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星の見えない空  作者: 榎本あきな
だいよんしょう~本の虫~
22/37

22.さそり座ε星

12月6日【イプシロン・スコルピィ】(さそり座ε星)

友情に秘めた甘え


 昼のような喧騒が全く聞こえてこない、月が隠れた真夜中。

 俺は図書室へと向かっていた。


 今日は月が出ていないためか、図書室の扉の隙間から、蝋燭の灯りが薄らと見える。

 図書室の扉の前にきた俺は、この前のように音を立てないように扉の隙間から図書室へと入った。

 そこにはやはり、小さな少女……穂波の姿があった。


 蝋燭がついているからか、この前よりも濃くなった闇の中に紛れ、穂波を見つめる。

 少しして、穂波がふと顔を上げ、そのままとまったと思ったら、こちらを向いて言葉を発した。


「……今日は、なんのご用ですか?……亮なら、今日はここにはいないですけど」


 そういう穂波に、俺は一度、瞼を強く閉じてから、再び開けて、穂波の元まで歩いた。

 こちらを見る穂波の表情は、いつもの通り、まったく変わらない無表情だった。


「今日は、お前に用事があってきた」

「……この本部の総部隊長が、非戦闘要員の私に、なんのようですか?」



「亮を、殺した」



 瞬間、図書室内が、まるで極寒の地になったかのような空気が、場を包んだ。

 無表情で俺を見つめる穂波は、まったく表情を動かさないものの、瞳の奥に憤怒の色を浮かべている。


「……何を言っているんですか?……亮は、死んでなんかいません。……縁起の悪いこと、言わないでください」

「……亮の、ミサンガだ」


 次の瞬間、目の前に刃が迫っていた。

 小さく呻きながらも、俺はなんとか首を逸らして迫ってきたナイフを避ける。

 避けられたと瞬時に判断したのか、物凄い速さで繰り出されたナイフを、今度は上手く服に隠していた短刀で受け止める。

 その短刀を見て、穂波は目を見開いた。


「……なんで。……あなたは、部屋に短刀を置いていったはず。……なのにどうして……」

「……なんでお前が、そんなことを知っているんだ?」

「……っ!!」


 しまったというように口をつぐむ穂波に、追撃をかける。


「どうして、亮のミサンガを持ってきただけで、ナイフを俺に向けた。ちぎれてもいない亮のミサンガを、持ってきただけなのに。……お前は、ずっと見てたんだろ?俺が短刀を……いや、短刀の偽物を置いたことも。亮が、俺と話をしたあと、姿を消したことを」

「…………」

「沈黙は肯定と見なすぞ」


 そういうと、穂波はため息をついて、ナイフを下ろした。

 雲の隙間から、僅かに差し込み始めた月明かりが差す窓に近寄りながら、穂波はこちらを向かずに、呟いた。


「……そう、全部しっていた。……じゃあ、どう見ていたのかも、わかる?」

「……夜番や警備を出し抜いて図書室へ侵入できる力があるのに、戦闘では役に立たない。そして、さっきの攻撃から、お前は暗殺、あるいはそれに似たような能力だと思った。だから、それを利用して監視を……と、いいたいところだが……。……自信はないが、お前、協力者がいるんじゃないか?それも、友達と呼べないような……例えば、“影”とか」


 そう言い切ると、穂波はこちらへと振り向いた。

 その顔は、やはりなんの感情も表していなかったけれど、唯一瞳だけは、感心したような色を浮かべていた。


「……ご名答」


 そういって、右手で指をパチンと鳴らすと、背格好がまったく同じであり、真っ黒で左足首に灰色の宝石をつけたシャドーが、現れた。

 突如現れたそのシャドーは、棒立ちのまま、こちらをじっと見つめていた。


「……あなたたちが、厄介なシャドーと呼んでいる、私の“影”から生まれた存在」

「本体とシャドーが揃ったところは見たことはなかったが……確かに、影だな」

「……当たり前。…………ところで、なんで亮を殺したって言ったの?……亮に、教えてもらっていたのでしょ?」


 俺としては、シャドーを従えているということについて聞きたいが、穂波とシャドーの目が、答えるまでこちらも答えないという風に訴えてくる。

 俺はちいさく息をつきながら、答えた。


「確信が欲しかったからだ。亮の言葉は少し遠まわしだったし、お前だと上手くはぐらかされる可能性があったからな。追い詰める材料として、亮に頼んで隠れてもらって亮の生死を不明にしたりした。亮も、お前を殺すように頼んだのはこっちだからと言って、快く引き受けてくれたからな」

「……亮が、私を殺すように言った?」

「ああ」


 穂波の問いかけに肯定すると、穂波は初めて、嬉しそうに笑った。

 嬉しさを噛み締めるように、穂波はちいさく言った。


「……やっぱり、わかっててくれたんだ。……理解、してくれたんだ。……私が、死ななきゃって思ってることも、それでも、ようやく得た友情を無くしたくなくて、切り離せないことも。……亮も、同じように思ってくれてたんだ」


 嬉しそうに笑う穂波は、やっぱり、亮と同じように、恋をしているように見えた。

 穂波を見つめながら、気になった言葉を俺は問いかけた。


「亮がお前の正体を知ってるって、気づいてたのか?」

「……亮は、ああみえて結構聡い子だから。……それに、亮は私と同じだから、同じような経験をしてきたからか、私を理解してくれる。……だからきっと亮は、私と同じように、“友情”の停滞を望んでいると思ってた」

「……友情の停滞?」


 俺がそう言うと、図書室の隅から、椅子を二脚引っ張り出してきた。

 その一つに自身が座り、もう一つを俺に勧め、シャドーは穂波の隣に立ったままになった。

 俺たち二人が座ると、シャドーが蝋燭の火を吹き消した。


 窓から差し込む月明かりだけになった図書室で、俺たち2人は、月に照らされながら向かい合った。

 そして、穂波が小さく息を吸って、吐いた。



「……冥土に行く死人の最後の思い出話だと思って、付き合って」



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