13.しし座μ星
8月19日【ラサラス】(しし座μ星)
夢と恋と成功と失敗
生まれた時から、僕の足は動かなかった。
それと同時に、体が弱く、家のベージュ色の壁よりも、病院の白色の壁のほうが、僕には見慣れていたくらいだ。
体が良くないし、足も動かすことはできないから、他の子のように外に出ることはできなかった。
そんな僕は、ある日隣のベッドに足を骨折して入院してきた女の子と話をするのを、毎日の楽しみにしていた。
動けない苦痛を彼女はわかってくれるし、元気なほかの子を見ているうちに歪んでしまった僕の言葉にも、丁寧に接してくれた。
西洋の人形のように可愛らしく、性格も、まさしく女の子といった彼女に、僕はどんどん惹かれていった。
彼女は、退院するときに、僕に灰色のチョーカーを友達の証だといって、僕にくれた。
嬉しかったけど、彼女は僕のことを、友達としか思っていないんだと知らしめられた気がして、なんだか虚しくなった。
けれど、退院したあとも彼女は、定期的に僕のところへと訪れてくれた。
……その日は、彼女の学校のテスト週間が終わり、一週間ぶりに彼女が来てくれていた。
彼女に車椅子を押してもらって移動していて、彼女がお手洗いのために僕から離れたときだった。
僕は、誰かに車椅子を押されて、階段を転げ落ちた。
病院の中庭へと転げ落ち、僕は始めて、室内からではない青空をみあげた。
背中に土の感触を感じながら、僕の意識は段々と遠ざかっていった。
ぼんやりした意識の中で、彼女の悲鳴が聞こえた。
「ねぇ、元気な人たちが、憎くはない?」
真っ暗な意識の中で、幼い子供のような声が、脳内に響いた。
けれど、その声に応える前に、意識は水面に上がるように浮いていった。
目を開けると、泣きそうな顔をした彼女と、僕の担当医、そして、見知らぬ親子。
聞くところによると、彼女のことが好きだったのだが、告白しても断られ、何故かと探ってみたところ、彼女と仲良くしゃべる僕を見つけた。
そして嫉妬で目の前が真っ白になり、いつの間にか僕を階段から落としていたらしい。
意味がわからないうえに、馬鹿だと思った。
でも、彼女を泣かせたのは、許せないと思った。
もう彼女と僕に関わるなと言って無理やり帰らせたあと彼女の方を見ると、泣く姿を見られたくないのか、ごめんなさいと言われてそのままどこかへ行ってしまった。
少しして戻ってきた彼女は、赤い目をしているもののいつもの笑顔で……あの時彼女を追いかける足がない自分が、憎かった。
その日、再び少年がやってきた。
無邪気な声で少年は、再び僕に問いかけた。
「ねぇ、元気な人たちが、憎くはない?」
そう問いかけるそいつに、僕は首を横に振り、「彼女を泣かせるこの世界と、彼女を元気にさせられない自分が憎い」と答えた。
その言葉に、そいつは満面の笑みを浮かべた。
「そうなんだ!僕、今この世界に復讐しようと思って、“影”の提供者を求めてるんだ!よければ、君も、貸してくれない?」
「代わりに、足をあげる」と告げたそいつの言葉に、僕は、彼女を泣かせるこの世界に、復讐できるならと頷いた。
そうすると、無邪気な笑顔で、そいつはお礼を言って去っていった。
それから数日後、開けた窓からあの時の少年の声が聞こえてきた。
不思議そうな顔をする彼女に、僕は、反射的に彼女を抱えてベッドの下へと転げ落ちた。
それと同時に、周りから聞こえる悲鳴と絶叫。
収まった悲鳴に顔を上げると、病院内は地獄絵図だった。
閉まっていた扉は乱暴に開け放たれ、白い壁は真っ赤で、彼女が楽しそうに話していた同じ部屋の人は、目を見開いて死んでいた。
顔を青くさせて口元に手をあて、気分が悪そうなのにそれでもこの光景から目が離せない彼女の目を、僕の両手で見えないように覆ってから、僕もこの現実から目をそらすために、目を閉じた。
彼女が動けるくらいになり、僕が植物を操れる能力持ちだというのに気がついたのは、物音に怯えながら病院で過ごして、数日がたっていた。
足が動かない僕は、植物に乗って移動するしかなかった。
けれど、植物に乗っていると、シャドーの本体だと言われて人々に攻撃される。
だから僕らは、バレないように、能力を持った木を中心にゆっくり拡大している森林公園へと隠れ住むことにした。
巨大な木は、自身の養分にするために人を取り込むけれど、僕のほうが能力は上だったから、僕等を食べないようにすることは簡単だった。
彼女は弓を操る能力だと言っていたから、彼女と一緒に、森の中の獣を狩ったりして、暮らしていた。
それが、2年半以上も続いた。
でも、そんな生活も、終わりを告げた。
僕が病気にかかり、能力が弱まった時に木の方に主導権を握られてしまい、木の核の一部として囚われてしまった。
どんどん、僕の中から力が抜けていくのがわかった。
僕の意識はゆっくりと朧げになっていき、彼女の姿も見えなくなっていった。
瞬間、世界が反転した。
何が起こったのかとあたりを見回すと、視界がはっきりと見えており、両足で地面にたっており……目の前の幹に、僕がいるのが見えた。
それだけで、全てを察した。
彼女は、僕と入れ替わったのだと。
彼女は、元々僕に自分の体を与えるつもりだったのだといった。
けれど、僕は頷かないだろうから、今まで弓の能力だと言って騙し、時が満ちたら入れ替わろうとしていたと。
……でも、僕と生活するのが楽しくって、手遅れになってしまったと、彼女は泣きそうに笑った。
「私ね、友達と一緒に、あんた風に遊んだり過ごしたりするのが夢だったの。……ありがとう。私の夢を、叶えて、く……れ、て…………」
そうして僕の体に入った彼女は、動かなくなった。
声が枯れて、涙がでなくなるほど泣いた僕は、ふと、思ったんだ。
魂を入れ替える能力を持っている彼女ならば、もしかしたら魂の状態で、この木と一体化しているのかもしれない、と。
馬鹿な考えだとも思ったけれど、魂という存在をこの身で実感し、実際に入れ替わってしまったのだから、簡単に否定もできないと思った。
それと同時に、それしか縋る道がないのも、しっていた。
彼女の力を吸い取って、ゆっくりだった拡大を急激に早めた巨大な木を、彼女を殺したこの木を、僕は守ることにした。
***
語り終わった彼は、こちらに何かを投げてきた。
それは、俺たちの手首を縛っていた植物でできた縄だった。
「僕を殺したあと、それに火をつけて森に放って。そうすれば、森は燃える」
「……お前は、それでいいのか」
そう問いかけると、彼は後ろを向いて、核となっている自分の体と彼女を見つめる。
木の幹に触れながら、ポツリと、こぼした。
「……死ぬなら、彼女と死にたい。灰になるなら、彼女と灰になりたい。……死ぬときも、死んだあとも、ずっと彼女と、一緒がいい」
そういって振り向いた彼は、笑顔で泣いていた。
その顔は、彼が言っていた彼女の顔だというのに、彼の本当の顔が被って見えた気がした。
「さぁ、僕の首をチョーカーごと斬って。君らに預けるのも嫌だけど、この木に彼女の思い出が取り込まれるのも嫌だから、ここに捨てていきたい」
そういって目を瞑る彼。
それを合図に、俺は短刀を構え、最後の質問をする。
「……お前の、名前は?」
「…………僕の名前は、來野 朔。よろしくは、いらないよね」
「……あんたらの名前、ずっと背負ってってやる」
「じゃあ、僕の夢も、背負ってってよ。……大切な人を、守るっていう夢、僕は失敗しちゃったからさ」
「……ああ」
「じゃあね。お仲間さん」
彼は、笑顔のまま、倒れた。




