STAGE1:ギクシャク
「アスガさん・・・・」
「ん?」
馬車でウトウトしていたアスガはイリヤの声で目を覚ます。
「そろそろです」
「そうか・・・」
“パシィィン”
頬を両手で平手打ちをし目を覚まさせる。
「何しているんですか?」
「国民の前で寝起き顔を見せるわけにもいかんだろ」
「そうですね」
アガルタ共和国に帰ってくるのは久しぶりだ。フィオナに必ず帰ってくると約束をし、元カルタゴ第二師団を率いてカルタゴに進軍した。カルタゴは現在進行系でアガルタ共和国とプトレマイオス共和国の共同統治であり、治安維持はカルタゴ第二師団と有志を募って作られた自警団だ。
表面上は俺たちだが、実質の当地をしているのはカルタゴ第二師団である。
そしてカルタゴ第二師団団長のクローデリアはウォルダーと共にカルタゴ復興に励んでいる。
そういう俺は馬車に乗ってイリヤと共に久しぶりのアガルタ共和国の土地を踏む。
「これまた・・・・豪勢だなあ」
俺たちが帰ってくるという報がだいぶ前に伝わっており、共和国ではお祭り騒ぎだ。
「おかえりなさい。アスガ様」
最初に出迎えてくれたのはフィオナだった。
「ただいま。フィオナ。そしてありがとう。俺がいない間・・・よくまとめてくれた」
「いえ。国民全員が必ず帰ってきてくれると信じていたから、なんの混乱も起こらなかったんです」
「たとえそうでも、俺はお前から受けた恩は忘れない。ありがとう」
「どういたしまして。です」
国王と女騎士。傍から見れば忠誠の確かめをしているように見える。だが、イリヤにとっては、どうしてもそれだけには見えなかった。
(この二人・・・・なんだろう。前よりも仲が良くなってる・・・)
理由は分からない。でも、なぜかイリヤはものすごく鬱陶しかった。それはなにもアスガと仲がいいフィオナだけではない。いつも自分のそばにいてくれたフィオナのそばにいるアスガも含まれていた。
(おかしいな・・・)
簡単にいえば、鬱陶しいというよりも自分だけ阻害されている気持ちになって(ただの勘違い)ヤキモチ(いわば嫉妬)しているだけである。
「イリヤ様も。本当に心配したんですよ」
「そうです。イリヤ様がいないと私たちもどうしても働きづらく」
たくさんの人たちがイリヤを囲う。嬉しくない訳がない。でも
(私の価値って・・・なんだろう)
そう思ってしまうのだった。
(アスガさんは私のことを素晴らしいと言っていた。でも、アスガさんの口から私のこの国における価値なんて・・・)
人質になられると困るから守る。
それだけなのに。守る対象ではあるが、それ以外の価値はない。
でも私が人質になってなんでアスガさんが困るのだろう。それが今だにわからない。
私が死んだとしても、この国にさほど影響は出ない。
なのに、なぜ?
「いやぁ~よく食った」
国中で騒いだ、“イリヤ様&アスガ様帰還祭”もお開きとなり、城に戻ったアスガはベッドに横になる。それにつられてイリヤもアスガの隣に入る。
「久々だな。こうしてお前と寝るのは」
「・・・・・はい」
久しぶりだけど、でも、嬉しくない。
「どうした?」
どこか浮かない顔をしているイリヤが気になったアスガは怪訝顔をして尋ねる。
イリヤの方はため息をついてから答えた。
「・・・・いきなりですみません。アスガさんは私のことを素晴らしいお姫様と言ってくれました」
「あ、ああ」
この前の話か。しかし、今になってどうして?
不思議に思ったが、そのまま話を聞いていた。
「でも、私はそれがわからないんです。この国においての私の価値はなんなんですか?」
「そ、それは・・・・」
イリヤの価値。元々この国の指導はほとんどフィオナがしていたそうだ。フィオナがいなかったときはイリヤが見よう見まねで指導していた。
(とはいえ、その間にやっていたことはプトレマイオス共和国との外交・・・人を見る目はあるが・・・)
特になし。そういう結果に行き着いてしまった。
(みんなを元気づける笑顔・・・なんて答えは、あいつが求めているわけでもなさそう)
「もしかして・・・人質になられると困るから・・・だから、私は守るべき価値のある人間なんですか?」
「!!」
アスガはその言葉にある意味で恐怖を覚えた。
今まで、こんな自虐的な言葉を口にしたことなど一度もなかったからだ。俺たちとはぐれている間に、なにがあったのか。
「・・・そうなんですね・・・・わ、わた、わたしは・・・・ア、アス、アスガさんにとって・・・・」
「イ、イリヤ?」
半泣き状態で、声にならないような声で、絞り出す。
「・・お、お・・・お荷物・・・なんですね!!」
“ドン”
「イリヤ!!」
扉をおもいっきり開けて飛び出したイリヤの小さくなっていく背中をアスガはただ見ていた。