21.アンドロメダ座λ星
3月14日【ラムダ・アンドロメダェ】(アンドロメダ座λ星)
斬新で独特な第六感
いつも自分で整備をしているからか、普段はまったく来ない整備課へと、俺は訪れた。
真剣に刃物や銃と向き合う整備課の面々の邪魔をしないように、静かに通路を通りながら、ある一人の整備班の元へと向かっていた。
その整備班は、上手く集中ができていないようで、他の者とは違い、近くに来た俺にすぐさま気がついた。
「あっ……北馬さん……」
そういった彼は、整備していた手を止め、それらを机の上に丁寧においてから、隅っこから椅子を取り出した。
亮に勧められるままに座った俺は、亮の喋り方に違和感を感じた。
「……今日は、噛まないんだな」
「これは仕事だって思うと、他の皆の邪魔をしちゃいけないって気持ちからなのか、あんまり取り乱すことがないんです。仕事以外はダメダメなんですけどね……」
そういった亮は、明らかに気落ちしていた。
そんな亮の姿に、呆れながら苦笑を返す。
「……お前が陰気臭くって、こっちまで釣られると、苦情が来ていた」
「えっ、そうなんですか……?迷惑かけちゃったな……」
そういって落ち込んだ顔をした亮は、迷惑をかけちゃったといいながらも、今の心を整理しきれないらしい。
そうしていると、いつの間にか亮の瞳から、雫がこぼれていた。
「あれ?……あれ?」
「……ここじゃ迷惑だ。場所を変えるぞ」
未だに理由もなく泣き続ける亮の腕を握って、俺は誰もいない廊下へとたどり着いた。
ここなら整備班のやつらにも整備課全体にも迷惑はかからないから、大丈夫だ。
しいて言うなら、俺が少し面倒ってだけか。
そう考えていると、ポツリと、亮が呟いた。
「僕が代わりに死ねばよかったのに」
物騒なことを呟く亮の口元を、手で覆う。
吃驚している亮に対して、僅かに目を細めて言う。
「そんなこと、ここで言うんじゃない。……それに、お前には帰りを待っててくれる、大切な友達がいるんだろ?」
「……うん」
そういって頷いた亮は、俯いたあと、袖口で零れる雫を拭いさり、こちらを真剣な、でもどこか、憂いを含んだ視線で見つめた。
「……僕、小さい頃から背が低くて、遺伝だってわかってるんですけど、皆が伸びる中僕だけまったく伸びなくて……皆からしてみれば、悪ふざけの一種だったんだろうけれど、僕は、とても辛かったんです」
「…………」
「こんな性格だから、友達もろくにできなくて……僕は、世界が変わったことに感謝してる、一人なんです」
ここにいたければ、言ってはいけない一言。
それでも、亮の心が少しでも軽くなればと思って、俺は、聞いて、忘れることにした。
「でも、僕の能力は、壊れたものを新しくすること。……当時、何も知らなかった僕は、銃も剣も理解していなかった僕は、新しくすることすらできなかった。……僕は、整備班の中で、落ちこぼれの役立たずと言われました」
「お前の能力は、役立っている。落ちこぼれじゃない」
「あはは。あの子も、そう言ってくれました。……でも、偶然立ち寄った図書室で出会った咲良ちゃんは、違った。僕を落ちこぼれで、役立たずだと評価した上で、僕に、道を示してくれたんです。役に立たないけど、私の能力なんかよりは必ず役に立つその能力を、私が開花させてあげるって」
嬉しさに満ち溢れる瞳。
まるで恋でもしているかのようなその瞳は、けれど、朔のときに見た瞳とは、なんとなく違うような気がした。
「嬉しかった。こんな僕を、救ってくれて。慰めてくれて。……咲良ちゃんが友達になってくれてなかったら、今頃僕は、自殺でもしてたかもしれない。それくらい、僕は弱虫なんです」
小さく、亮が息を吸った。
「嫉妬、して欲しかったんです」
唐突のその言葉に、俺は目を丸くした。
突然、亮らしくない言葉が出てきて、俺は思わず、何かを言おうとした言葉を、つぐんでしまった。
「弱虫な僕は、咲良ちゃんが本当に僕を友達と思ってくれているのか、不安だったんです。……だから、彼女と仲良くなった。唯一僕と普通に接してくれた、背の低い、僕と似た、けれど何もかも違う彼女と」
背が低く、けれど、活発そうなあの少女に、憧れるのだったらわかる。
全然違う少女に、嫉妬したのなら、まだ、わかる。
けれど、穂波を嫉妬させたい……というのは、なんだか、亮の言っていた“友達”という感情から、かけはなれているような気がした。
「……僕は、一瞬でも彼女の死を喜んだんだっ!!咲良ちゃんが笑ったのを見て、僕は、嬉しくなったんだ。……僕は、最低なんです。僕が、代わりに死ねばよかったのに。……願わくば、咲良ちゃんの代わりに、死ねればいいのに……」
その一言に、俺は目を鋭くさせた。
亮は、穂波の裏も、全て知っていて、それでも友達である彼女と共にいたいが為に、瞼を閉じ、あまつさえ、自身の独占欲の為に、人を死なせたのだろう。
……だが、それを感じているのは、穂波も同じなのだろうが。
「……お前達のそれは、本当に友情なのか?」
「友情ですよ。歪んでいますけど。……自分でも、わかってます。こんなことをするのは、間違ってるんだって。……でも、もう、遅いんですよ。僕は、間違いを犯してしまった。……きっと、咲良ちゃんも同じ気持ちだ。だから……」
急に頭を下げた亮。
亮の頭を見つめながら、聞こえてくる声に耳を傾ける。
「お願いします。咲良ちゃんを、切り離してください。……友情に依存しあっている僕等は、もう、誰かに切り離されないと、終われない。僕が先でもいい。でも、咲良ちゃんは許さないと思うから……。……僕が頼んだって言えば、きっと、咲良ちゃんも、頷いてくれます。……もう、あなたしか頼めないと思うんです」
……こいつは、俺のお人好しという評判を信じ、俺をここにおびき寄せたのか。
あの時の真っ青な顔も、いつもの臆病な性格も、全部こいつだが、全てを含めて俺をここにこさせたってんなら、こいつは、とんだ食わせ物だ。
……というか、どこの世界に、寄生虫同士の切り離しを上の立場のやつに頼むのがいるのか。
そんな風に考えながら、俺は小さく、その頼みをうけた。
キラキラした瞳でこちらを見る亮に、なんだか呆れながらも、俺はその場から離れた。




