STAGE1:新たなる戦争
「アガルタ管理局と連邦の全面戦争・・・・」
その情報が伝えられたのは今年の3月だ。
あのカルタゴの激戦から3ヶ月・・・この仮想世界にも、平穏が訪れていた。
だが、新たに作られた新興勢力。通称連邦。簡単にいえば反アガルタ管理局の三大大国の軍事同盟ってなだけなんだが、その連邦とアガルタ管理局は互いに冬将軍を武器にギリギリの平穏を保っていた。
だが、この平穏の期間、水面下では軍拡競争という争いが起きていた。
アガルタ管理局は3ヶ月前のアガルタ共和国・プトレマイオス共和国の連合軍との激戦によりNo.2でLv.100のアイテールとNo.8でLv.104のフリードに、思い出したくないがNo.9のLv.175であるダーティー。グラディウスを入ればアガルタ管理局中央議会の12人のうち既に4人も死んでいるのだ。
そして、一緒に殺されたNPC軍勢は20万を超える。
とはいえ、それでも、Lv.50以上の軍人が10万人近く残っており、Lv.100を超えるプレイヤーが8人も残っている。これはどの国にも驚異である。
そして連邦という巨大国際組織となったとはいえ、プトレマイオス共和国軍の損害も15万と決して小さいわけではなかった。むしろ、とてつもない大損害だった。
アガルタ管理局は20万いなくなったとは言え、それはNPCであり、精鋭であるLv.50以上の正規プレイヤーで組織された世界最強の軍隊に相応しい部隊が消えたわけではない。そして、ほかのLv.50以下の正規プレイヤーとNPCで組まれた20万の軍勢が残っているのだ。
それに比べプトレマイオス共和国は軍隊の70%を失ったのだ。
戦う力はもはやないと見ていいだろう。
そして、ポートランド皇国を飲み込み実質2倍強の戦力と国力を手に入れたサルデーニャ=ポートランド帝国は国内情勢が厳しいだけでなく、軍隊の質はアガルタ管理局に比べ圧倒的に劣っている。真正面から戦ってこの二カ国は全面戦争になったらアガルタ共和国とカルタゴの援護がない限り勝てない。だが、この二カ国は連邦参加へは保留、もしくは却下だ。
そのため、後方に待ち構えている最強の国家東オーレリシア帝国がある。
どちらも手を出せない状況のまま、偽りの平穏を保ちつつ、水面下では激しい軍拡競争をしていたのだ。
平和など、所詮次の戦争への準備期間でしかなかったのだ・・・残念なことに
そして冬将軍が終わり雪解けと同時に加熱する国際情勢。
冷戦から熱戦へと転換期を迎えたのである。
「長い解説だったな・・・」
「ホントです・・・・」
「これ・・・私たちに波及しませんか?」
イリヤは隣国であり、友好国兼同盟国であるカルタゴの実質的な指導者であるクローデリアから送られてきた情報をパラパラと見る。
「戦争になったら腕がなります!!」
ユーマはたくましくなった腕を見せびらかす。
「お前はイリヤ様とメイドさんを除けばこの中で一番弱いぞ」
「うっ・・・・」
ソーマの一言に落胆するユーマ。そして聞こえてくる笑い声。
今ここにいるのは、アスガ、イリヤ、フィオナ、ユーマ、ソーマ。そして、専属メイドさん。この中で戦う者では一番最弱なため、見せ筋でしかない。
「とはいえ、肉体的にも基本ステータスも前に比べてたくましくなったのは事実だ。装備はイリヤの護衛をしていたときに俺がくれてやった装備のままだが、顔つきが変わったな」
3ヶ月の間アガルタ共和国も準備をしていなかったわけではない。
アスガがフィオナに任せたために、3ヶ月の間、ユーマやソーマをはじめとする予備軍を入れた兵士10万は過酷な訓練をさせられることとなった。
そして、一ヶ月に一度アスガに“アガルタ共和国周辺のモンスター討伐”という名のレベル上げ(フィオナ曰く無益な殺生)を強制参加させられ、フィオナとユーマは再びドラゴンと対峙する羽目になった。
「あの時はビビりましたね」
「ああ。北村でのトラウマが蘇った・・・・」
あのフィオナですら震えている。よほど怖かったのだろう。
「だが、レベルは格段に上がった。この国の軍隊は質も数も他国に劣ることはない。そして国民の生活水準は世界トップクラスだ」
アスガは自信満々に言う。
この春に収穫された作物は国が全て買い、アガルタ城へ運ばれ商人をとおして、あらゆる村の市場へと運ばれる。自給自足が完備され、国を守るための防壁、軍隊、そしてこの国の人材資源であった高レベル職人による精錬所で作られる大量の武器と生活必需品。
元々戦うのを嫌い逃げてきた人々だ。戦う能力よりも商人・職人系職業のレベルが高かったのだ。
それに加えアガルタ共和国の殆どに回っている電気は中世以下だった国に電気という現代技術の恩恵をもたらしたのだ。
かつては仮想世界から与えられる一人一人にある個人の世界。そしてその個人の世界がつながることによって生まれる大きな世界。
それが失われることを恐れていたアスガが、その大きな世界を作り上げてしまった。
「たとえ、どこの誰が来たとしても、この世界は壊させない」
「となると・・・」
「ああ。戦争なんて勝手にやってろ。俺はこの国を守るために戦う。戦争の矛先がこちらに向いたら、俺はお前らを率いてどの国でも滅ぼしてやる」
「・・・・アスガ様・・・随分と人間らしくなりましたね」
アスガの決意を横で見るフィオナは微笑んだ。
「昔の俺は人間ではないと・・・・姉妹揃って同じこと言いやがって」
「私はそんなこと言ってません!!」
イリヤは顔を真っ赤にして怒り、頬を膨らまる。アスガを睨みつけているのだが、これまた、睨みつけるというよりはやはり年に合わず容姿が幼く見えるのが原因なのか、上目遣いしているようにしか見えない。
「“きっと・・・アスガさんは私のこと邪魔なんですぅぅ~”とか言った後に“フィオナァァァァ~”って泣いてたのは・・・誰だったかな?」
「うっ!!」
口答えできなくなるイリヤ。
「そうやって・・・すぐに私を虐めるんですね」
シュンとするイリヤ。それを見かねたフィオナは頭に人差し指を当て、ため息をつく。
「“こ、こんなに暖かく・・・俺を迎えてくれた人たちが・・・傷つくのが・・・怖かったんだ”って泣いたのは誰でしたっけ」
「・・・・・・・」
フィオナの一言に黙り込むアスガ。無表情、無表情。慌てたりするとフィオナの思う壺だ。
「な、何の話ですか?」
イリヤは話についていけず、あたふたする。
勿論ユーマもソーマも、そして専属メイドさんも分からずじまい。
「怒るぞ」
アスガのその顔には確かに怒っていた。だが、顔を紅潮させ、アスガからイメージされる“怒る”とは、かけ離れていた。
「怒ればいいじゃないですか・・・言っちゃいますけどね」
「・・・・・」
「私の勝ちですね」
「なんの勝負してるの?」
「さあ?」
誰一人アスガとフィオナの口上での勝負は理解できなかった。
「大変です!!」
アスガが机の上で悔しがっているのを蚊帳の外に、ほかのメンバーは息切れをしてきた兵士に目が釘付けになる。
「どうした?」
蚊帳の外であったアスガは目の色を変え、半戦闘モードに切り替える。
「切り替え・・・早いですね」
「で、何用だ?」
「連邦の旗を立てたプトレマイオス共和国軍と東砦で警備をしていた警備隊とのあいだに小競り合いが勃発。窮地に立たされた警備隊を東砦守備隊が突入し大規模衝突に成りました」
「はぁ!?」
誰ひとり理解できなかった。こんな時に、プトレマイオス共和国が攻めてくるなどとは思いもよらないことだった。
「話はあとだ。行くぞお前ら!!」
「いってらっしゃい」
「必ず帰ってきてくださいとは言わないんですね?」
専属メイドは尋ねる。それをイリヤは満面の笑顔で答える。
「そんなこと言わなくても、アスガさんは帰ってきてくれます」
イリヤにかつてあった迷いなどどこにもなかった。専属メイドはイリヤにお茶を出し、一緒に和んでいる。
そしてアスガ達はイリヤと専属メイドを残し東砦へと向かう。
仮想世界で誰もが恐れていた世界大戦が起ころうとしていた・・・