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フリークその2

 真理は意識を失ったらしく、その場に力無く倒れ伏した。

「見つからないものだなぁ」

 その様子を見て、田仲はガッカリした表情ではあ、と溜め息をつき――顔が潰れたもう一人の自分におい、と話しかける。するとソイツは真理を手早く拘束バンドで手足を縛り始める。

「全く、便利なもんだ」

 田仲がこの異能に目覚めたのは二ヶ月前の事。

 趣味の登山をしていて目にしたのは、殺人現場だった。



 ◆◆◆



 その日田仲は、岐阜県と九頭龍の境目にある山を登っていた。二日かけての気分転換だった。

 ガサガサ。

 突然、森の向こうからウサギやリスが突然飛び出してきた。まるで示し会わせたかの様なその行動に田仲は好奇心をくすぐられ、森の向こうへとその足を向けた。

 時間はもうすぐ夕方、日が落ちるのが大分早くなり、季節は夏から秋へと変わりつつある。ついこの間まではやかましいくらいに一日中聞こえた蝉の鳴き声もすっかり静かになり、その暴力的ですらあった日射しも随分と優しく感じる様になった。


 そんな中、田仲が目にしたのは、まさに”異形”。どう表現するべきか、言うならば”蜘蛛”の様な生き物だった。但し、その大きさは優に成人男性位はあり、その節足も長く、まるで槍の様に鋭利に尖っていて――それは二足歩行で歩いていた。


 バキバキッッッ。

 ソイツは何かを折っているのか、それとも突き刺しているのか、槍の様な二本の前足をしきりに動かしている。

(一体、あれは何なんだ?)

 田仲は、その得体の知れない生物に強い興味を引かれ、食い入る様に見ていた。そしてゆっくりと近付いていく。


 バリバリッッッ。

 不気味な音が聞こえてきた。

 何かが裂ける音、何かが砕ける音。日は沈み、薄暗くなった林はほんの目の前の視界も曖昧。だが、だからといってライトを付ける訳にはいかない。そんな事をしたら即座にあの巨大な蜘蛛に気付かれるだろう。

(に、逃げないといけない)

 頭では理解していても、田仲の研究者としての好奇心は、ほんの数メートル先にいる蜘蛛の化け物に一心に向けられていた。


 それから数分後、田仲は信じられない物を見た。

 あの蜘蛛の化け物がみるみる内に”人間”になっていく。

 槍の様な前足が見る間に手に変わり、他の足は身体に収納されていき、後ろ足はそのまま両足になる。

「あ~~めんどくせぇなぁ」

 蜘蛛だったその男――木島秀助は不満を漏らしつつ近くの木に引っかけた服を取ろうと振り返り、観察者――田仲に気が付いた。

 互いの視線が一致し、即座に動き出す。


「ハァハァ、ハァハァ。あ…………」

 一心不乱に逃げるのは田仲。その頭の中には、ただただあの化け物に対する”恐怖”のみ。さっきまでの好奇心はすっかりぶっ飛んでいた。何故なら、”見た”のは、あの蜘蛛男は――生きた人間を”貪り尽くしていた”のだ。

 あの被害者はまだ、完全に死んではいなかった。辛うじてだが、まだ生きていて、その虚ろな目は田仲を見つめていた。

(嫌だ、嫌だ。あんな化け物に捕まったら……)

 自分が貪られる光景が目に浮かぶ。生きたまま喰われるなんて絶対に嫌だ。その思いが田仲の足を動かしていた。

 必死で足を動かし、そして逃げていたはずだった。

 だが――――

「お前、誰だ?」

 蜘蛛男が自分のすぐ後ろにいることに驚愕した田仲は気付く。

 そして、自分は逃げてなどいない事に。足が動いても進んでいかないと。

 何が起きたのか分からない田仲の目の前に蜘蛛男が立ちはだかる。田仲は必死にもがくが、手足が全く動かず、そして気付く。

 自分の全身が、光っている事に。それは、驚く程に細く――そしてしっかりとした”糸”。田仲の全身にか細い糸がまとわりついていた。

 それを尻目に、ゆっくりとした動作で木島は蜘蛛男に姿を変えていく。

(だ、誰か助けて…………)

 恐怖の為か田仲は言葉すら発する事も出来なかった。蜘蛛男がその槍の如く鋭利な足をゆっくりと向け――――突き刺すとそのまま腹を引き裂かれた。

 その後の事は覚えていない。ただ、断片的に思い出せるのは、微動だにしない自分の身体を蜘蛛男がニヤリと笑いながら、鼻唄混じりにいじくった事。裂かれた腹から臓器を抜き出され、それを頬張る姿。全く痛みを感じない。それが恐ろしく――意識を失う。



 それからどの位の時間が経っていたのか、気が付くと田仲は裸で転がっていた。不思議な事に、引き裂かれた腹部には全く傷も無く、それどころか、身体は軽い。

(何で、私は素っ裸なんだ?)

 夜の山は冷える。何か着るものか、寒さを凌げる場所を捜そうとして、何かに引っ掛かり転ぶ。派手に顔面から地面にキスをし、口の中には泥と葉っぱの苦い味が広がる。

「くそっっ、何だってんだ」

 田仲は舌打ちしながら、自分が引っ掛かったモノを視認する。

 それは奇妙なモノだった。ブヨブヨと膨らんでいて、一見するとゴムか風船の様にも思える。

(これは、何か生き物の死骸か?)

 普通の人間なら、死骸かも知れないモノを調べようとは思わないだろう。これもまた、研究者としての”好奇心”とでも云うべきか。改めて触れてみると、死骸なのは間違いなかった。ドロリとした感触の液体は血だったから。その肌に触れてみると、まだほのかに温かい。まだ、死んでからそれほど時間は経っていない。

 空には雲がかかっており、ほんの微かな月明かりだけが頼りの中で、田仲は不思議と気分が高揚していく様な感覚を覚える。

 素っ裸の中年男が、夜の山の中で、しかもこんな森で何をやってるのかと自嘲しながらも、目の前の死骸から目を離せない。

 道具等持ってる訳もなく、素手で探っていく。

 そして、幾つか分かった事は――

(この死骸は激しく損傷している、原因はまるで”槍”みたいな物を突き刺された事による、臓器の損壊)

 不思議と、自分の腹部が痛む様な感覚を覚えた。

 その直後だった。それまで空を覆っていた雲が無くなり、月明かりが辺りを照らす。目の前のモノがハッキリと見えた。


 それは、一言で表現するのなら、空気の抜けてしなびた風船。

 但し、その色は肌色で、フニャフニャにこそなっていたが、手も足もあり…………人間だった。

「うぇぇぇぇぇっ」

 田仲はは吐き気を催して思わず後ろの木にぶちまけた。散々、様々な動物や、時には身元不明の遺体も調べると言うのに、だ。

(何で、今更死体でこんなに気持ち悪いんだ?)

 吐き気を堪えながら、その死体を調べる。どういう方法かは分からないが、この死体は”臓器”が無い。そして、全身のあらゆる骨が文字通り砕かれている。そして、腹部には大きな穴。その穴から臓器を取り出したのだろうか?

 田仲の腹部がまたズキリと痛む――何とも無いのに。だが、

「あ…………」

 気付いた事がある。この死体の顔のホクロだ。耳の裏にあるホクロがピッタリ自分と一致する。

「まさかな……」

 さらに右手には、子供の頃の花火の火傷の痕があり――左足は骨折の形跡。いずれも、田仲の過去の怪我だった。

 田仲の全身が震える。単なる偶然ではない、死体の過去の怪我や、ホクロ等の位置が、”寸分違わず”同じな別人等はあり得ない。つまり、今、自分が調べた死体は紛れもなく”田仲史規”本人だった。そして、その瞬間――全てを思い出した。


 田仲は、あの蜘蛛男に槍の様な手を突き刺された後、骨を砕かれ、そして、臓器を”吸い尽くされた”のだ。

 満足気に不気味な笑顔を浮かべると、そいつは”人間”になった。いや、正しくは戻ったとでも云うべきか。ゲップをして立ち去る。

 痛みは無かった。だが、身体の中が無くなったのだ。間違いなくもうすぐに死ぬだろう。徐々に浮かび上がるのは迫り来る”恐怖”。

 ゆっくりとだが、確実にやって来る”死”の足音が聞こえてくる様だった。そして、田仲の脳裏に浮かんだのは、只一つの事。

(死にたくない――)

 その一心だった。


「うわあぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ」

 絶叫が森に轟く。自分でもこんな声を出せるなんて思いもしなかった。身体が震え、戻ってくる”痛み”で発狂しそうになる。もう、すぐに死ぬだろう。でも死にきれない――死にたくない!!

 骨も砕かれ、ろくに動けない、にも関わらず、田仲は悶えた。死ぬはずなのに、まだ、死んでいない。

 そして、気が付いた。いつの間にか、自分が自分を見ている事に。そして、意識は完全に遠のいた。


「つまり、私は”生き返った”の、か? いや、分裂したのか」

 それから田仲は、今の自分を徹底的に調べた。あの死体は埋めた。もう一人の被害者は跡形もなく消えていた。辛うじて髪の毛が纏まって残っていたが、それも、すぐに溶ける様に消えた。埋めた自分の死体を調べた所、一種の毒素が検出されたので、恐らくはそれが身体を麻痺させ、痛覚を奪い、最後には被害者を溶かしたと推測された。

 そして、田仲は自分の肉体が細胞レベルで変異している事に気付く。見た目こそ、以前と変わらないものの、細胞の再生力は尋常では無く、たった一欠片の細胞片が数日で身体のパーツになる。

 それだけでは無かった。自身の肉体の”限界”を知ろうと試しに指を切り落とした。勿論、激痛を抑える為に医療用のモルヒネを投与してみたが、何事も無かった。切り落とした指は何の反応もしない。

(そ、そんなバカな!!)

 そして、その内にモルヒネの効能が切れ、”痛み”を感じるはめになり、田仲は悶え苦しんだ。散々、叫び――喚き、気絶した。

 だが、目を覚ますと切り落とした指がくっついていた。

 慌てて冷凍庫を確認すると、切った指がそのまま入っていた。つまり、この指は”生えてきた”事になる。

 田仲は実験を繰り返した。自分の身体を少しずつ切り裂いていく。最初は指。次に手首まで、続いて腕を丸ごと。そして、再生の条件を理解した。痛み、恐怖、これらの要素が再生には必要と結論付けた。

 更に、自分の他の”能力”にも気付いた。

 それは、容姿を変える”変身能力”。理屈はハッキリしないが、強く思い浮かべた相手の姿に変身出来るのだ。

 これは、なかなかに便利な能力だった。他人に化ける事で、様々な場所に行けるのだ。あのコンテナの購入代金も、研究機材も、他人に化けて”頂戴”した金で買ったのだ。

 真理も、そうして嵌めた。それは彼を” 仲間”にする為に。


 田仲はある可能性に気が付いた。自分の細胞を別の生き物に移植する事で、”同類”を作ることが出来るかも知れないと。初めは実験用のマウス。次に犬や猫。最後に人間にも。移植した相手は直後に細胞レベルで変異を起こす。だが、あまりに急激なその変化に身体がついていかないのか、早ければ数分、長くても数時間で”死ぬ”。

 真理に渡した”身元不明の遺体”の細胞サンプルも、そうした実験の失敗作の一人。死因はショック死とでも云うべきだろう。



 ◆◆◆



 真理は想像通りにあの細胞に強く興味を引かれた。同じく”研究者”である彼は自分の細胞の持つ”可能性”に気付き、世界が変わると確信するだろう。だが、まだ、それの”発表”は時期尚早だろう。

(まだだ、もっと研究して、自分の可能性を調べてからだ)

 だから、真理をここに連れてきて、実験で改良したDNAを注入した。理論上では、”同類”を作れる可能性は五十%。


 だが、真理はどうやら、不適合だったらしい。口からは血の混じった泡を吹き――全身が震え、体温も異常に高い。その有り様を見た田仲が呟く。

「君なら素晴らしい仲間になれると思ったんだけどな、残念だ」

 そして、自分の細胞で作った”肉人形”に命令し、真理を運び出す事にした。もうしばらくで真理の肉体は崩れ去る。いくら警察が調べても無駄だ。DNAレベルで変異し、もはや誰かも分からないのだから。運が良くて今、田仲が使っている肉人形になれるかどうかと云った所だろう。


 肉人形は、便利な奴隷だ。決して主人である田仲に歯向かわず、命令に服従し、何でもする。

 一応、元の人間の知識は残るらしく、車の運転等もこなす。

 肉人形が真理をコンテナの裏に停めたワンボックスカーに乗せ、運転席に乗り込もうとした瞬間。

 パン。

 クラッカーの様な音が響き、肉人形が血を吹き出しながら倒れた。

 更に、パパン! 空気の抜けた様な音が聞こえ、ワンボックスカーの車体がぐらつく。

 外に飛び出すと、どうやらタイヤをやられたらしく、パンクしている。

「そこまでよ」

 そこに銃を構えた黒の戦闘服姿の女性が姿を見せる。その銃口は真っ直ぐに田仲に向けられ、微動だにしない。

 その女性こと――”家門恵美”は油断なく田仲に詰め寄る。

「おいおい、よしてくれないか? 私は、そういうのは御免だ」

 ヘラヘラ笑いながら顔を下げ、いきなり襲いかかった。

 田仲の両手には隠し持っていたのか、ダガーナイフ。距離はほんの三メートル程――時間にしてほんの一瞬。

 パパン!!

 乾いた音を立て、恵美は引き金を引く。その狙いは寸分違わず眉間を撃ち抜き、田仲のダガーナイフは喉元で止まり――崩れ落ちた。

 家門はワンボックスカーのトランクを開くと、中にいた真理を確認する。そしてインカムで”WG九頭龍支部”に連絡をする。

「こちら、”ソニックシューター”。標的と交戦。

 どうやら被害者がいる模様で、まだ”助かります”。至急、医療チームをここに…………」

 ずるずる。

 物音に家門は振り向きもせずに銃の引き金を引いた。その弾丸は敵の手を吹き飛ばす。

「どうやら、あなたも”本体”じゃないのね」

 家門は振り向き様に更に銃撃。その肉人形を撃ち抜く。

 バタン。

 それと同時に、コンテナから飛び出すのはアタッシュケースを手にした田仲。

「そいつを近付けるな!!」

 それだけ言うと、その場から走って逃げていく。

 それを見た家門がインカム越しに連絡を取る。

「この場から対象者が逃げ出した。そっちはあなたに任せるわ――”ファニーフェイス”」

 家門は銃を構え、肉人形達と対峙――そして呟く。

「あなた達の相手は私よ」











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