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WD

「お、俺を仲間にってことか? その何とかって結社に?」

 木島は、思いもしないスカウト話に思わず、素っ頓狂な声をあげた。

 スーツの男はええ、と答えると微笑んだ。とは言うものの、ついさっきまで警察に追われ――更に恐らくは、”同類”であろう集団に攻撃されたばかり。

「嘘をつけ、お前もさっきの妙な連中の仲間なんだろうが? 簡単には騙されないぞ」

 易々とそんな話を信用する訳にはいかない。警戒心を隠さず、木島は腰を落とし、いつでも飛び掛かれる様に身構える。

 スーツの男は、はは、と軽く笑うと「私達が味方である証拠を見せればいいのですね?」と言い、右手を上に突き出すとパチンと指を鳴らす。

「では、これを」


 バタン、屋上のドアが開かれ――青い作業服を着た二人組に連れ出されたのは、さっき木島を追い詰めた集団の一人。警棒で殴りかかった男だ。

 彼は目をアイマスクで覆われ、両手は手錠で拘束されている。足は左足首から先を欠損しており、痛々しい姿だった。

 スーツの男は穏やかな口調で尋ねる。

「木島さん、彼にはさっき会いましたよね?」

 警棒の男は木島という名前を聞き――くっ、と呻いた。

 自分の状況を理解したらしく、口元を真一文字にする。

「あぁ、さっき殴られた」

 木島は、同意と同時に警棒の男の顔面を殴った。一発、二発と左右の拳で強かに殴られ、警棒の男は――ぐっ、と呻く。

 まだまだこんなものじゃないと言わんばかりに木島は前蹴りを腹部にめり込ませ、続けて膝を突き刺す様に喰らわせる。

 警棒の男は口から血を吐き出す。無抵抗の所に強烈な膝を貰ったからか、かなり堪えた様子だ。

「はは、普通の人間ならこれで病院送りですね。でも……」

 スーツの男がもう一度指を鳴らす。


 ”パ、シュッ”という空気が抜けたような音が聞こえたかと思った次の瞬間、警棒の男の頭部が弾けた。それは空気の詰まった風船を割った様に呆気なく、しかし雄弁に男の”死”を表現していた。


「お、お前なに考えてやがる?」

 木島はあまりの光景に一瞬我を忘れた。

 今のは”射殺”と云うことだろうか。何処かからか、ここを狙っている奴がいる。これはつまり、その気なら自分もやばいという事。一種の脅しだろう。

「何を考えているのか、ですか? では、”彼”を見て下さい」

 スーツの男は警棒の男の亡骸を指差し――木島も視線を向ける。


 それは信じられない光景だった。たった今、頭部が弾けたはずなのに、血と脳漿のうしょうを派手にブチまけたはずなのに。男の頭部がみるみる内に再生されていく。まさに常識外れともいえる回復力――いや再生能力。スーツの男は満面の笑みを浮かべながら言う。まるで歌うように。

「これが我々異能者、”マイノリティ”に共通する回復力」

「マイノリティ?」

「ええ、世界には既にたくさんのマイノリティが存在するのです。あなたを含めて、ね」


 そうこうしている内に警棒の男の頭部が完全に再生。すると、いつの間にか左足も再生したらしく――目の前の相手に飛び掛かろうとして、今度は両足を吹き飛ばされた。警棒の男は「ぐああぁあっっっ」と呻きながらその場に転がり、作業服の男達に激しく殴打され、大人しくなった。どうやら気絶したらしい。スーツの男はすぐ傍の出来事には全く関心も無いのか、見向きもせず、表情を全く変えずに話を続ける。

「マイノリティにはそれぞれに異能――”イレギュラー”が備わっています。例えば…………木島さんなら”異形”への変身能力」

「な? お前――いつから見ていた?」

 木島はゴクリと唾を飲み込む。さっきからの目まぐるしい状況の変化に頭がパンクしそうだった。その様子をスーツの男は愉快そうに眺めていたが、やがて口を開いた。

「――いつから、ですか? そうですね。二年前から”注視”させていただいてましたかね」


 木島はその言葉に絶句した。二年前、それは彼が初めて能力――”イレギュラー”で人を殺した頃だからだ。

(つまり、コイツらはずっと俺を見てたって事なのか?)

 そう考えると背筋に冷たい物が走るのを実感する。

 そして自分が目の前の相手の”掌”で踊らされていると自覚した。

「さて、どうします? WDに協力して頂けませんか?」

 その言葉に対して、もう木島は抵抗する気力を喪失していた。

「好きにしろ」

 絞り出す様に答えるのが精一杯だった。



 それから、数分後。WDと木島が立ち去った同場所。そこに警棒の男の仲間が集まっており、拳銃の女が誰かと電話で話していた。

「はい、徳美さん、いえ”スタンロッド”が重傷です。

 どうやら、木島は”WD”に連れ去られた様です。……はい、至急撤収します。この場の後始末は”業者”に」

 銃を構えていた女性は警棒の男こと、徳美の容態を心配そうに見つめながら上司である支部長に報告する。

「仕方無いかな、今回はこちらの負けだ。こんな事もあるよ――気にしてはいけない、加門君」


 支部長からの返答は予想通りの”敗北宣言”。ここのところ、自分達は彼らに、WDに先を越され過ぎている。これで、またマイノリティーが一人敵に加入した事になるのだろう。それも連続殺人犯というたちの悪い奴が、だ。

「これじゃ、私達は何の為にこの街を守ってるの?」

 拳銃の女こと、加門恵美かもん えみ。彼女はやるせない気持ちで、気絶したままの徳美に話しかけた。



 ◆◆◆



「さぁ、もういいですよ」

 スーツの男がそう言うと、木島はアイマスクを外され――それを目にした。

「す、すげぇ」

 木島は視界に映ったその光景にそう口にするしか無かった。


 目の前に見えるのははるか下に見える”九頭龍”の町並み。こんな高さのエレベーターがあるのは”塔”といわれる巨大ビル群だけだ。塔は、この戦略特区である九頭龍の象徴たる高層ビル群の通称。このビルはそれぞれ一棟辺りの居住者がおよそ千人。

 ビルには様々な機能があり、自己発電所や、食料の生産等も可能。一種のコロニーを形成している。

 ただし、ここに住めるのは極々一部の人間のみ。規格外の金持ちや、政治家等の権力者階層の者しか入れない現状に周辺区画の住人は不満を募らせつつあるらしい――そう木島は新聞で見た事があった。ここは云わば、選ばれた人間の住まう別世界なのだ。


 チーン。

 エレベーターが到着したのは、この塔の最上階。

 エレベーターを出てすぐに警備員が二人立っていて、木島を無言で睨んでいる。確かに、こんな場所には全く似合わない服装の上に、銃撃された時の出血がシャツを染め上げていた。これでは疑われても仕方無いだろう。

「まぁ、まぁ、彼は”仲間”になる予定なんだ。多目に見てください」

 スーツの男が苦笑しながら割って入り取り成すと、ようやく木島も通る事を許可される。警備員を横目で確認すると、腰には明らかに銃らしき物がホルスターに収納されており、ここが普通の場所では無い事を再確認する。


 木島が通されたのは”支部長室”と書かれた部屋だった。

「さて、座ってください」

 スーツの男はそこのデスクに腰掛け、木島には応接用のソファーに座るよう促す。落ちつきなく部屋を見回すと木島は尋ねる。

「……お前、ここの責任者なのか?」

「ええ、そうですが」

 あまりにあっさりと認めたので拍子抜けする木島をスーツの男は笑った。そこへ失礼します、と言いながら秘書らしき美女が紅茶とケーキを運んで来てテーブルに置いた。木島は思わずその美女に視線を向けた。年頃は大体二十代半ば、といった所だろうか。黒髪を靡かせ、背筋は真っ直ぐ。いかにも有能そうなその雰囲気。彼の”好物”と言っていいタイプだ。

 彼女は失礼しました、と言うと部屋を出ていく。それを木島は残念そうに目で追い、見つめていた。


「申し遅れました。私、ここの支部長を勤めています”九条羽鳥くじょう はと”と申します。よろしくお願いいたします、木島秀助さん」

 スーツの男――つまり九条はそう言うと運ばれた紅茶を口に運ぶび、その香りをゆっくりと味わうと呟く。

「うん。実に良い香りです、そう思いませんか?」

「あ、あぁ、だな」

 木島にしてみればそんな事はどうでもいい事だ。彼が知りたいのは自分をWD、いや、目の前にいる九条はどうしたいのか? この一点だった。

「木島さん、私は思うのですよ。何故、”マイノリティ”が存在するのか? とね」

 九条は不意に問いかけた。

「そんなもん知るか!」

 木島は苛立ちを隠す事無く、目の前で紅茶を嗜む九条にぶつける。

「アンタ、俺をどうするつもりなんだ? 俺はもうお巡りに顔も割れてる。逃げなきゃいけないんだよ!!」

 バン、とテーブルを叩き、木島は凄む。

(こいつがどんな力を……”イレギュラー”ってのを持ってようが関係ねぇ! いざとなれば……)

 木島はさっきから”耳”で周囲の足音を聞いていた。勿論、状況の把握する為に、だ。

 そして確認出来たのは、九条以外に三人。つまり、警備員二人に秘書の美人だけだ。さっきの狙撃主や、部下らしき数人の連中はここにはいない事は把握していた。

「さっさ答えろ、痛い目にあう前によ」

 そう凄みながら、九条に今にも掴みかかりそうな勢いで詰め寄る木島。だが、九条はあくまで淡々と優雅な仕草で紅茶を味わっており、まるで意に返さない。

 その様子に更に怒りを抱いた木島は遂に”イレギュラー”を使った。伸ばした右手がバリバリと音を立てながら”伸びていき”九条の心臓を刺し貫く。更に部屋の天井にその身体を叩きつける。

 九条は、くはっ、と呻く。

「この程度じゃ死なねぇんだろう? マイノリティってのはよ」

 木島はもう目の前の九条を”餌”としか見ていなかった。湧き上がる殺意を露にし、獰猛に歯を向く。

 更に左手も同じようにバリバリと変化させ――部屋に駆け寄ろうとした警備員二人をドア毎刺し貫いた。ドア越しでも二人の男が”串刺し”になったのが肉を貫く感触で理解出来た。

「よくよく考えたらよ、二年間も放置してたのもアンタらが俺に勝てないからだよなぁ。まぁでもよ、感謝しとくぜ。世の中には化け物が一杯いるって教えてくれてよぉ」

 そう叫ぶと、今度は九条を右手毎――床に叩き付けた。

「どうしたよ? 回復しねぇのか?」

 木島は床に張り付いた九条を見下ろしながら叫んだ。


『やれやれ、この程度ですか?』


 その声は唐突に、だが、ハッキリと木島に聞こえた。

 その声は男とも女ともつかない、だが、人ならざる”何か”をハッキリと感じさせる。

 不意に気付く。

 さっきまで二人しかいなかったこの部屋に、いつの間にかもう一人いた事に。

「あ、アンタは?」

 秘書と思っていた女性がソファーの、木島の正面に座っていた。

「い、一体いつの間に?」

 さっきこの秘書は紅茶とケーキをここに運んでから出ていったはずだ。なのに何故、ここに? 木島の頭がパンクしそうになる。

 彼女は紅茶を口にしながら微笑む。だが、その表情の奥には底知れない”何か”を感じさせる。

「私は、初めからここにいましたよ」

 すると、九条の身体が急に動き出す。まるで”人形”の様に。更に警備員も同様に動き出すと――木島の左右の手を掴み、関節を極めた。思わぬ反撃に木島は苦悶の表情で膝を屈した。


「く、くそっっ。何だコイツら?」

 木島は苦しげに声をあげる。

「これで、お話が出来ますね」

 そう言ったのは秘書の女性。彼女はソファーから立ち上がると、デスクの向こうにある社長椅子に腰掛けた。

「なにもんだ、アンタ?」

「さっき言いましたよ、”九条羽鳥”です」

 彼女――九条はそう言うと指を”パチン”と鳴らした。すると、それまで木島の腕を極めていたスーツの男と、警備員二人が力を抜く。そしていきなり動かなくなった、まるで人形の如く。

「腕を戻しなさい」

 九条の言葉に木島は従い、手を元に戻した。


「さて、少しは理解出来ましたか? 貴方は無敵では無い、と」

「…………あぁ」

「上出来です。ならば申し出をしましょうか。……WDは貴方を雇いたいのです。勿論、報酬も弾みますよ」

「それは構わないが、俺は指名手配されてる…………」

「…………それは問題ありません」

 九条がそう言うと、部屋に入ってきたのは”木島”だった。

 本人が見ても自身との違いが分からない程のもう一人の”木島”は、九条に跪くと、部屋を出ていった。

「彼が代わりになります」

 九条は大した事でも無いのか、平然と言いのける。木島は困惑しながら尋ねる。

「……あれは何なんだ?」

「”人形”ですよ。貴方がさっき相手した三人と同じく」

「あれも”イレギュラー”ってヤツか?」

「そうです」

 九条は椅子から立ち上がると窓の外の景色を眺める。ここからの景色は、九頭龍全てを見下ろせる事だろう。

「あの木島は警察に抵抗して”射殺”されます。そして、街を恐怖に陥れた猟奇殺人事件も解決するのです」

「そんな事が……」

「……出来ますよ。私達には」

 その九条の言葉には何の感情も感じない。そこから伝わる事はこの程度の事など出来て当然という絶対の自信。

「それで、俺は何をすればいいんだ?」

「普段は好きにしてください。WDの”ルール”はシンプルです。――自分の力を肯定しろ。これだけの事ですから。

 ただし、時折貴方に”仕事”を依頼します。貴方はその相手を殺害していただければいいのです。……それで返答は?」

 振り返った九条の目には何の感情も宿ってはいない。だが、その視線は鋭く、嘘偽りは通じるはずも無く、もはや木島に選択の余地は無い。

「分かった」

 そう力無く答えた。



「宜しい、では歓迎しましょう。ようこそWDへ」

 九条はそこで初めて口元を歪ませた。













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