表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

「佐藤さん」

 椿姫が所属するゼミ。その部屋の外から彼女の名前を呼んだ。

 ここでも怠惰な猫のように微睡んでいた彼女は、

「んー」

 うめきながら顔をあげ、私を見ると破顔した。

「桜」

 当たり前のようにそう、私を呼ぶ。いいえ、私は桜子です。

「どーしたのぉ?」

 嬉しそうに、扉で佇む私に駆け寄ってくる。そんな私たちを教室の人達は、奇異なものを見るような目で見ていた。

 まあ確かに、椿姫とミス・ローヤーがセットでいるなんて、珍しいことだろう。我ながらそう思う。

「これ」

 畳んだカーディガンを渡す。

「佐藤さんのじゃない?」

「ん、そー。よくわかったねー」

 わからないわけがない。

 彼女はフリフリなカーディガンを受け取ると、無造作に袖を通した。刺繍されたプードルが自己主張を始める。

「ありがとう」

「いえ。昨日のお礼なので」

 私はそれだけいうと、それじゃあ、とその場を立ち去る。立ち去ろうとした。

「ちょっとまって」

 椿姫の声がそれを引き止める。

 振り返ると、彼女は何故か鞄を持ち上げるところだった。

 鞄……? 

 多分、鞄。これも同じくプードルの形をしているけれども。見た目はぬいぐるみだが、学校内にぬいぐるみを持ってくる意味はないし、なにしろ背中についたチャックから財布が飛び出している。

「あの?」

 何をしているの? という意味を込めて尋ると、

「あたしも行くー」

 授業は。ゼミは。

「桜、この後授業ないの? 空き? じゃ、お茶しよー」

「佐藤さん、ゼミなんですよね?」

「うん」

 屈託なく頷くと、けれども立ち止まらずに先に進む。

「ゼミならばお茶をしている場合では」

「平気平気。ほら、今日天気がいいし」

「一体なんの関係が」

「でもほら、あたし今日発表担当じゃないし」

「それが休む理由になるとは思えませんが」

「んもー、桜は真面目ねー」

 でも休むって決めたら休むのー、そう言いながら椿姫は私の手を引いてぐんぐん進んで行く。

 ああもう、どうしたらいいものか。

「あ」

「志田君!」

 正面からやってきた志田君に救いを求める。

「桜子さん、無事椿姫に会えたんだー、よかった」

 彼はそう言って笑う。そうではなくって。

「つーか、何処行くの?」

「桜とお茶するのー」

「いえ、ですから佐藤さんはゼミが」

「お茶かー。女子会?」

「二人しかいないけどね」

「ま、楽しんでねー」

 あろうことか志田君はそういうと、ひらひらと片手を振って立ち去ってしまう。

 まって、椿姫を止めて!

 すがるように思わずのばした手は、役立たずのまま終わってしまう。

 反対側、椿姫にとられた方の手は、またぐいぐいと引っ張られた。

「お茶っていっても、四限あるから学食ねー。二階でいいよね、パフェあるしー」

 椿姫はそういうと、さくさくっと歩いて行く。

 私は上告審でも死刑判決を喰らった被告人のような気分で、それに従った。

 もう、諦めるしかない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ