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カウンターアタック

 魔王軍が侵攻をはじめたその瞬間、隠れ家の中心に置かれた古びた水晶球が、ひび割れんばかりの輝きを放った。


「ふむ、大きく出たな……」


 賢者ノルンが眉をひそめ、地図の上に指を走らせる。

 まっさきに標的となったのは、西の大国。魔物の軍勢がやってきた方角と照らし合わせて、敵の意図を読み解くべく、候補地のいくつかが絞り込まれていった。


「魔王軍は移動に船も馬車も必要としない、翼があるからの。拠点を築くなら、恐らく防御力最重視で海を隔てた孤島の山奥にするだろう」


 その言葉に、カイルの瞳が鋭く光った。


「賢者、ワープできるか?」


「どこでも行けるぞぃ。一度でも見た場所か、正確な座標さえあればな」


「勇者様、わたくしも連れて行ってください」


 二冊の本を抱えたリーネが、すがるような視線をカイルに向けた。

 だが、カイルは静かに首を振る。


「カイルでいいよ、リーネ。……お前は攻撃を受けている西の王国に加勢に向かってくれ」


「一緒には行けませんの? わたくし、足を引っ張るような真似はいたしませんわ!」


「ああ……。だが、魔王と戦えるのは、俺だけだ」


 カイルの声には、拒絶ではなく、揺るぎない確信があった。

 カイルの狙いはこうだ。魔王軍が西の王国に釘付けになっている間に、手薄になった拠点の魔王を直接叩く。

 だが、カウンターアタックに気づかれれば、軍は引き返す。

 それを防ぐには、攻略本という「見過ごせない餌」を西の戦場に置く必要があった。


「その上下巻には、魔王軍との戦闘のノウハウがすべて記されている。やつらは戦い方の記録が失われた古代種だらけだ。それを渡せば、必ず西の王国の助けになるはずだ」


 カイルはリーネの腕にある本を指差した。


「そうすれば、おそらく魔王は、上下巻に隠されたアーカイブ機能に気づくだろう。

 念入りに『写本』を消し飛ばしてから動き出すような連中だ、打ち漏らした『攻略情報』がその本の中にある事に気づいたら、それを消すために全力を出さざるを得ない……足止めをするには、十分な理由だろ?」


 戦略を練るカイルの眼は、どこか楽しげでさえあった。その佇まいは、かつて数多の困難をひっくり返してきた伝説の勇者そのものである。

 リーネは、その横顔に見惚れ、ぽっと顔を赤らめた。


(まさか……わたくしを気遣っていらっしゃるの? 一見完璧なプランに見えて、その実、自分ひとり死地に赴きつつ、仲間は大勢の味方に守られるように配慮している……ああ、なんという紳士な方なのかしら)


 そんな少女の熱い視線に気づいているのかいないのか、カイルは不意にノルンを振り返った。


「そうだ賢者ノルン、お前、上巻を買ってくれるって言ってたよな? リーネと一緒に西の王国に行ってくれたら、今なら下巻がおまけでついてくるぞ。旅のお供にどうだ?」


「……ふむ。なるほど、悪くはないな」


 場違いな冗談に、賢者ノルンは寂しげに笑った。

 かつて不死の力を持っていた勇者は、何も恐れなかった。仲間の負担のすべてを自分ひとりで背負って、解決しようとした。

『転生する』という形になった今でもなお、彼は自分ひとりの犠牲で問題を解決しようとしている。


(……お前はまた、わしを置いて一人で戦うつもりなのだな)


 だが、彼はそのうえで魔王を倒すという偉業を成し遂げた。

 それは、彼以外には再現不可能な奇跡の連続。ならば、今この男にかけられる言葉は、引き止めることではない。


「信じているぞ、カイル。お主の描く『攻略法』は、一度として外れたことはないからな」


 それぞれの決意が固まり、賢者ノルンは、ふたたびワープの魔法を発動させた。

 空気が震え、隠れ家の壁が歪んでいく。


「では、行こうか……」


 ノルンの杖が床を叩き、眩い光が溢れ出した。

 空間がひずみ、視界が白銀の光に包まれる。

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