11.みずへび座δ星
4月28日【デルタ・ヒドゥリー】(みずへび座δ星)
恋愛に臆病な慎重さ
「ついたよ」
龍野の言葉に、俯きながら歩いていた足を止め、顔をあげる。
そこには、ここの3人の両腕を合わせても足りないくらいに巨大な、まるでフィクションの世界にありそうな木があった。
巨大なそれを見上げると、枝を四方八方に伸ばし、大きな手のひらのような葉を揺らしていた。
そして幹には、少年が埋まっていた。
まるでこの巨大な木の核のように埋まっている少年は、体の半分が埋まっており、取り出すことは不可能だった。
病気かと言える程に肌は青白く、腕や首は本当に折れないのが不思議なくらいに細かった。
前にいた龍野は、呟いた。
「……これが、君たちが探していたもの。……シャドーの本体だよ」
龍野の背中からは、なんだか哀しみが漂っていた。
けれど、龍野はこれがシャドーの本体だというけれど、本当にそうなのだろうか。
だって、あれは、完全に死んでいる。
高い位置にあるためか、近くで見れないから確実とは言えないが、取り込まれていない上半身は動かず、微動だにしない。
廃人状態で、途中から正気を取り戻したものの、その前は本当に廃人だった籠目ですら、下からみあげたときに呼吸にために胸が上下していたが、それすらない。
そう思いながら観察していると、龍野が声を発した。
「死んでる……って、言いたいんでしょ?」
その言葉に、俺としゅんは顔を見合わせ、黙り込む。
いいながら振り向いた龍野の顔が、悲しそうだったからだ。
俺らのその反応に、龍野は馬鹿にしたように笑おうとして……失敗し、泣きそうな顔で苦笑した。
「別に気なんか遣わなくていいよ。気持ち悪い。……3年前、シャドーの本体だってバレないように、この森に住み着いた。身動きが取れないこの人のために、私はたびたび外に出て、食料をとってきてた。それが結構続いて……油断してたんだろうね」
そう言いながら、龍野は言葉を区切り、木に近づいた。
優しくその幹を撫で……最後に、爪を強く立ててから、龍野は再び話し始めた。
「私は、この幹の核にされた。養分が足りなくなったのかしらないけど、近くにいた私を捕まえて、今のこの人のように閉じ込めた。でも……この人が、能力を使って救ってくれた。……代わりに、この幹の核になって……」
ギリギリと立てた爪は、血が出ているのか徐々に赤く染まっていく。
悲しそうに話す龍野に、俺たちは口を挟むことができなかった。
「救おうとした……でも、結局は、どんどん衰弱していくこの人を、見ることしかできなかった……っ!……でも、この人の能力は植物を操る能力。もしかしたら、この人は、この木と一緒になって生きているのかもしれない。そう考えたら……いつ自分も養分として、ここに迷い込み、養分となってしまった人たちと一緒になるかわからないこの危険な場所から、離れることは、できなくなった」
言い切った龍野は、腕で雫を拭い取ってから、俺たちの方を振り向いた。
その表情には、悲しい感情なんてなくなっていた。
「……つまんない話だったろうけど、冥土の土産にとっておいてよ。明日、君らにはこの木の養分になってもらうから」
そういってこちらに歩いてきた龍野は……盛大に転んだ。
突然のことに唖然と見やる俺らは、下から怖いほど睨んでくる龍野の眼光に、視線を逸らした。
「……今のは、忘れてよね。……慣れないなぁ……!」
そう言ってから、龍野はどこかへと去っていった。
***
背後から聞こえてくる滝の音。
なんで元森林公園にこんな場所があるのかというのは、どうでもいい。
……なんで俺、背後で龍野が水浴びしている中、服の番なんかしてるんだ……?
「いやー……一人でもいると、役にたつもんだね。今まで、服を頭に乗せたまんま入んなきゃいけなかったから、思う存分浴びれなかったし」
あー気持ちいいという龍野の声と滝の音をBGMに、俺は脳内で般若心経を唱えていた。
そんなことをしながら背後に目を向けないように辺りを見回すと、たたまれた服の上に灰色のチョーカーが見えた。
昼間もつけていたが、女子がつけるにしては地味なチョーカーだなと思いながら眺めていると、背後から声がかかった。
「あ、そこのチョーカー、触っちゃダメだからね!!」
「……なんでだ?」
「大事なものなの!!」
そういってから、一言も発さなくなった龍野は、やがて、ポツリと言葉をもらした。
「……貰ったんだ。出会った時に」
あの時話していた感じと、今の様子からするに、あの幹に囚われていた彼のことだろうか。
そう思いながら、龍野の言葉の続きを待つ。
「……僕さ、この人が好きだった。でも、結局言い出せなかったんだ。君らに散々なこと言ってるけど、結局僕も、臆病なんだよ。自分は死にたくない。でも、殺したくないから、養分になってもらうんだ。生かすための。……好きな人には、生きていてほしいから。例えそれが、蜘蛛の糸のように、細くても」
そう言ったあと、バシャバシャと水をかけるような音がした。
そうしてから、さっきのつぶやくような声はなんだったんだと思うくらいの元気な声が聞こえてきた。
「あー……!!ダメだな!今まで彼としか話してこなかったから、他の人と話すってなると、変な感じになっちゃう。さっきの話は、別に気にしなくていいから!さ、お仲間さんのところに戻って戻って!今から私、着替えるんだから」
その声に押され、俺は焚き火番をしているしゅんのところへと向かった。
微かな疑問を、頭の片隅に残したまま。




