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旅の終わりに

 そびえ立つ白亜の門が、重々しい音を立てて開かれた。

 マークフレア公爵邸。

 一千年前の英雄の血を引く名門中の名門、その本邸を前にして、カイルたちは改めて自分たちの「場違い感」を噛み締めていた。

 泥にまみれたブーツ、傷だらけの鎧、そして懐に忍ばせた、今にも崩れそうなボロボロの『上巻』。

 それらは、手入れの行き届いた庭園や、黄金の装飾が施された玄関ホールの前では、あまりにも「失敗の象徴」として完成されすぎている。


「……着きましたわ。わたくしの、日常という名の戦場に」


 リーネは屋敷の階段を上り、そこで一度だけ振り返った。

 夕日に照らされた彼女の姿は、いつもの高飛車な令嬢そのものだ。だが、その瞳には、一週間前にはなかった奇妙な「熱」が宿っている。


「カイルさん……わたくし、今回の旅で多くのことを学んだ気が致しますわ。また、お願いしてもよろしいかしら?」


「ああ。この辺でぶらぶら冒険者やってるから、見かけたら声をかけてくれ。……ただし、次からは崖の近くを歩くときは事前に教えてくれよ」


 カイルのぶっきらぼうな返事に、リーネは小さく、けれど満足げに微笑んだ。


(——もっと強くなって、失敗を一つもしなくなってから。その時こそ、胸を張って彼らの『仲間』になろう。わたくしには『下巻』という最強の教師がいるのですもの)


 リーネが心の中で、あまりにも自分を追い込むような、迂遠で不器用な計画を練っていると。

 それまでおとなしく後ろに控えていたミーナが、いつになく真剣な、それこそ「尊い命のやり取り」を見届ける聖職者のごとき面持ちで一歩前に踏み出した。


「リーネさん……ひとつお願いがあります。その……『下巻』を、私たちに貸していただけませんでしょうか?」


 その言葉に、リーネの肩がぴくりと跳ねた。

 カイルの持つ『上巻』と対をなす、勇者の真の遺産にして、成功ログの集積——『下巻』。

 失敗を回避するだけでなく、どうすれば最高の結果を得られるかの「正解」が記されたその本は、間違いなく今のポンコツパーティを救う劇薬になるはずだ。


 だが、リーネは無念そうに、力なく首を振った。


「わたくしもできればそうしたいのですが……『下巻』は門外不出、マークフレアの家長以外は閲覧すら制限される家宝なのです。

屋敷から持ち出すには、わたくしでもまずは公爵殿下——お父様にお伺いを立てて、正式な許可をいただく必要がありますわ」


「リーネのパパは?」


 カイルが尋ねる。


「あいにく遊説のために家を空けておりますの。戻るのは三日後の予定ですわ」


 予定では三日間。もし帰ってきたとしても、公爵が正体不明の冒険者に家宝を貸し出す許可を出すとは思えない。

なんせ『下巻』は、世界中の権力者が喉から手が出るほど欲しがる財宝だ。

 それに、カイルたちの『上巻』の扱いの酷さ——焚き火の隣で回し読みし、時には酒の肴にするような不敬さ——を知ったら、「もっとまともなパーティを探さんかね?」

と一喝されるのが目に見えている。


 気まずい沈黙が流れる。

 アルトが「マニュアルによれば、門外不出の品を借りる際は誠意を見せるべきとあるが……俺たちの誠意(財布の中身)じゃ、表紙の金箔すら買えないな」と自嘲し、ロウが「お宝を目の前にしてお預けかよぉ……」と地面にのの字を書き始める。


 その時。

 ミーナがすっと前に進み出た。いつものおっとりした雰囲気を脱ぎ捨て、真剣な目つきでリーネの顔を覗き込む。


「……カイルさん、アルトさん、ロウさん」


 ミーナの声には、拒絶を許さない強固な意志が含まれていた。


「……私とリーネさんの、二人きりでお話ししたいことがあります。ここは、席を外していただけませんでしょうか……」


 三人は顔を見合わせた。ミーナがこれほどはっきりと自己主張するのは、パーティを組んで以来、初めてのことだ。

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