表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/42

回復魔法にトラウマを抱えるミーナ

 重厚な石の扉を押し開けると、そこは広大な円形ホールだった。

 天井の隙間から差し込む月光が、部屋の中央に鎮座する巨体を照らし出している。

 全身を鈍色の金属で覆われた、三メートルを超える巨大な守護像――『アイアン・センチネル』だ。


「……ギギ……侵入者……排除……」


 錆びついた金属音が響き、守護像の目が赤く発光する。

 アルトが即座に抜剣し、ロウが短剣を構えて散開した。


「マニュアル第十八章、対大型戦車の陣形だ! 俺が正面から注意を引く、ロウは背後に回れ!」


 アルトが叫び、剛剣を振り下ろす。

 だが、相手はただの肉体ではない。

 重厚な金属の装甲に弾かれ、火花が散る。

 守護像の巨大な拳が振り下ろされ、アルトは盾で受け止めたものの、その衝撃で腕が痺れ、膝がわずかに折れた。


「くっ……重い! だが耐えられないほどではない! ……ミーナ、頼む!」


 アルトの叫びに、後方に控えていたミーナがびくりと肩を震わせた。

 杖を両手で握りしめ、必死に呪文を唱えようとするが――その口元は小刻みに震え、魔法が発動する気配がない。


「……まだ。まだ大丈夫。アルトさんはまだ立てるし、怪我もかすり傷……。ここで魔法を使ったら、もしこの奥にもっと強いボスがいたら、わたしのMPが足りなくなっちゃう……」


「おい、ミーナ! 今だ! 一発『リジェネ』をかけてくれれば、俺はもっと踏み込めるんだ!」


 アルトが焦れたように叫ぶが、ミーナは首を横に振った。


「ダメ、ダメです……!」


  脳裏に、あの日の光景がよぎる。

 血まみれの手が、彼女の裾を掴んでいた。


『ミーナ……回復を……』


  空っぽの魔力。動かない杖。冷たくなっていく指先。

 あの時と同じ結末だけは、絶対に――。


「……まだ、使えません。まだ、温存しないと……」


 カイルは、アイアン・センチネルの猛攻を回避しながら、無造作に懐の本を開いた。

 ページの余白に、冷酷なまでに「ありふれた未来」が書き込まれていく。


『【戦略失敗】回復役ミーナ――小規模な戦闘でMPを10%も消費することを恐れ、前衛の負傷を放置。結果、火力が30%低下し、戦闘が長期化。最終的に敵の増援を呼び寄せ、パーティは這々の体で逃げ出す羽目になる。なお、帰還時のミーナのMPは満タンのままであった』


「……またこれか」


 カイルは吐き捨てるように呟いた。

 アルトの動きが鈍っている。一撃一撃を耐えることに必死で、攻撃に転じる余裕がない。ロウも罠を仕掛けようとしているが、アルトが支えきれなければ近づくこともできない。


「ミーナ。こっちを見ろ」


 カイルの落ち着き払った声が、ホールの喧騒を貫いた。

 彼女が涙目で見上げると、カイルは戦場のど真ん中だというのに、欠伸でもしそうな顔で立っていた。


「カ、カイルさん! 危ないです、早く下がって……!」


「いいや、アルトに今すぐ『筋力増強』と『超回復』の二重魔法をかけろ。それまで俺はここから一歩も下がらない」


「そんなの無理です! それだけでわたしのMPの二割が飛んじゃいます! もしこの後に、もっと強い敵が出てきたらどうするんですか!?」


「その『もしも』のために温存しているMPが、今、目の前の仲間を殺そうとしてるのが分からないのか?」


「え……?」


「いいか、ミーナ。お前は回復を『減ったものを戻す保険』だと思ってるだろ。だが、それは違う。俺たちのパーティにおいて、お前の魔法は『攻撃の一部』なんだよ」


 カイルはアルトの背中を指差した。

 アイアン・センチネルの猛攻はすぐそこだ。だが彼は振り返りもしない。

 上巻に不吉なログが増えるときの感触だけを頼りに、攻撃が当たらないことを信じて、その場に立ち続けている。


「アルトがあの重い一撃を無傷で受け流そうとするから、隙が生まれる。

 だが、お前の回復が『攻撃の瞬間』に重なると確信していたら?

 あいつは防御を捨てて、心臓部を貫く一撃に全神経を集中できる。

 ロウも、爆発に巻き込まれるのを恐れずに至近距離で罠をセットできる」


「回復が……攻撃……?」


「そうだ。お前がMPを出し惜しみしている間、こいつらは『死なないための戦い』しかできなくなる。

 顔色を窺うんじゃなく、お前も一緒に攻撃しているつもりで俺たちを見ろ。

 お前が魔法を注ぎ込むことは、アルトの剣を研ぎ、ロウの罠に毒を塗るのと同じことだ」


 カイルは手元の本を開き、ミーナに突きつけた。


「見ろ。お前と似たような奴のログだ。回復役がMPを温存した結果、『そいつの節約精神のおかげで、パーティは無事に壊滅しました。めでたしめでたし』だとさ。最高に胸糞悪い結末だろ?」


 ミーナは、そのボロボロの本に記された「失敗のログ」を凝視した。

 自分の臆病さが、仲間を救うどころか、じわじわと追い詰めている。

 その事実が、じわりと実感となって押し寄せてくる。


「……わたし、は……」


「MPが切れるのが怖いなら、切れる前に俺たちが敵を殺せばいい。

 お前が全力でバックアップすれば、アルトは三十秒でこいつをスクラップにできるはずだ。

 一時間の泥仕合でMPをチマチマ削られるのと、どっちが賢いか、お前なら分かるだろ」


 カイルは初めて、少しだけ口角を上げた。


「保険はいらねぇ。俺たちが全力で殴り勝つための『力』をよこせ、ミーナ。

 お前のMPが切れる前に、俺がこの戦闘を終わらせてやる」


 ミーナの瞳から、迷いが消えた。

 彼女は震える手で杖を高く掲げ、今まで一度も使ったことのない最大出力の詠唱を開始する。


「……分かりました。信じます、カイルさん……! わたしのMP、全部預けます!」


 ホールに、眩いばかりの聖なる光が溢れ出した。

 アルトの身体を、物理法則を無視したような癒やしの波動が包み込む。


「おおおおおっ! 力が……力が溢れてくるぞ! これなら……盾なんていらん!」


 アルトは重厚な盾をその場に投げ捨て、両手で大剣を握り直した。

 守護像の拳が彼の肩を砕こうと振り下ろされるが、当たる端からミーナの魔法が傷を塞ぎ、痛みを消し去っていく。


「人型が我が伯爵家剣術にかなうと思うな……ッ!

 騎士道マニュアル・百三章第十五項奥義――『鉄鎧砕き』ッ!!」


 防御を一切考慮しない、文字通りの特攻。

 ミーナの回復を「盾」として纏ったアルトの一撃が、アイアン・センチネルの胸核を真っ向から粉砕した。


 轟音と共に、巨大な金属塊が床に崩れ落ちる。

 静寂が戻ったホールで、ミーナはその場にへたり込んだ。


「はぁ、はぁ……。あ、足が……震えて……。でも、倒せました……倒せたんですね……!」


「ああ。お前がMPを半分以上、無駄にぶっ放したおかげだな」


「すみません、ちょっと……。久しぶりに使ったから、やりすぎたかもしれませんね……」


 ずっと出し惜しみしてきた魔力の澱が一気に解放され、 必要以上の力が出てしまったのだろう。

 カイルが歩み寄り、本を確認する。

 新しいログが書き込まれていた。


『【約束された暴走】回復役ミーナ――極限状態でのオーバーヒールにより、前衛をバーサーカー化させてしまう。そのまま暴れ狂う前衛との戦闘にもつれ込む』


 くるりと、アルトの方に目を向けると、彼は全身の皮膚が真っ赤に染まり、目が凄まじい光を宿していた。


「……ギギギギ……マモノ……タベル……」


「……前途多難だな……」


「……カイルさん。あの、アルトさんどうしちゃったんですか? いつもと雰囲気が違うような……」


「バーサーカー化だ。効果が切れるまで逃げるしかない。……おい、ロウ! いつまで突っ伏してる、逃げるぞ!」


 カイルたちは慌てて逃げ出した。

 結局、この遺跡探索もまた、カイルの失敗のひとつに数えられるのかもしれない。

 ただ、失敗の記録しか載らないはずのその本が、今は不思議と、輝かしい未来への地図に見えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ