STAGE7:開戦の予兆
「・・・・んん」
鼻をくすぐる甘い香り。何処かで嗅いだ事がある。
安らかな眠りをさらなる加速を加えるこの香りに続く柔らかな感触。
フニュフニュ
しかし、この柔らかい物は何だろう。目を閉じたまま辺りを触ってみる。
手に納まる丸い物。中心にはコリコリとした突起物。
醒めない脳みそでも、それが何なのかだんだんとわかってくるが、未だに現実味がわかない。
「あっ!!そ、そこは・・・・ダメ」
突然甘ったるい声が聞こえて重たい瞼を上げる。目の前に写ったの光景は・・・
「ん?う、うわああああああああああ!!」
俺は布団を起こしてベッドの下に転げ落ちる。
無理もない。本来いるはずの無い人物であるイリヤが俺の布団の中に裸で、そこにいたのだ。
ついに、俺は禁断の領域に手を伸ばしてしまったのか・・・
「な、何事です・・・・・か・・・・・」
俺の叫び声とベッドから転げ落ちた時の音に反応してフィオナが俺の部屋に飛び込んでくる。だが、俺のベッドで寝る裸のイリヤを見て
「ハ、ハハハハハハレンチな!!」
とか言って腰から剣を抜く。
「ま、まて!!俺は何もしていない!!」
「い、いい、いいい、言い訳無用!!そ、そなたの剣を二度と使えぬよう切り倒します」
「ど、どっちの事を言ってるんだ?」
そう言って俺はそこら辺に飾ってあった鎧から剣と楯を取る。
正に一触即発。何でここまで発展したか解らない状況にイリヤは起き出す。
「ふにゃ?あれ?何で私ここに・・・・そっか。一人で寝るの寒くて、あったまろうと思ってアスガさんのところに入ったんだ」
「は、裸で入るな!!」
「そ、そうだったのですか。ア、アスガ殿。失礼致した」
「は、はぁ・・・朝から騒がしいな。まったく・・・」
もう、現実世界でも仮想世界でも冬の季節に入っています。
俺がゲームを始めたのは高校一年の7月初頭。現実世界で本当なら高校三年の12月。
この世界では高校三年ではなく国王一年。カルタゴからの亡命兵士を始めに多数の亡命者が移民としてやって来ている。そのため、俺の考えていた国防計画は思っている以上に事が進み、砦と、この国を覆う防壁が完成した。
南部では伐採所と採鉱所は完成しており、集められた鉄等の鉱山資源と木材は南村からアガルタ城。アガルタ城の製鉄所で加工された金属類は必要に応じて北村、東村、西村、南村へと運送されていく。
アガルタ城では、職人能力や商人能力が高い連中を中心に商店や武器工場を作り、また、プトレマイオス共和国から大量輸入した魔導機関により、都市部と東村に限り電気を供給している。
「正に計画通りだ」
城から見渡す風景は数か月前とは比べようがないほど発展している。
ゲームのシステムの所為か、NPCによる建物の建設スピードや、荒れ地の耕うんが速い。
フルボッコされた農地も完全に回復しており、来年の春には収穫できそうだ。
西村では漁業のほかに他国との貿易により様々な物資・金の流通が激しく豊かになっている。
北村ではカルタゴを占領したアガルタ管理局からの侵攻を防ぐために三重の防御陣地とアガルタ共和国兵士の半分以上を此処に投入しているため軍人による経済効果が大きい。
人口は20万人に達し、そのうち軍人は4万8千。その中の1万人をこの北村に投入しているのだ。
それだけ、北村は重要なのだ。
「しかし、まだ足りない」
「な、なにがです?」
城から共に眺めているイリヤは此処まで発展できたのに何が足りないのかという簡単な質問なのだろう。
「俺がこの国をどこに持っていくか?ただの豊かな国にするわけではない」
「では?」
「俺の復讐に使うのさ」
「ふ、復讐?」
「ああ。大事な人を何度も殺された。だから、俺はあの国を滅ぼすため、この国を使う。この国を強国へと変え、アガルタ管理局を屈服させる。いや、滅ぼすほどの強国へとな」
「め、目が怖いです」
「わ、悪い」
そんなに怖い顔をしていたのだろうか?
「この国にはアガルタ管理局からのPHを恐れて真の理想郷アガルタを目指して作った国です。アガルタ管理局を恨む者も少なくないでしょう」
「一番恨んでいるのはカルタゴ残党兵たちだろうな。クローデリアは俺がこの国を復讐のために使うと言ったら、その復讐に私達を共に連れて行ってくださいと懇願してきたからな。あいつらからしたら、もう帰れないと解っている現実世界と区切りをつけて共に生きると決めた国を破壊されたのだ。当然だろうな」
「もちろんそれには私も付いていくつもりですが」
護衛でここにいるフィオナもクローデリアと同じ考えだ。
「この国に必ず必要となるのは味方だ。オーレリシア諸国とプトレマイオス共和国をアガルタ管理局封じ込めに使おうと思っている」
「成程。西を除いては、アガルタ管理局は包囲される」
さすがフィオナ。頭の回転が速い。もしかしたら頭の回転もレベルと比例するのかもしれない。
―――――アガルタ管理局中央議会
11人の中央議会メンバーが集まる円卓会議場では話し合いが行われている。
「アガルタ共和国。この国が一番厄介だな」
「それは私も同じ考え。レベルが100に達している者がおそらく3人。更には予想だと200に達している者もいる」
「200!!アガルタ様と同じ・・・」
「もしくはそれ以上だ」
アガルタと呼ばれる本人がそれを言ってしまった。
アガルタ管理局。今となってはこの仮想世界がアガルタと呼ばれているが、本来アガルタ管理局のアガルタはトップであるアガルタと呼ばれるプレイヤーの名前からきている。
今となっては誰ひとりとして知らないが・・・
「先に潰しておくのも手だぞ?」
「うむ。ただ、無暗に兵を送り死なれては、周りの周辺国に攻められる可能性も」
「我々の周辺国はすべて敵ですから」
西オーレリシア地域はすべてアガルタ管理局の手中に納まっている。中央オーレリシアはポートランド皇国とサルデーニャ帝国の二カ国。東オーレリシアは相手にできないほどの強国。
「中央オーレリシアでもサルデーニャ帝国なら数か月で倒せそうとの判断だ」
「では、そこへと?」
「いや、我々が戦争している間にあの国はどんどん強大化していくだろう。いずれは、プトレマイオス共和国やオーレリシア諸国を飲み込んでいくだろう。そうなれば我々は八方塞がりだ」
「となると?」
「ああ。夜襲だ。この世界では国際法もバーグ陸戦条約もない。そう。ここはフロンティアなのだ!!邪魔な者は開拓し紡ぎ取ればいい事」
アガルタの一言により、軍は動く。
アガルタ共和国が滅ぶのも時間の問題だ。
誰しもが信じて疑わない。
「私の部隊を動かせましょう」
アガルタ管理局中央議会No.3 Lv.188であるエレボスが口を挟んだ。
「夜戦専門部隊か・・・いいだろう。手始めに前哨戦として襲撃を許可する。なお、可能であれば共和国を・・・・」
アガルタ管理局No.1アガルタが傍にあるナイフを手に取り、円卓会議場に広がる地図に目をやる。
ある地点をナイフでグサリ。
「滅ぼしてもかまわない」
アガルタ共和国のある地点だけざっくりと広がる穴。
「お安いご用です。いい報告をお待ちください」
そういうとエレボスは円卓会議場を後にした。