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「きゃー、桜子久しぶりー!!」

 食堂で奇声をあげて、菊が抱きついてきた。自分の両手のやり場に困り、とりあえず荷物を落とさないようにしっかり持つことに専念した。

「元気だった?」

 人の肩に手をおいて、ぴょんぴょん跳ねないでもらいたい。もう、こどもじゃないんだから。

「ええ、まぁ、おかげさまで」

 なんとかそれだけ答えると

「あはー、相変わらずだねー」

 とか言われて、あまつさえ髪の毛をくしゃくしゃに撫でられた。

「何食べる?」

 荷物を置いて席を確保すると、メニューを見ながら志田君が菊に尋ねる。

「えっとねぇ、アタシ、Aランチ!」

 何故かびしっと、右手をあげて菊が言う。その右手の意味がわからない。

「桜子さんは?」

「はい?」

「付き合ってもらって悪いから、奢るよ」

「結構です。お弁当持って来いてますし、それに、誰かに奢っていただくのは嫌いです」

 ぴしゃり、というと、志田君は「言うと思ったけどさー」なんて言いながら、食券を購入する。

「桜子は、相変わらず頭固いねー」

 そういいながら菊が、私の頭をぽんぽん軽く叩く。

 イライラする。

「鉄の才女だからね」

 食券をとりだしながら、志田君が笑う。

「そんな高校時代のあだ名なんて……」

 軽く抗議すると、にやりと笑われ

「今はミス・ローヤーだもんね」

 なんていわれた。反論するのももう面倒で、一人でさっさと席に着く。

 二人がなんだか妙に楽しそうにしているのをみて、小さく舌打ちした。そんな自分に気づき、今度は自分に対して舌打ちする。

 私は菊が嫌いだ。

 それは彼女のあの、無駄に明るい髪色や、生活するのに不便そうな派手なネイルや、階段をのぼるときに押さえなくてはいけないぐらい短いスカートや、TPOを考えないあの甘ったるい香水の香りや、自分のことをアタシということや、わざと舌足らずな口調をすることや、そういったことが理由。

 彼女のような女の子女の子した女の子が、私は苦手であり、大嫌いだ。

 でも、周りの人は果たしてそう見てくれるだろうか?

 勿論、私が志田君に片思いしていたなんていう馬鹿馬鹿しい事実を知っているのは、私しかいない。でも、もし、私以外の誰かが知っていたとしたら、本当にそう思ってくれるだろうか?

 私は、それが怖い。

 私が、意中の人のカノジョだからという理由で、他人を嫌いになるような、そんな度量の狭い人間に思われる。

 私は、それが、怖い。

「お待たせー」

 思考を菊の能天気な声が遮る。ご飯とお味噌汁とおしんこ、それからメインディッシュのからあげのおろしソースかけ。それが目の前に置かれる。

 弾みでお味噌汁が少しこぼれたのを、視界の端で認識しながら、私は見なかったことにした。

 うしろから来た志田君は、ラーメンだった。

「いただきます」

 二人が席に着いたのをみて、私は手をあわせて呟く。

「むー、桜子は相変わらずいい子ねー」

 菊の間延びした、内容の割にはまったく悪気のない声にいらいらする。

「桜子さん、お弁当自作?」

 卵焼きをつまみあげたところで、目の前の志田君に尋ねられる。

「ええ、まぁ」

「すっごぉい、菊は無理だなぁ〜」

 賞賛なのか、小ばかにしているのか、菊の言い方は紙一重だ。そして、いい加減自分のことを名前で呼ぶのもやめなさい。みっともない。

「すごいね」

 ぱちぱちぱち。志田君が箸を持ったまま、軽く手を叩いた。それが少し嬉しい自分が疎ましい。

「別に」

 小さく呟く。

 何で私、この人たちとお昼食べてるのかしら?

 二人の馬鹿馬鹿しい会話をBGMに箸を進める。教室で本を読みながらご飯食べるつもりだったのに。頭の中で崩れた予定の建て直しにかかる。

「桜子はー」

 間延びした声に顔をしかめたくなる。菊が小首をかしげて尋ねてきた。

「やっぱり、検事になるの?」

「当たり前でしょ」

 なるの? の「な」にかぶせるぐらいの勢いで答える。

「はぁー、そうやって突き進んでいくのはすごいね」

 ちょっとだけ笑いながら菊がいう。その笑みに少し、ばかにされている気がするのは被害妄想かしら?

「ん、尊敬する」

 志田君がなるとを飲み込むと頷いた。

「志田君は?」

「いや、ふつーに就活? とくにどこがいいとか考えてないや」

「探偵、は?」

 くすり、と笑いながらたずねると、志田君が嫌そうな顔をした。

「そんな、昔の話……」

「貴方にはずいぶん、迷惑をかけられましたから」

 高校時代、探偵同好会なるものを作り、学校内の事件を解決しようとして無駄にことを大きくしてみたり、無許可な癖に勝手に空き教室を占領して「探偵事務所」とか書いた紙をはってみたり、近くに事件や事故があると野次馬してみたり、彼は探偵なるものに熱をあげていた。

 当時、そういったことを取り締まる、風紀委員的な立場にいた私は事後処理にずいぶんかけまわることになった。

「その節はご迷惑をおかけしまして」

 テーブルの端に両手をついて、頭を下げるポーズ。

「全くです」

 私はしかめっつらをつくってみた。

 本当は、結構楽しかったのだ。

 表立っては入り込めないけど、彼の楽しそうな顔をみているのは、結構楽しかった。

 そんなこと、私は墓まで持っていくであろう、秘密だろうけど。

「まぁ、探偵は、ね。夢物語だ」

 そういって少しだけ悲しそうに笑う。

 あんなに熱をあげていた彼は、一体いつこんなに冷静になったのだろう?

 あの時の楽しそうな顔を、私はもう、見ることはないのかもしれない。

「アタシは保育士!」

 聞いていないのに菊が答えた。

「精神年齢ぴったりだもんな」

 志田君が笑うと、

「ひっどーい」

 菊が頬をふくらませる。

 ばかばかしい。

 怒ったときに頬をふくらませる人種がいるのは、どういうことなのだろう?

「でねでね、」

 ふくらんだ頬は、志田君の「はいはいごめんね」という棒読みの言葉であっさりしぼむ。代わりに笑顔を浮かべ、箸を持ったまま右手を軽くあげる。

 だから、その挙手に何の意味が?

「三年ぐらい働いたら寿退職」

 語尾にハートがつきそうな勢いで言う。

「へいへい。できるといいねー」

 志田君がラーメンを見つめながら適当に返事をする。

「ひっどーい。他の人と結婚しちゃうぞ?」

 菊が再び頬を膨らませる。こんな人に面倒を見られる幼子たちの将来が心配になる。できれば、反面教師として学習していただきたい。

「結婚といえば」

 数ヶ月前にその言葉を聞いたなぁ、と思い、横で騒いでいる菊を無視してラーメンに意識を集中し始めた志田君に顔を向ける。

「朝陽さんが結婚したのはご存知ですか?」

「は?」

 志田君が顔をあげる。そのままくわえていたラーメンだけをつるっと飲み込むと、

「朝陽ちゃんって、桜子さんが猫かわいがりしてた朝陽ちゃん?」

「ええ」

 同じ委員会の後輩の姿を思い浮かべる。子犬のような可愛らしい子だった。私とは対極に位置する子。

「は、え、誰と? だって、朝陽ちゃん、太陽と付き合ってたんじゃないっけ??」

 太陽君。懐かしい名前だ。志田君が作った探偵同好会には、彼をいれて二人しかいなかった。その貴重な残りの一人、太陽君。朝陽さんと同い年で、暴走する志田君をとめる手伝いをしてくれていた。彼も、子犬みたいな子だった。

「ええ、まぁ。高校卒業前に別れたらしいですよ?」

「マジで? 俺、知らなかった」

 うわー、太陽のやつ、そういうの言えよなぁ。と彼は呟く。

「なんだか寂しいなー、そういうの」

 彼は小さく呟いた。

「そうですね」

 ころころ、ころころ、人の気持ちも環境もなにもかも直ぐに変わってしまう。

 朝陽さんと太陽君は別れて、朝陽さんは全く別の十歳近く年上の男性と結婚し、今年の終わりには子どもが生まれる予定で、目の前の志田君はあんなに熱中していた探偵をすっかり諦め、菊は菊なかなかおとなしくなっている。

 そう、認めたくないけれども菊だってすっかり変わって、ある程度の分別を身につけている。

 じゃぁ私は? 私は何か変わった?

 私は、変わりたいの? 変わりたくないの?

「わ」

 菊の馬鹿みたいに高い声に、思考を中断して顔をあげる。

「あの子すっごいね、すごいゴスロリー」

 菊の視線の先に、真っ黒でレースのたくさんついた服をきた女の子が、うどんを持って歩いていた。

 よりにもよって、なぜにうどん。

「ああ、椿姫」

 志田君が言う。

「椿姫?」

「佐藤椿。俺らとタメの法学部生で、ただでさえ女の子少ないのにあんな、だからすっごい目立ってて。陰で椿姫、とか呼ばれてるんだ」

 志田君は菊相手にそう説明する。

 佐藤椿。頭の上には帽子としての役割を果たさないぐらい小さな小さなハットやフリルだらけのヘッドドレス。不必要なまでに膨らんだスカート、無駄に広がった袖口、それらすべてにレースやリボンがあしらわれている。

 彼女はいつもそんな格好で登校してきて、そしてなぜかいつも教室の最前列、右寄りの席に座る。

 女子が多いとか少ないとか関係なく、目立つ。

「あれでなかなか頭いいんだよ」

 志田君が言う。

「へー、桜子よりも?」

 菊の言葉に唇が歪む。

「私なんか、比べものにならないぐらいにね」

 ゆがめた唇のまま、かろうじて吐き出した。

 彼女の成績はいつも一位。彼女に敵うものなんていない。きっと、彼女の成績表はすべてS。Aが混じった私の成績表とは比べ物にならない。

 授業中、彼女の黒い姿が視界の端にうつると、私はいつも平静ではいられない。意識的に右側を見ないようにしながらも、怖いものみたさでたまにそちらを見てしまう。

 つまらなさそうに頬杖をついて、たまに机の下でケータイをいじって、縦に巻いた髪の毛を指先でいじって。

 そんな彼女に私は敵わない。あんな馬鹿げた格好をした女にも私は勝てない。

 今のまま走り続けても、私は彼女を追い抜く事は出来ない。

 ああ、じゃあ赤の女王様、わたしはどうしたらいいのでしょうか?

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