

 ……本部にある俺の部屋ではなく、3年前、あのゲームが始まるまで住んでいた、俺の家の、俺の部屋。

 その部屋のベッドで俺は横になっていた。


 ……もしかして、今までのは全て夢だったのだろうか。


 そんなことが頭をよぎるが、その考えをすぐに振り払う。

 俺が殺した、あいつらが死んだ時の感覚が、全て嘘だなんてこと、思いたくはない。

 いや、全てが嘘で、本当は何もなくて、全員生きてるってんなら、話は別だけど。


 ベッドから降りてカレンダーを見ると、あのゲームが始まった日付だったが、俺は学校に行くことはせずに、ひとまず真実を確かめるために、散策することにした。

 私服に着替え、あの3年間で慣れてしまった俺の服と違和感を覚えながら、一階にある居間へと向かう。

 しかし、両親はおらず、朝食と「気をつけていってらっしゃい」というメモ書きが残されているだけ。


 そういえば、あの日も両親は朝からいなかったと思いながら、玄関へと向かう。

 ゲームが始まったときとまったく変わらない朝に、もしかして、まったく同じことをもう一回繰り返しているんじゃないかという恐怖を感じながら、左手で玄関のとってを握った。


 機械じゃない、生身の腕の感覚が、なんだかおかしかった。


***


 ……前言撤回しよう。


「あ、北馬君。どうしたのその格好?今日は学校じゃなかった?」


 あの時と全然一緒じゃなかった。


 目の前にいるのは、人の良さそうな顔をした、黒髪の青年。

 そして、その青年にリードを握られている茶色の小さな柴犬。

 ……髪の毛の色も変わっているし、姿形も違うけれど、それは確かに、死んだはずの影の本体、“三舟 籠目(みふね かごめ)”と“悪食(あくじき)”だった。


 俺がこいつらと知り合ったのは、今から3年後、あの教会のような場所で出会ったのが、初めてだったはずだ。

 なのに、どうして籠目は俺を知っているのだろうか。

 考えるために沈黙した俺を、上と下から、同じような瞳が見つめてくる。


「……今日は、ちょっと、今すぐ調べなきゃいけないことがあって」

「そうなんだ。サボりだったら無理にでも行かせてたんだけど、緊急の調べ物なら、しょうがないかな?僕も、それで君に助けられたからね」


 ……俺が、籠目を助けた?

 俺は、籠目を殺した記憶はあっても、助けたような記憶はない。

 もしかしてここは、平行世界……というようなやつなのかもしれない。


「……ありがとう」


 突如いわれたその言葉に、思考を記憶から今へとうつした。

 言った張本人である籠目は、心の奥底から感謝しているとでも言うかのように、俺に微笑みを向けている。

 柴犬にしては小さい悪食も、なんだか俺に感謝の視線を送っているようなきがする。

 意味がわからなくて黙っていると、籠目が続けた。


「……君が、倒れていた僕を介抱してくれて、やせ細った僕に事情を聞いて、会社を辞めるように僕に言ってくれて……背中を押してくれて、僕はようやく、やめることが出来た。簡単にやめさせてくれなかったから、ブラック企業だっていう証拠を集めて、突きつけなきゃいけなかったから大変だったけど、やめる決心がついたのも、全部、君のおかげだよ」

「それは、あんたが頑張った結果だろ。俺は、なんにもしてない」

「ううん。そんなことない。君がいたから、僕は救われた。君がいなかったら、僕は今頃……。だから、本当にありがとう」


 そんな、俺に身に覚えのないことを言われても、違和感しか感じない。

 そもそも、俺自身が殺した相手に感謝されるとか、どんな皮肉だと、俺をここにやったやつに問いただしたいくらいだ。

 それに、この世界の俺がやったことといえば、倒れた籠目を助けて、なんでそうなったのか理由を聞いて、そんなことになった原因である会社の退職を進めただけじゃねぇか。

 俺がやったことなんて、善良な一般人だったら必ずするであろうことだ。


 そんな風に考えていると、下から犬の鳴き声がした。

 ふと見ると、柴犬の悪食が、早く行こうとばかりに、リードを引っ張っていた。

 籠目を見ると、困ったように笑った。


「ごめんね、いま散歩中でさ……もうちょっと話していたいけど、早く行きたいみたい」

「いいよ。俺も、調べ物しなきゃいけないし」

「あ、そっか、引き止めちゃったね……ごめんね?今度また、ゆっくり話そう。じゃあ、調べ物頑張って」


 そういって、俺が最初行こうとしていた方向とは逆の方向へと歩始める籠目と悪食。

 それをチラリと見てから、俺も歩みを進めようとして……視線を感じて、振り返った。

 そして、目を見開いた。


 そこにいたのは、まともな格好をした、人間の姿の悪食だった。


 ゲームが始まっていないというのに、どうして人間の姿でいるのだろうか。

 問いかけようとした俺の声は、悪食の言葉に遮られた。


「目を、背けるな。現実を見据えろ。……僕等を助けたあんた自身が、逃げてんなよ」


 瞬間、頭の中をよぎる、赤い色。


 それと同時に頭が痛くなって、思わず左手で頭を押さえる。

 思わず目をつむり、再度開くと、人間の姿の悪食はいなくなっており、頭の痛みもなくなっていた。


 ……『背けるな』『見据えろ』『逃げてんなよ』

 そして、一瞬だけ頭をよぎった、赤い色。


 もしかして、さっきみたいに、影の本体は生きていて、そいつらにであったら、俺は何か、俺が思い出したくないことを、思い出していくのかもしれない。

 それが何かはわからないけれど、さっきの赤色と、俺が無意識か故意にかはわからにけれど、思い出さないようにしていたのだから、相当嫌な思い出に違いない。

 ……でも、思い出せば何か、わかるかもしれない。


 そう思って俺は、携帯電話を取り出した。

 電話帳には、親と、影の本体たちの名前……だけ。



 “卯花 春季”の名前は、どこにもなかった。


***


「……なぁ、早く気づけよ」


「あんたが気づかなかったら、僕等はどうすればいいんだ」


「……早く。……手遅れに、なる前に」


「あんたが、心を壊す前に」


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