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闇はなお色濃く

 

「ええ、ですからその件につきましては我々の関与はありませんので……はい、ご理解頂き感謝です――大臣」

 ぴっ、と音を立ててプリペイド携帯の通話を切ったのはWG九頭龍支部長である小宮和生こみや かずお


 WGは今や世界各国に支部を持ち、その構成員は一説によると十万人とも、非正規メンバーも含めると百万人ともされる巨大な組織となっていた。

 わずか数年足らずでここまで急拡大したのは、世界中で”マイノリティー”の覚醒が頻発し始めた事と、それに伴う”イレギュラー”の暴走による事件の多発化の対策が求められた事による。その結論は、


 ――マイノリティの始末はマイノリティに任せればいい。


 というシンプルな物だった。

 程度の差こそあれ、超常的な力を持つ彼らを一般人が止めるのは極めて困難で、日本でも表沙汰にこそなってはいないが、数年前には一人のマイノリティ犯罪者を止めようと警察はSATや機動隊等を集結させたが、結果は二百人近い死傷者を出すという惨事となった。

 他の国々でも同様の事態に陥り、それでようやくWGにこの手の事件の対処を任せるようになった。

 いつの時代も新参者は白い目で見られるもので、マイノリティ関係の事件が発生しても警察は非協力的だった。彼らからすれば、数年前の隠蔽された惨事等を知る由も無く、何処の馬の骨かも知れない得体の知れない連中に事件の情報を提供しなくてはいけないのだ。それも無理からぬ事だろう。

「やれやれ」

 小宮は今、使ったプリペイド携帯を公園のゴミ箱に投げ入れた。

 彼が九頭龍支部に配属されたのは二年前。前任者で今は菅原日本支部長の後任として任務に着いた。

 菅原は元々警察官でもあったから、マイノリティ関連の事件も捜査状況はスムーズに入手出来たそうだ。だが、元々は単なる一企業の営業マンでしかなかった小宮には、そんな伝手つて等無い。

 その代わり、仕事柄から、各地の有力者とのパイプは持っていたから着任以来、何とかやってこれた。

(マイノリティだのイレギュラーだのと言ってもな)

 彼自身のイレギュラーは”接続アダプト”。認識した相手に自分の情報を任意で送るというモノで、情報の共有には便利ではあったが、パソコンでも代用可能ではあった。

 国の戦略特区である九頭龍は日本のみならず世界中から様々な人々が流れる様に訪れる。

 彼らはここにお金を落としに観光をし、お金を稼ぐ為に職を求め、そして犯罪を実行しようとする。

 そうした観点からここは他所の支部に比べて、予算も多く与えられ、構成員も多い。しかし、それでも彼は限界を感じていた。

 敵であるWDもまたここでは深く根を張っていた。

 国の上層部にも繋がりを持ち、合法的に警備会社としてここに拠点を置いた彼ら。急増する外国人犯罪対策として彼らは武装を認められ、簡易的ではあるが、逮捕権まで持ち合わせている。

 世間的には彼らは警察官と同様であり、その排除は現状困難。

 その図式を書いたのが、WD九頭龍支部長こと九条羽鳥。

 彼女は実際の所、WDにおける日本支部長も兼任していると聞く。

 それまでは無秩序に犯罪をしていた彼らを九条は制限つきとは云え、手駒にした。そして彼女の持つ人脈は世界中に及ぶ。

 小宮が如何に有能な営業マンでも、世界中の有力者とは繋がれない。ここに来て、政府は九頭龍で様々な政策を実行するが、それにすら彼女の関与があるらしい。到底、及ぶものでは無かった。


 それに九頭龍では近年、WD以外の組織が蠢いているとも報告が入っている。

 その筆頭格は世界中の犯罪者ネットワークとも云える”ギルド”。

 彼らの場合は様々な犯罪組織との繋がりを指摘されていて、謂わば共生しているとも云われている。

(だが、それだけではない。何か他の動きを感じる)

 小宮がタクシーを拾い、車内である資料に目を通す。

 それは、今から会談を行う相手に関する資料。

 WD九頭龍支部長こと九条羽鳥――コードネーム”平和の使者ピースメーカー”。

 彼女の情報は未だに余白だらけ。

 彼女とこうして直に話すという事態になったのはほんの数日前。


 その日、小宮はある菅原から連絡を受けた。

 それは近々、九頭龍を訪れる経済界のトップの護衛の件だった。

 彼らはWGの支援者でもある為に九頭龍滞在中の身辺警護をする事になっていたのだが、ここに来てWDにも同じ話が上がっているという情報が届いたのだ。

 確かに表向きは警備会社である以上、護衛の話が出るのは仕方が無いかも知れない。だが、WGとWDの関係を支援者達は当然知っている。にも関わらず、何故そういう話になっているのか?


 ――宜しければ、少しお茶でも如何でしょうか?


 小宮の元に九条からのメッセンジャーがそう伝言した。

 当然、菅原に報告を入れ、その結果としてこうして会談を行う事になったのだ。

(行き当たりばったりになりそうだな)

 そう思いながら、余白だらけの資料を整理しているとタクシーが停車した。目的地である美術館に着いたらしい。

 そのままタクシーを降り、美術館に入る。

 彼女との会談場所は、美術館内の映像資料室。

 まだ時間は五分前。映像資料室は真っ暗で、入る時は少し緊張したものの、恐る恐る歩いて席に着いた。


「五分前行動ですか、いい習慣ですね」

 いきなり声を掛けられた小宮は思わず振り返った。だが、相手はいない。

「こちらです」

 相手は横に座っていた。小宮は心臓の鼓動が激しくなるのを必死で誤魔化した。全く気配を感じられなかった。

「こ、小宮です」

 そう絞り出す様に言うのが精一杯だった。

「こうしてお会いするのは初めてですね。九条羽鳥です」

 対して九条は落ち着き払った様子で自己紹介をした。

 彼女が指を鳴らすと、映像が流れ始めた。前世紀の都市の発展の様子が白黒映像で流れていく。音はわざと切っているらしく、何も聞こえては来ない。

「では、お話をしましょう」

 九条が切り出すと、一枚の紙を手渡した。

 小宮は、それを眼鏡を取り出して確認する。

 そこには、ハッキリとWDに護衛を依頼する国からの要請が書かれていて、小宮が見た所、間違いなく本物だった。

「これを見せる為だけでしたら、もう帰らせて頂く」

 こんな物を見る為にわざわざ来たのでは無い。そう言わんばかりに席を立とうとした。勿論、これは本心では無い。ポーズではあるが、二人は友達では無い。最低限の距離感は必要だ。

 こうした会談は小宮にとっては戦場と同じだ。荒事を不得手とする彼が曲がりながりにも支部長になれたのはこうした交渉能力を菅原が認めたからというのもある。


「本題に入ります」

 九条もここで話を打ち切るつもりは無い。淡々とした様子でそう言うと、映像が切り替わった。

 今度は、事故現場の写真が映った。

「これは二日前の九頭龍での事故です」

「? 確か、乗っていたのは警察関係者でしたな」

「死因をご存知ですか?」

「確か、心臓発作による運転操作ミスと聞いています」

 小宮は正直困惑した。この事故なら知っている。彼がWDと関係を持っていたのも知っている。その事で密かに調査中の事故だった。

 そういった経緯の為に、口封じでは無いかとも考えられたが、死因に不審な点は無かった。

「では、こちらを」

 今度もまた事故現場の写真が写し出された。

「この事故はご存知ですか?」

 それは、小宮も知らなかった。写真を見る限り、風景に見覚えも無い。黙って席に戻る。

「この事故は昨日、滋賀県で起きたものです。彼は自衛隊関係者で我々の共通の友人でした。彼もまた心臓発作を起こしたそうです」

「偶然では?」

「確かにそうかも知れません。ですが」



 それから九条と小宮はいくつかの質問をしあった。

 互いに手の内をさらす様な返答はしない。

 小宮は九条が想像していた以上に手強い相手だと感じた。

「では、今日は有意義な時間を過ごせました」

 九条はそう言うと、先に退室した。小宮が一人部屋に残される。

(それにしても、だ)

 さっきの事故の件が頭に張り付いていた。九条の言葉を借りるなら、九頭龍設立時にその推進役をした委員会のメンバー二人がわずか二日で同じ死因で死ぬというのは奇妙だ。


 美術館を出るとすぐに”アダプト”を使う。相手は九頭龍支部のネットワーク部門主任。この件の調査と、同様の手口の事件及びに事故の調査を依頼する。

 こうした形での連絡にも最初は驚かれていたが、今ではすっかり慣れたらしく主任は了解、と返事を返した。

 今日の会談は、彼女の言葉ではあったが確かに有意義だった。

 九条は少なくとも、敵ではあるが交渉の余地はある。尤も、それもこちらがそれなりの材料ネタを持っていればだろうが。


 帰りは美術館を通るバスに乗り、駅まで移動する事にした。

 時間はもうすぐ十六時。バスは学校帰りの学生で溢れていた。

 小宮は一人分の席を見つけたので、すいませんと断りを入れてからそこに座る。

 バスが動き出した。車内は学生達の他愛の無い会話で埋め尽くされる。小宮はこうした風景が好きだった。

(世界は変わりつつある。だが変わってはいけないものもある)

 マイノリティは今も世界中で覚醒している。自分の様な大人から、目の前にいる学生。果ては生まれつきのマイノリティまで見つかっている。ひょっとしたら、数年もすればマイノリティやイレギュラーについても隠さなくていい世界が待っているのかも知れない。それはそれで、構わない。

(だが今はまだ駄目だ。全ての人がそれを知るにはまだ早い)

 マイノリティを受け入れるだけの素地が世界にはまだ無い。

 それをどうやって作るのかが、自分達大人の責任なのだろう。


 小宮は不意に気付いた。空気がおかしいことに。

 学生達の会話が聞こえなくなったのだ。視線を下から上へと上げると、彼らは一様に気を失っていた。

 この感覚は間違いない。誰かが”結界フィールド”を張ったに違いない。このままではバスは間違いなく事故を起こす。

 急いで運転席へと走る。すると、彼は何事もなくハンドルを操作していた。

「お前が……!!」

 小宮が腰に下げていた銃を取りだそうとした瞬間だった。

 ズブリ。

 背後から何かが小宮の身体に触れた。

「ば、かな」

 それは手だった。何者かの手が背中から突き出ていた。しかも信じられない事に、痛みを全く感じない。

「彼は単なる一般人です。結界に気付いたのは上出来ですが、関係の無い人にそんな玩具を使ってはいけない」

 その声からは感情らしきものを感じなかった。

 ズブズブ。

 まるで粘土でもこねるかの様な感覚を覚える。痛くはない。だが、強烈な違和感。

「本来は九条羽鳥を殺すはずでしたが、彼女はいなくてね。貴方はついでですが、まぁいいでしょう」

 彼は少し愉快そうに言いながら――グシャリと何かを潰した。

「通常ならほんの少し心臓を止めるだけなのですが……あなたも【同類マイノリティ】ですからね。念入りにしないと」

 彼はそれだけ言うと次の停留所でバスから何事もなく降りた。

「な、なんだこのおっさん」

 そこには何も残ってはいない。血も一滴も飛んでおらず、パッと見では何が起きたのかも分からずにこう判断される。彼は、小宮は突然死したのだろう、と。


「終わりました。後始末をお願いいたします」

 彼はそれだけ電話で伝えるとその場を立ち去る。



「けけけ、じゃあ一丁殺ってやるか」

 向かってくるバスを前に正面に立つのは木島秀助。以前よりも凶悪な面構えになった彼はおもむろに上着を脱ぐと瞬時に”結界”を張った。これで、ここいらの一般人は何が起きても木島を見てはいない。

「ウヒャヒャヒャヒャアアアアアア」

 木島はバスへと一直線に走り出すと、両腕を変異。枝分かれして四本になったそれを左右からバスに突き刺す。運転手の表情が恐怖に染まる。

 バリバリ……!

 口をも変異させ、そのまま窓をぶち破り、そのまま運転手の身体を貫く。

「くへへへへ」

 木島は反転しながらバスの天井に張り付く。そして下にいるであろう学生達にその槍のような腕で突き通し――穴だらけにしていった。

 一回また一回と腕が下に伸びる度に感じるのは肉を貫く甘美なる感触。木島の表情が愉悦に満ちていく。

「おっと、バスから降りなきゃな」

 木島は口を元に戻し、腕も戻すとバスから飛び降りた。

 バスはそのまま勝手に走り、電柱に激突。

 バアアンン。と火花を散らして爆発、炎上していく。

 その様子を満足気に眺めた木島が電話を入れる。


 ほぼ同時刻。WGのネットワーク部門主任である林田由依はやしだ ゆいは気付いた。

 小宮からの要請があった地域である特徴的な事件が起きていた事を。

「すぐに小宮支部長と、菅原支部長に連絡を入れて。

 アイツが――【解体者ブッチャー】が九頭龍に戻ってきてる」



「俺だ、あんたの依頼通りにバスの乗客は皆殺しにしたぜ。少々派手にやり過ぎちまったがな」

 周囲が大騒ぎする中、悠々と歩き去る木島。

 だが彼はまだ知らなかった。この騒ぎの中で、新たなマイノリティが覚醒している事を。


 かくして、その物語は始まる。

 これは世界の裏側で蠢く者達の話。



















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