最後の戦いの真相
魔王の七支刀が、カイルの頬をわずかに掠めた。
本来ならば、首を落とされていてもおかしくない一撃。だが、カイルの瞳は恐怖に揺れることなく、ただ冷徹に魔王の「次の動き」を捉えていた。
魔王の魔法技術は、1000年前と変わらず完璧だった。一つ一つの動作が最適解であり、その魔力出力は人間という種の限界を遥かに超えている。
だが……それゆえに、魔王は「失敗」を許容できない。
何千、何万という攻防が続く中で、ほんのわずかなミスは、必ず発生する。
呼吸の乱れ、あるいは筋肉の微細な疲労。
完璧を求める魔王にとって、それらは絶望的なノイズとなって、精神をむしばんでいった。
対するカイルは、何百億ともいう失敗ログをその身に刻んできた男だ。
彼にとって、上手くいかないことは「日常」であり、予定調和ですらあった。
攻撃が外れる、防御が間に合わない、読みが外れる。そんなガラクタのような失敗の集積に耐え抜いた彼の精神力は、もはや底が抜けていた。
偶然発生したミスを嘆くのではなく、その偶然すらも勝利への足場に変える。その嗅覚が、徐々に魔王の余裕を奪い去っていく。
どれほどの時間が流れただろうか。
魔王は、疲労と心労でぜーはーと荒い息を切らし、鬼のような形相で延々と立ち向かってくる勇者を前に、ついにその矜持を折った。
「わ、わ、分かったッ! 認めよう、お前の強さを……ッ!」
魔王は、愛用していた七支刀をからん、とその場に投げ捨てた。
身体中から血を流し、ボロボロになりながらも、その瞳に消えない闘志を燃やして接近していたカイルは、ふらふらしながらその場に立ち止まった。
魔王は、顔を歪めながらも、不敵な——いっそどや顔と呼ぶべき笑みを浮かべて言った。
「吾輩は、待っておった! そなたのような若者が現れることを……ッ!
もし吾輩の味方になれば、世界の半分を勇者カイルにやろう……ッ!」
カイルは、危なっかしい足取りで、魔王のその言葉を聞いていた。
かつて、この世界に召喚されるよりもずっと昔……記憶の底に眠っていた「お約束」のフレーズ。
それを聞いた瞬間、カイルの心に湧き上がったのは、甘い誘惑などではなく、烈火の如き怒りだった。
「……ふざけるな」
カイルは、震える声で吐き捨てた。
「仮にも魔王を名乗るのなら……ッ! 他の魔王の失敗ログくらい、ちゃんと把握しとけよ……ッ!」
その言葉の意味を理解する暇を、魔王に与えなかった。
1000年前の勇者も、そしてその前の勇者も。
こうして誘いをかけてきた魔王を倒してきたのだろう。
カイルは、自分の中に眠る膨大な失敗ログを、その一撃に全て乗せた。
「はああああああっ!!」
裂帛≪れっぱく≫の気合と共に、カイルは剣を振り抜いた。
魔王の身体が光に包まれ、悲鳴と共に崩壊していく。
「ぐわあああああああ……ッ!」
***
魔王が完全に消滅したその瞬間、遠く離れた空の元、リーネの手元にあった『下巻』が、激しく発光した。
真っ白だったページに、新たなログが追記されていく。
『【討伐成功】勇者カイル――『世界の半分とか、そんな使い古されたテンプレートに騙されるかよ』と言いながら、魔王を倒した』
リーネは、じっとその文字を見つめながら、首をかしげた。
「……いったい、どういう意味ですの?」
この世界の住人がこのログを読んでも、魔王の攻略方法はわからないだろう。
リーネは空を見上げた。
空を覆っていた魔王軍の脅威は消え、澄み渡るような青空が続いている。
こうして、魔王復活の危機を乗り越え、再び世界に平和が訪れたのだった。




