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 いや、でも恋をしたら変わるものだ。だって、そうやって椿は言っていたし、私自身もそう思う。本質が変わらなければいいのだ。

 歩き慣れないヒールで歩きながら、そう思う。

「新山さん」

 痛むつま先で、いつものように学食にいた彼にかけよる。

「桜子ちゃん、ちょっと待ってね」

 彼は友達と何かを話しているようだった。仕方なしに少し離れた席に座る。

「少なくね?」

「しょーがねーじゃん」

「ま、いいけど」

 そんな声が聞こえる。ちらっと視線を移すと、彼が友達から金銭を受け取っているところだった。

 数枚の、諭吉さん。

 思わず固まってしまう。一体そんな大金、なんの理由があってやりとりしているのだろう? 金銭の貸し借りは友人間だからこそ、しないようにしている私にはわからない。

 新山さんは私が見ているのに気づいたらしい。おやっとでもいうように眉をあげて、しかたないなと苦笑した。

 友達にほらいけよ、と背中を叩いて追い返す。

「桜子ちゃん」

 おいで、と手招きされて、気が進まないながらも近づく。

「見てた?」

 悪い子だねぇ、と呟かれて、少し身を竦める。

「あの、なにが……」

「桜子ちゃんも、やる?」

「なにを……」

 内緒話をするように、彼は私の耳に唇を近づける。吐息がくすぐったい。

 何故だろう、泣きそうになる。

「大麻」

 耳に心地よい声が呟いたのは、ある種予想していた言葉だった。

 動けない。

「そんなわけないかー、桜子ちゃん、真面目だもんねー」

 いつも優しい彼の声が、今日は少しとげとげしく聞こえる。真面目な桜子ちゃん。

 泣きそうになるのを耐えながら彼を見る。彼は私の顔を見ると、ぴくりと眉を動かした。

「まさか、チクったりしないよね?」

 私は答えられない。

「いくら真面目な桜子ちゃんでも、ミス・ローヤーでも、そこまで空気読めないわけないもんね」

 それは疑問でも確認でもなく、脅しだ。

 彼の手が私の髪をもてあそぶ。初めてあったときよりも、長くなった私の髪。

 そうして、彼は、笑った。

「そうだ、桜子ちゃん。付き合おうよ。桜子ちゃん、可愛くなったし」

 私の頬に手を当てて、彼は矢を放った。

「俺のこと嫌い? 好きだよね」

 魅惑的に笑う。心を揺り動かされる。

 でも、素直に、はいとは言えない。


「椿椿椿っ」

 新山さんから逃げるようにして飛び込んだ女子トイレ。気がついたら、私は震える手で、椿に電話をかけていた。

『どうしたの?』

 私のただならぬようすに、椿の心配そうな声。

「椿、椿ならどうする? 椿の恋人が犯罪に加担してて、その時どうする? 黙ってる?」

 自分でも何を言っているのかわからない。早口で告げる。

『桜?』

「ねぇ、椿」

 こんなことで椿にすがってどうするんだろう。椿に迷惑かけるだけじゃないのか。でも、私は、他に頼れる人が思い浮かばない。

 椿なら、話を聞いてくれる。椿だから。

 ああ、いつの間に。いつの間に私は、あんなに嫉妬していた彼女に、依存するようになっていたのだろう。

『ちょっと、事情がわからないというか、わかるけどわかりたくないけど。でも、桜、それはあたしがどうするか、じゃないよ』

 椿の声は優しい。電話越しに聞くと尚更思う。彼女は優しい。ただ優しいだけじゃない。適度に叱ってくれる。だから、彼女は優しい。

『世間が反対しても自分が正義だと思う事しなさい。桜、たとえあなたの選択がどうであったとしても、私はあなたの味方だから』

「……うん」

 涙声で頷く。

 自分の短いスカート、ヒールの高い靴を見る。私は変わった。でも、私の本質は揺らがない。揺らがせない。

 私を守るのは、私だ。ここで私を守らなければ、私は一生後悔する。私は一生、恋に支配される。

「ありがとう、椿」

『ん。桜、あなた今何処に居るの?』

「……食堂二階のトイレ」

『わかった。迎えに行く』

「でも……」

『心配だから。葉平誘っても平気?』

「……うん」

『じゃあそこで。待ってて』

 椿は慌ただしく電話を切った。

 新山さんの言葉に私の心は何度も揺さぶられた。志田君の時のように。

 私は彼に気に入られたかった。好かれたかった。

 だから外見をいじった。でも私は、私の中身はいじれない。

 椿のあの服装と一緒だ。自分の本質的に大事な部分は、いじれない。

 ぎゅっと自分の体を抱きしめる。

 ちゃんと受け入れた上で、前を向かなければ。ここで流されたら、先には進めない。

 そうでしょう? 赤の女王様。

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