20.ほ座κ星
8月11日【マルカブ】(ほ座κ星)
友情とナイーブな感性
「そういや、知ってるか?」
「……もしかして、真夜中に誰もいない図書室に行くと、本を捲る音がするって話か?」
「ああ。それを見に行ったやつがいたんだけど……その本を捲っていたのは、子供の幽霊らしい。きっと、影に殺された子供だろうよ」
「マジか……おっそろしいな……」
風呂から上がり、本部内にある自室へと向かっていると、通りがかりにそんな声が聞こえてきた。
戦闘要員やそれの補助要員以外は、本部ではなく本部の地下にある居住施設にいるため、非戦闘要員の子供や女性などはそこにいるはずだ。
夜は警備の監視もキツくなるため、その目を掻い潜って本部の図書室に来るのは、非常に難しいはず。
俺は、自室に戻ると、警備と夜番の者以外が寝静まった真夜中に、今まで訪れたことのなかった図書室へと向かった。
両開きの扉は、僅かに開いており、その隙間から本のページを捲る音がした。
中から光が漏れていないところを見ると、あの分厚い雲の僅かな隙間から差し込む月明かりだけで本を読んでいるのだろう。
物好きなやつだなと思いながら、音を立てないように扉を開け、中へと入る。
そして、本棚の影から、紙の音がする方へと目を向けた。
そこにいたのは、2人の背の低い少年と少女だった。
月明かりが差し込む窓際で、本からまったく目を逸らさない少女。
その背中にもたれかかり、本の間に指を挟んだまま寝ている少年。
その少年の膝には、毛布がかかっている。
ふと、少女が何かに気がついたように顔を上げ、そのまま数秒間停止した。
どうしたのだろうかと見ていると、少女が呟いた。
「……誰」
抑揚のないその声に、俺は、迷い込んだ子供ではないと判断した。
そして、物陰から少女の前へと姿を現した。
「こんな時間に何をやってるんだ。夜番と警備以外は就寝時間だぞ」
「……部隊長こそ、こんな時間まで起きて、何やってるんですか」
言い返された言葉に、この少女はどこの所属だと見ながら、応える。
「明かりもつけないでいるから、お前のことを幽霊じゃないかという噂が流ている。せめて、明かりはつけろ」
「……消耗品は使えません。……明かりをつける為の燃料を多大に消耗してしまい、非戦闘要員の私では支給要請しても重大なことでないと支給されないため、使用できません」
非戦闘要員というその言葉に、俺は驚いた。
月明かりがあったとしても、雲があるためろくに見えないだろうに、それが見えるだけの視力強化系の能力があると予測され、戦闘系の能力でなくてもこの冷静な言葉使いを持つ奴が、非戦闘要員というのは、些か信じられない。
それに、警備と夜番の監視をくぐり抜けてここまで来るのは、難しいはず。
「非戦闘要員なのに、どうやってここまで来たんだ」
「……後ろの整備班に入れてもらいました」
そういう少女の視線の先は、本を持ったまま寝る、少年。
よくよく見てみると、それは、この前出会った亮だった。
非戦闘要員をここに入れるような度胸があるとは思えないけれど……この少女が言い負かして勢いに乗せられた可能性はあるな。
とりあえず、亮のところまで行って、肩を揺さぶる。
途中から変な声をあげ始めたところで揺さぶるのをやめ、目を回す亮に声をかける。
「おはよう。……夜だから、おそようだな。で、お前は何をやってるんだ」
「ふぇ……?えっと……咲良ちゃんのところに来て、銃とか剣とか直せるようになるために、本とか読んで学んでて……あれ、なんで北馬さんが…………っ!?はぇ、えっと、あのののの……!!!すい、すいま、ごめんな、へと……!!」
寝ぼけ眼で俺の質問に答えていた亮は、途中で眠気が完全に覚めたのか、俺を見て顔を真っ青にさせながら、驚く程震えている。
チラリと見た少女の無表情の中に、ほんのわずかに怒りがあるように見えて、それに苦笑しながら、亮の頭を撫でた。
瞬間、亮の震えが止まり、唖然とした顔でこちらを見ていた。
「別に、勉強してたのを怒ってるわけじゃない。ただ、さすがにこの時間までここにいて、ここで寝るのはどうかと思うぞ。あと、非戦闘要員をここに入れるのも」
「え、非戦闘要員を入れた覚えは…………あっ!!咲良ちゃん!?もしかして、面倒だからって僕に押し付けたでしょ!咲良ちゃんが自分で勝手に入ったくせに」
「……なんのことやら」
俺に問われて、ポカンとした顔をした亮は、急に少女を責め立て、少女はその言葉をなかったことにしようと、すっとぼけている。
……非戦闘要員なのに、ここに入れる……じゃあ、なんの能力なんだ?
考え始めた俺に、亮の言葉を受け流しながら、少女が俺に告げる。
「……何故ここに私がいるのか考えているみたいですけど、私もよくわかりません。……ただ、あなたたちの役に立たないことは確かです。……義務教育は終了しているため、一度どんな能力があるか模擬戦など様々なことをしましたが、私の能力を解明するには至らず、役に立たないため、非戦闘要員となっています」
冷静な口調でそういった少女は、再び月明かりで本を読み始めた。
一通り文句を言い終わったのか、満足そうな顔で頷いた亮は、俺を再び見て、また慌て始めた。
そろそろ慣れないかな……と思っていると、亮が喋り始めた。
「えと、あの、そういえば、咲良ちゃん……こにょ、この子の紹介、してってて、して、ないですよね!!えっと、この子は……」
「……自分で言うから亮は言わなくていい。……私の名前は穂波 咲良。……役立たずの非戦闘要員で、不器用すぎて家の手伝いもできないため、私欲と邪魔にならないためにこの場所に入り浸っています」
「俺はC区画総部隊長の北馬 誠だ。一応……」
「……知っています。……C区画総部隊長で、身体強化の能力を持ち、その能力と射撃、剣の腕前を駆使し、本部のエースと呼ばれている方ですよね。……この本部の司令官と親友兼幼馴染であり、共にこの対策本部を創設した仲間。……性格は冷静だが、ぶっきらぼうに見えて優しく、困っている人を見捨てられないお人好しだと聞いています」
思わぬ情報に目を丸くする。
性格とか、そういうのは周りが言っているだろうから知っているだろうけど、俺としゅんがここを創設したってのは、俺としゅん以外は知らないはずだ。
俺らのような子供が作ったって、鼻で笑われるだけだと思い、他の大人達が作り上げたということにしているのだから。
思わず睨みつけてしまう俺と、まったく揺れない瞳で俺を見つめる穂波。
その微妙な空気を悟ったのか、亮が口を挟んだ。
「しょ、そういえばっ!!この前、B区画にいきゅ、行きましたよね!!その、の、の、そのとき、僕の知り……知り合いも、えと、覚えてますか?前にびょ、僕がきた……部隊長さんの銃を直したときにとな、り、に、いた女の子でひゅっ!……あのあの、あの子も行ったんですけど、最近すぎゃった、姿を見かけなくて……」
「北馬でいい。……ああ。あいつか。あいつは確か……」
噛んだりしながらも、どんどん青ざめたような顔になっていく亮。
緊張なのか、それとも俺の影響なのか。
それはわからないが、嘘よりも真実が知りたいであろうこいつの為に、俺は、現実を告げる。
「……殉職した」
その一言で、亮は、青ざめた顔で俯き、そのまま立ち去っていった。
だが、あいつが自身の能力を使って小鳥遊を凍らせてくれたおかげで、小鳥遊を倒すことができた……といっても、今の亮にはなんの慰めにもならないだろう。
ふと、穂波を見た。
無表情だというのに、なんだか、笑っていたような気がした。




