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リーネの反省会

 その夜、一行は遺跡からほど近い平原にキャンプを張った。

 パチパチとはぜる焚き火の音が、静まり返った夜の空気に響く。

 カイルは、膝の上にボロボロの『上巻』を広げ、重々しく口を開いた。


「今日も今日とて散々だったわけだが、まずアルト……マヒ草を料理に入れたらマヒするのは分かりきってるだろ? なぜ入れた」


 アルトは火にかけた鍋をかき回しながら、堂々と反論した。


「聞いてくれ。毒消し草煮込みを開発してからというもの、俺の最近のジビエチャレンジは成功続きだったんだ。

だが、どうも味が毒消し草一色になって、似たり寄ったりで淡泊になりがちだった。そこで味変をだな……」


「味変を開発すんな。……次、ロウ。これはなんだ? マッチョロフとはなんだ? 一体なにで五万ゴールドも負けたんだ?」


 ロウも慣れたもので、焚き火の明かりで金貨を磨きながら、平然と言い放つ。


「マッチョロフは健全なやつだよ。負けても五万ぽっちだし」


「まず負けるな。パチンカスの金銭感覚やめろ。……次。俺が言いたいのは……ミーナ。

『あえて回復しなかった』って、これ、どういうことだ?」


 すると、それまでおっとりと火を見つめていたミーナが、もじもじと頬を染めて、恥じらうように言った。


「男たちがピンチに陥って、依頼で拾った薬草を仕方なく分け合いながら、悔しそうに涙を流して命をつなぐ——という背徳的なシチュエーションが天啓のように舞い降りてしまったので、どうしても実際のを見たくなって……」


「あのな、うちのパーティはべつに同人誌活動は禁止していないんだが、本来の業務に支障をきたさない範囲でやってくれないか?」


 ミーナは普段こそ真面目なのだが、「禁断のシチュエーション」を自分の目で見たいという欲望のために、たまにわざと手を抜くことを覚え始めていた。

 ロウが、びっと手を挙げた。


「だったらギャンブルもいいだろー! 別に俺は業務に支障きたしてないぞー!」


「ロウ、俺が言いたいのはつまり、お前がこっそり拾った財宝をギャンブルに突っ込んでなかったら、今ごろ全員の装備が三回はアップグレードできてただろって話をしてんの」


 アルトもうなずく。


「そうだぞ、ロウ。お前も少しは節制を覚えるべきだ。俺は常にそのことを考えてモンスター食に挑んでいるのだからな。お前も一緒にやるか?」


「アルトさんの場合、回復薬の費用でプラマイゼロなんですけどね。みなさんも私の同人誌活動を見習ってほしいです。ロウさん、アシスタントからやってみません?」


「お願いです! みんな俺からギャンブルを取り上げないで! 俺が俺でなくなってしまう!」


 そんないつも通りのメンバーたちの隅っこで、リーネは正座してぷるぷる震えていた。

 エビルプラントと一緒に崖から落っこちたり、遺跡でトラップを踏んづけたり。

そんな散々な自分の失敗ログが、きっと上巻には赤裸々に記録されているに違いない。


(次はわたくしの番ですわ……。お父様、お母様、さようなら。わたくし、今日ここで末代までの恥を晒されますのね……!)


 リーネが身構えて目を閉じると、カイルは『上巻』をぱたん、と閉じた。


「以上だ。今日は早く寝て、明日に備えよう」


 リーネは、頬をはたかれたような顔をした。

 失敗を公開されなかったことを喜ぶべきなのに、ひとりだけ仲間はずれにされたような気分だった。


(仲間はずれ……。そうでしたわ、わたくしは、なにを思い違いしていたのでしょう)


 そもそも、彼らにとってリーネは護衛対象であって、仲間ではない。

 これは冒険者たちが生存率を高めるための戦略会議だ。

どうしてリーネの失敗を共有する必要があるだろう。一週間程度の単発参加でしかないのだから。


 リーネは自分の思い上がりに気づき、恥ずかしくなった。

 では今すぐ彼らと仲間になれるかと言えば、そうでもない。

 今のままの自分では、公開処刑に耐えられる自信がなかった。


(強くならなければ。二度と失敗しないように)


 リーネは、そう覚悟を決めた。


(失敗しなくなってから、仲間に入れていただきますわ……!)


 だが、真相は違った。

 リーネの失敗ログは、ひとつもなかったのである。


 リーネが怖くて読めなかったのをよそに、冒険者たちはみな、交代で夜番をする際、カイルがさりげなく置いていった『上巻』のログをこっそり覗いて、内心で戦慄していたのだ。


 ——やっぱりこの子が『下巻』の保持者ってのは、本当だったのか……。


 カイルは、焚き火の光に照らされた『上巻』の白紙の頁を見つめ、心中で密かに舌を巻いていた。

 この攻略本が記録するのは、持ち主にとっての「主観的な失敗」ではない。

 世界の理に照らした「客観的な詰み」——つまり、本当の意味で取り返しのつかない過ちだけだ。

 崖から落ちようがナスの汁を浴びようが、それが彼女の「見聞を広める」という主目的を達成させている限り、この本はそれを「失敗」とは記さない。

 つまり、今ごろ下巻の方で成功ログとして記録されまくっているのだが、この場にいる誰一人としてそんな残酷な事実には気づかなかった。


(恐ろしいお嬢様だ。……無意識のうちに、『成功ルート』を強行突破してやがる)


 カイルがそんな戦慄を覚えていることなど露知らず、リーネは膝を抱えて、さらに小さく丸まっていた。

 視界の端で、アルトが「次はマヒ草の毒抜き時間を3秒短縮する」とマニュアルに書き加え、ロウが「次は5万ゴールドを10万にする」と鼻息を荒くし、ミーナが「さっきの崖落ちシーン、構図が最高でした……」と鼻血を拭っている。


(わたくしの失敗は、共有する価値すらないということですのね……。所詮は一週間の契約ですもの。わたくしは、彼らの物語の『ログ』にすら残らない——ただの通行人ですわ)


 リーネは、込み上げてくる寂しさを「気高さ」という名の仮面で必死に押し殺した。

 本当は、一緒に怒られたかった。

 アルトのように「味変すんな」と突っ込まれたかった。ロウのように「パチンカス」と罵られたかった。

 失敗を笑い飛ばせる彼らの輪が、あまりにも眩しくて、遠い。

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