12.ぼうえんきょう座ζ星
1月20日【クサイ・テレスコピィ】(ぼうえんきょう座ζ星)
分析と直感
服と焚き火の番の為だけに外され、再び縛られた自分の左手首を見つめる。
両手首に縛らなければ、意味はないというのに、何故龍野はわざとこんなふうに縛ったのだろうか。
そして、龍野が水浴びしていた時に聞いた話の、微かな違和感。
龍野が去るまで、寝るふりをしていたしゅんが、起き上がった。
しゅんは、俺が自身の左手首を見つめているのに気がついて、自身も自分の右手首を見つめた。
「……やっぱり、瞬時にあれだけの悪口を考えて言える頭の回転が速い子が、こんな逃げ出せるように縛ると思う?」
「思わない。それに……服の番をしていたときに、龍野と話した。その時に、何か違和感を感じた」
「それ、俺も焚き火番してる時に考えてた。……あの子、何かがおかしい」
しゅんがそう呟くと、どこからか、ガシガシという小さな音が聞こえた。
……なんだ?この、鉄か何かを噛み、歯が上滑りしているような音。
よく耳を澄ませて聞いてみると……その音の出処は、俺の左手首……縄が縛ってあるところだった。
機械に被さっていた人口の肌を突き破り、機械の腕を噛みちぎろうとしてできていない、縄の生き物のようなもの。
縄は、植物で出来ていた。
「しゅん!この縄は植物だ!あいつ、俺たちを殺すためにこの縄を縛ったんだ!」
「……どうやら、本当に殺すつもりらしいね。たぶん、朝までは生きてるけど、朝になったら死んでるよって意味で、朝に殺すって言ったんだろうね」
そういったしゅんの目を俺たちの後方を見ていた。
どこを見ているんだと振り返った先には……巨大な根を持ち上げ、今まさに俺たちを捕まえようと動き出そうとする巨大な木。
俺は短刀を取り出して縄を切ろうとするが、生きているためなのか、切れない。
「いたっ……」
「……切れない……っ!」
「いいよ。俺の手首が痛くなるだけだし。それよりも今は、この木から逃げないと!」
そういって、ここから逃げ出そうとするしゅんを、繋がっている手を引っ張って留めさせる。
何をしているんだというふうに振り返ったしゅんは、俺の目を見て、僅かに驚いた顔をしたあと、しょうがないなとでも言うように苦笑を返した。
「……わかったよ。その代わり、死ぬんじゃねぇよ?」
「当たり前だ。ばか」
上から俺たちを押しつぶそうと、凄い勢いで降ってきた木の根を、半歩後ろに下がって避ける。
目の前で地面に落ちる根を見つめる前に、しゅんとテンポを合わせて木の根に乗り上がる。
木の根が再び動き始める前に、俺たちは息を揃えて走りだした。
木の根が俺たちを潰そうと、囚えようと襲いかかってくるのを間一髪で避けながら、それ以外の鋭い木の葉なんかは避けずに、俺たちはこの木の核である少年のところへと走っていった。
乗っている木の根が俺たちを振り落とそうと上下するのに合わせて、俺たちは跳び、しゅんが走っている最中に出したナイフで、跳んだところの木の幹……少年が埋まっているところの少し上に、ナイフを刺し、ぶら下がった状態になった。
真横に少年が見える位置にきた俺は、切り傷だらけで血が大量に出ている腕を動かし、持っていた短刀で少年の首を落とそうとした。
「やめてっ!!!」
その声と共に、巨大な木は動きを止め、ゆっくりと元の位置に戻っていく。
ずっと俺の腕でガシガシと鳴っていた音も無くなり、ただの縄に戻った。
少年の首に短刀を添える俺は、大きな葉っぱの植物がこちらへ来ても、短刀を首から離そうとしなかった。
「……そいつに殺傷能力はないから、安心して。ただ、君たちを下ろすためだけの子だから」
そういう龍野に、俺は短刀を離した。
それと同時に、しゅんも木の幹に刺していたナイフを抜き、二人してドサリという音を立てて葉っぱの上に落ちた。
手首に縛られていた縄を短刀で切ると、俺の腕は機械だったためか傷一つないが、しゅんの手首には齧られた痕があり、そこからの出血が一番激しい。
腰につけていたバッグから包帯取り出し、気休めとして包帯を巻いておく。
正しい手当の仕方を知らない俺としては、これぐらいしかできない。
そうこうしているうちに地面についたのか、葉っぱがゆっくりと俺たちを下ろしてから、森の奥へと引っ込んでいった。
「……まさか、あんな強硬手段に出ると思わなかった。これで殺せると思ってたのに」
「今までの人たちも、俺たちみたいに殺してきたの?」
「ううん。今回は始めて。今までは、罠に引っかかった人たちを網に入れたまま持ってきた、木の根のところに投げてただけ。そうすれば、いつの間にか消えてて、木の根が少し赤くなってるから」
そう話す龍野に、俺は今まで引っかかっていた疑問の答えを、問いかけた。
「お前、シャドーの本体だろ?」
その言葉に、龍野は一瞬息を呑んだような気がした。
けれど、何事もなかったかのように、再び俺に言った。
「……そうだよ。さっきの植物を操っていたのは私だもの。それくらいわかるよね」
「違う。そういうことじゃない」
「お前は、あそこの幹に埋まっている少年……シャドーの本体の、中身だろう」
それを聞いた龍野は、今度こそ本当に息を呑み黙り込んだ。
それをいいことに、俺の考えていたこと、俺の引っかかった疑問を、つきつけていく。
「たびたび出てくる“僕”という一人称。あの人という表現が正しいはずの水浴び場で聞いた、“この人”という言葉。3年前からここにいたのに、転んだあとの“慣れない”という言葉」
「それくらいで決め付けるなんて、君も結構馬鹿だね?そんなの、ただの憶測じゃないか」
「ああ。そうかもしれない。……だけど、頭の良いあんたが、この木にあの少年の魂……いや、あんたの体の本当の持ち主が生きている可能性があるのかもと、確証もないのに思うはずがない。……その少女は、魂か何かに関係する能力を持っていたんじゃないか?そう、例えば、魂の入れ替えとか」
そこまでいうと、龍野は再び黙り込み、俯いた。
黙った龍野は、小さな声で、答えた。
「……負け、だよ。正解。全部正解。“私”が元々“僕”で、この中にいた彼女が、僕と彼女の魂を入れ替えた。……あそこの幹に捕まった、僕を助けるために」
そして、ひと呼吸おいてから、龍野……いや、彼は語りだした。




